ホンのつまみぐい

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井上雄彦が「同人誌嫌い」っていう話どっから出てきたんでしょうか

 「井上雄彦が同人誌嫌い」という話を最初に読んだのは、たぶん羽海野チカのコメントとしてだったと思います。羽海野は『SLAMDUNK』同人誌の大手サークル主で、その特徴的な名前とかわいらしい絵柄は、さほど『SLAMDUNK』同人誌を読んでいなかった私にも見覚えがありました。

 2003年くらいかなあ。たぶんトークイベントか何かの抜粋だったと思いますが、羽海野が「原作を書いていた先生は同人誌をよく思っていないそうなので、一生自分の同人誌のことは表に出したくない」という主旨のことを話していたのをネットで読んだような……。

 そして、それを読んだ当時の私は「ちっ、井上雄彦。心が狭いな…」と思ってました。「読んだ方が起こってることをどう解釈しようと勝手じゃないか」と思ったし、「男性作家>女性読者」というヒエラルキーが生じてるのは明らかだったので。

 「やおいを描いている我々は偽物の読者」みたいな意識を羽海野の発言から感じて、なんだか腹が立ってしまいました。

 女性の性欲は隠すべきものとされ、男性の性欲は産業として社会にあふれているという不均衡にいらだちを覚えたのだと思います。

 その後、よしながふみがインタビューで「SLAMDUNKは赤木×小暮ですよね」なんてあっけらかんと話していて、スッとした記憶があります。ちなみに本編は赤暮と言いつつ、よしながが描いていたのは三井×小暮でした。

 あれからだいぶ経ち、男女の不均衡は見逃せないものの、「まあ、自分のキャラクターでエロマンガが描かれたら驚くよな。うっかり小さい子どもが見てしまったということもあるだろうし……」と、少し考えも軟化し、それでは当時の井上は具体的にどういう発言をしていたのだろうと改めて確認したくなりました。そもそも、「同人誌が嫌い」と発言していたとして、それがBLだから嫌なのか、それともアマチュアの表現活動を見下しているのかもわからないですし。しかし、ググってみても当時それなりに話題になった記憶のあるその話が、インターネット上に見つからない。

 ほぼほぼ都市伝説みたいな証言はいろいろ並んではいるものの、どうも井上の言葉という確証が取れない。

 ただ、「羽海野チカがそういう話をしていたのをWEBで見た」記憶は確かにあり、内容のすべてが記憶違いとも思えないのですが……。

 今改めて、どんなニュアンスで話していたのかを正確に知りたいと思っています。情報求めていますので、ご存じの方はコメント欄かhontuma.ikechi@gmail.comまでご連絡いただければ幸いです。

2022/8/12:追記

 SLAMDUNKのアニメ化の影響か、最近このエントリのアクセスが増えているので、なんとなく再度ツイッターで「井上雄彦 同人誌」で検索してみました。相変わらず真偽の確認できる情報はなかったのですが、2013年に急に「井上雄彦に同人誌を送りつけた人がいて、そのために嫌いになった」という、それ以前には存在しなかった新たな証言が生まれていました。この情報そのものが根拠さだからぬものですが、さらに驚いたのは、その情報が途中から「ファンの一人に送られてきた同人誌をビリビリに破いた」というものになっていること。噂に「尾ひれがつく」瞬間を見た思いでした。幸い、「同人誌送りつけ」の話はあまり広がっていないようですが、事実を整理したいという気持ちを新たにしました。

(追記終わり)

 ここからは余談ですが、『SLAMDUNK』は活動人数が多かったこともあり、その後プロの作家になった人が多い印象があります。誰だったか、実際に同人活動をしていた作家が「『SLAMDUNK』は演出や物語がしっかりしていたから、それを読んで同人誌を作っていた人たちもマンガがうまくなっていった」と話していた記憶があります。

 もっとも有名なのは先に挙げた羽海野チカよしながふみでしょうが、広く名を知られる機会のないBL作家まで広げたら数限りない。mixiにこんなコミュニティもありました。

mixi.jp 私は『SLAMDUNK』に関してはまったくやおい目線で見ていなかったので、同人誌もほとんど持っていなかったのですが、商業出版された以下2冊は面白かったので、今でも取ってあります。

 赤木×三井の同人誌の再録。なぜ復刊ドットコムから……? 演出がインディーズの青春映画の趣で、ほぼオリジナルBL。まあ、同人誌なんてみんなそうだと言えばそうなんですが、原作から足し引きした作画の生々しさが独特の迫力を生んでいました。

 このあと語シスコさんの商業BLも何冊か買いましたが、同人誌ほどコマをぜいたくに使えないからか、この本で思う存分発揮されていたクローズアップの演出や独特の表情の魅せ方が味わえなくてあんまり楽しめなかった記憶。

 いわゆる同人誌アンソロジー。同人誌を描いている作家に声をかけて、短い話を集めて販売するという、今思うとだいぶちょろい商売ですね。掲載料とかどうなってたんだろう。

 軽いラブコメ調の話がたくさん載っている本で、基本的にはやおい的な見方をしていないと楽しめないと思うのですが、ここに載っている架月弥の描いた話がとてもよくて、この話のためにとってあります。

 赤木、小暮、三井それぞれの、最後の夏に向けての後悔や葛藤を描く青春小説調の短編で、透明感のある画面とざっくりした線、チャーミングな会話の妙が光っていました。

 羽海野チカも表紙イラスト、1Pギャグ何本かで参加しています。

2022/8/12:追記

 ところで野田彩子こと新井煮干し子はかつて『おれはキャプテン』の同人誌を出していて、その頃のイラストや告知をいまだにpixiv残しているのですが、その野田によるこのツイートはちょっとうれしかったですね。優しい担当編集さんが繋いでくれたそうです。

 もちろんこれを持ってして、「だから作家は性的に消費されるのを嫌がってはいけない」あるいは「同人誌作者はコソコソしないで表に出るべき」なんていうつもりは毛頭ないけど、それはそれとしてやっぱりちょっと喜んでしまうのです。

 

www.pixiv.net

(追記終わり)

 さらに余談を重ねますが、井上雄彦ツイッターのフォロー欄が右翼っぽいというのが最近話題になっていました。私は数年前から彼のフォロー欄が何となく右寄りなのに気がついていましたが、話題にするには難しい塩梅だったので、あえて指摘していませんでした。井上雄彦を曖昧な言葉でdisると、1万倍くらい罵倒されそうで面倒だったのもあります。

 作品や発言を見れば保守的な人間なのはなんとなく伝わるけど、猫組長をはじめとする陰謀論者をフォローしているのを見つけた時はキツかったですね。

 最近はそれらに加え、海外の陰謀論者もフォローしているらしく、作品の面白さとリテラシーは相反しないのだなあと改めて思いました。