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社会通念を根拠にセックスワーカー差別を追認した司法判決 「セックスワークにも給付金を」訴訟レポート

「裁判所こそが不健全です」。

 東京地方裁判所西門前で弁護団長・平裕介弁護士は怒りと失望をあらわにしながら言い放った。判決の言い渡しから、わずか10数分後のことだった。

 デリバリーヘルスの経営者が「コロナ給付金(持続化給付金および家賃支援給付金)を支給しないのは憲法第14条の法の下の平等に違反している」とし、国を訴えた「セックスワークにも給付金を」訴訟。

 6月30日、東京地方裁判所は原告の訴えを却下し、支給対象から性風俗業者を除外した国の対応を合憲とした。

 「いずれも却下」「いずれも棄却」「原告の負担とする」。岡田幸人裁判長は、判決の主文だけを言い渡し、理由を読み上げずに法廷を去った。

 マスコミ関係者や法曹関係者のみならず、セックスワーカー性風俗の利用者など多くの人で満席になった傍聴席は、あまりに簡潔な判決とその内容にあっけにとられていた。

 自身の事業のみならず、職業そのものが抱えるスティグマを司法に問い直すため、たった一人で訴訟を始めた原告に対し、冷酷とも言える対応だった。

 原告は、自身もデリヘルでキャストとして働いた経験を持つ経営者の女性。2020年9月、コロナ給付金から性風俗事業者が除外されたことに対し、「憲法第14条に反する命の選別、職業差別ではないか」とし、国を提訴していた。

 原告の訴えに対し、国は第一回口頭弁論の答弁書にて、性風俗事業者を「性を売り物にする本質的に不健全な営業」とし、不支給を「合理的な根拠に基づく区別ということができる」と回答していた。

 しかし、納税や労務管理を行い、風営法売春防止法も遵守した上で運営を続けてきた原告を、「本質的に不健全」とする明確な根拠は示されず、不支給の根拠は「性風俗営業は社会一般の道徳観念に反するもので、国庫からの支出は国民の理解を得られない」というあいまいな回答のみだった。

 判決は国の訴えを全面的に認め、いずれの請求も却下・棄却。原告は即日控訴した。

 今回の判決の最大の問題は、この判決が不支給の根拠を「性風俗は”大多数の国民が共有する性的道義観念に反するもの”であるから」としたことだ。

 しかし、ここで言う性的道義観念とは何なのか。大多数の国民とは誰なのかについての客観的資料を、被告は一切提出していない。国民の内面が国や裁判所によって勝手に規定されているのだ。

 そして、これは言うまでもないことだが、たとえ「大多数の国民が性的道義観念に反する」と考えていたとしても、法に則った適切な運営をしている事業者に対し、給付除外をする合理的根拠はない。今回のように社会保障の意味合いの強い給付金であればなおさらだ。

 「法」より「社会通念」を根拠にした今回の判決は、司法の役割を半ば放棄していると言える。

 また、平弁護団長は、記者会見で国が答弁書に記した「性風俗営業は社会一般の道徳観念に反するもの」という表現が、判決では「性風俗業は大多数の国民が共有する性的道義観念に反するもの」と表現されていること。国の答弁書にはない「限られた財源」という言葉が判決に付け加えられていることについて述べ、裁判所が国による差別を積極的に追認、補強していると指摘。司法の独立性という観点からも問題があるとした。

 

 

 今回の判決は、性風俗事業者に対するスティグマを強化し、関わる人々を周縁に追いやるもので、非常に危険な内容だ。

 

 たとえば2021年6月、東京都立川で、デリヘル勤務の女性が、当時19歳の男性にホテルで殺害され、助けに向かった男性も重傷を負うという事件があった。

 

 容疑者は「風俗業をやっている人間はいなくていい。風俗の人はどうでもいい」と供述したという。

 

 セックスワーカーに対する差別意識をあらわにしたこの事件に対し、原告は第3回口頭弁論で「この事件のことを聞いた時、自分が裁判を起こし、国の”性風俗業は本質的に不健全”という答弁を引き出したせいで起きた事件ではないかと思った。こんなことがないよう国は職業による差別をやめてほしい」と語っていた。

 

 暴行だけでなく、「元セックスワーカーが就職の内定を取り消された」「結婚を反対された」などの差別は決して珍しくない。暴行や盗撮を警察に届け出ても、「そんな仕事に就いているから」と真摯に取り合ってもらえないという話もある。

 

 また、セックスワーカー自身が差別を内面化し「病気になっても言い出せない」「暴行を受けても訴えられない」と考えて、困難な状況に陥る例も珍しくない。判決がこうした状況を加速させる可能性は極めて高い。

 

 差別が直接的に個人の生命を脅かすものであることに、あまりに鈍感な判決と言える。

 

 セックスワーカーに対する差別について、神戸大学大学院の青山薫教授は、意見書の中で性風俗に対する差別の歴史を紐解き、「性風俗差別は優性思想に基づくもの」という見解を示している。

 

 青山教授は、明治初期の「花柳病(性病)」の管理が、性風俗の管理・取り締まりの契機となったことを指摘。梅毒など感染症の取り締まりの中、政府は娼婦を感染源とし、「醜業」というスティグマを付与。管理の対象とした。一方で、買春する側の男性が感染源と見做され、管理されることはなかった。

 

 こうした国家の対応を見る際に注目したいのは、対応の根底に家族制度のあり方に反する存在を差別し、管理下に置こうとする意図が見えることだ。売春する女性を「家庭や国民国家の衛生を侵害するもの」と位置づけ、国の保護や更生に従う女性を「純潔なる家庭を守る存在」とし、女性たちの中に分断を作り上げた。ここでも、男性は更生や処罰の対象にはならず、あくまで「女性を管理する存在」として上位に置かれていた。こうした分断と差別は第二次世界大戦中に強化され、今でも社会に根強く存在している。

 

 国家が特定の属性の人間やコミュニティを名指し、スティグマを与えることで社会を管理する。こうした構図は、コロナ禍において「夜の街」「パチンコ屋」「飲食店」など、国や行政が特定の業種を名指し、秩序を乱す存在としたことも思い起こさせる。

 

 今回の判決が与える影響は、セックスワーカーにとどまらない。国、そして司法が少数者の権利を守らず、社会通念といったあいまいなものを根拠にすることを許してしまえば、あらゆる少数者が「国家による差別」の対象になりかねない。

 

 

 控訴に向けて、原告は「負けるわけにいかない裁判です。みなさんの助けが必要です。闘うための力をいただけたらありがたいです」とコメントし、再度クラウドファンディングをはじめた。

 

[https://www.call4.jp/search.php?type=material&run=true&items_id_PAL[]=match+comp&items_id=I0000064:title]

 

 また、弁護団Youtubeでの一審判決報告会にて、判決を読んで各々が社会に議論を呼び起こすことや、裁判官の監視として傍聴に訪れることの重要性を呼び掛けた。

 

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 セックスワーカーのサポート団体「SWASH」のメンバーであり、現在参議院選挙に出馬中の要友紀子氏は、傍聴直後にYoutubeライブ配信を行い「今回の判決についてちゃんとした意見を表明できる政治家を選び、民意を選挙結果で表してほしい」と訴えた。

 

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 各人が判決に対する意志表明を行うことが、第二審の結果にも影響を与えていくはずだ。