ホンのつまみぐい

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我が友、スミス

 

 

化粧や恋愛を選択せずに、プレーンで質素な生活を営むU野。日々黙々と筋トレに励んでいた彼女は、ある日ボディビルの大会にスカウトされる。大会出場を目標に、さらにトレーニングに励むU野は、ボディビルのさまざまな側面に触れていく。

意外だったのはボディビルが極めて社会的な尺度での「感じの良さ」が求められる世界であるということ。特に女性は笑顔や身体の丸み、ハイヒールの着こなしなど、女性らしさの強調が加点要素となるらしい。

U野は肉体を己の望む姿に変えていき、自分自身の世界を作り上げたいと望むようになり、その信念を「別の生き物になりたい」という言葉で表す。

そのU野の思いと、憧れのボディビル大会の概念が対立するのである。

このあたりの葛藤が湿っぽくなく、しかし、大真面目に語られているところに引き込まれる。

好きな場面はテレビに映ったボディビルダーの姿を見た家族に、「ああはならないでほしい」と言われるところ。

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 遂に、私は吠えた。
「あのねえっ、運動とか一切しないお母さんにはわかりっこないけど、こういう風になりたくても、簡単にはなれないんだよっ」
 なれるもんなら、なってみてえよっ。
 えっ、怒るポイントそこ? 四人は、目を点にした。我関せずだった父と弟も、はっとテレビから目を離した。私の怒りは、その珍しさもあり、結構迫力があった。
 場の雰囲気としては、ちゃぶ台ならぬニトリのローテーブルをひっくり返してもよかったが、私に、そういう破壊衝動はなかった。ジッパーを顎まで引き上げると「帰るね」と、忍者のように立ち去った。
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また、筋トレ時の感覚の言語化が面白い。心と身体の同期を文字で描ける人はすごい。

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 手の平に、鉄臭い冷気が伝わる。まずは、プレートをつけずにウォーム・アップする。 上腕に熱い血が通い、めきめきと目覚めるのを感じる。
 スミスのシャー、シャー、というレールの手応えは、そのまま私の人生に対する手応えであり、私の生きる実感に対する唸り声だった。
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ところで、私は身体改造に対して恐怖感があり、タトゥーや整形に対して強めの苦手意識がある。しかし、これを読むと自分の身体を自分の望む姿に改造することの当人にとっての意味が腑に落ちるところがある。

とはいえ、整形にしろ、タトゥーにしろ、ボディビルにしろ、依存症的に続けている人を見ると息苦しくなるのだが。

特に、整形は社会に流通している美の価値観の影響を強く受けがちなので、自分の望む身体を目指しているはずの人々が、整形を重ねるごとに主体性やその人らしさを欠いたちぐはぐな肉体になっていく姿を見ると、「なんでお金をかけてつまらなくなっていくんだろう」と思ってしまう。