30分ほどのDJのあと、少し背を丸めながら出てきたkamuiの姿を観て、思いの外ぐっと来た。kamuiが主人公として振る舞っている。そのことが目頭を熱くさせる。
最初の衣装はロングコート。疾風のMVで着ているものだろうか。ステージにはDJセットの他にテレビが置いてある。そういえば、彼はこういうちょっとSFっぽいPVをよく作っていたなと、会場で改めて思い出した。
声出しNG、撮影NGのライブ。でも、フロアの皆が熱を持ってkamuiのことを観ている。
印象的な場面がいろいろあった。
尊敬する先人がいたからクラウドファンディングに踏み切ったという話から呼び込まれるNENE(相変わらず華やか!)。そしてRyugoIshida(なんか見た目が地味になっていた?)。featring曲『KANDEN』を披露してからのMCで、「感電と言えば俺の中ではRyugoIshida。だけど、オファー前はすごく緊張してた。そんな中、ゆるふわギャングとラフォーレの階段ですれ違ってこれは運命だと思って、ゆるふわでオファーした」という微笑ましい話。
クラウドファンディングで作ったボカロ曲『星空Dreamin’』のMVをしみじみと見つめていた瞬間。
「針が止まったままの腕時計 動かしてやるからしかと見とけ 俺は誰も見下さない 代わりにみんないつか俺を見上げるのさ」とシャウトしてからの『Salvage』。
恋人のMENACE無との曲で、彼女を抱き寄せたり、感謝を伝えたりする様子。
コロナ禍、Age Factryに「今は歌が歌いたい」と伝えた話からの、ストレートな歌モノラブソングの披露。
MUDLLY RANGERSたちの、細身の身体とそれにフィットしたどこか非現実的な衣装との相性の良さ。中年男性はときどき太ったラッパーにヒップホップらしさを見出すけど、若い世代にそういう感覚はあまりなさそうだ。どちらも不健康な身体なのかもしれないけれど。
背景のVJはほぼ不穏なカットの連続で構成されていたけど、最後の『MY WAY』は過去のライブやMVの映像が流れ、ステージと観客の熱量をかさ上げしていた。MENACE無の「パピパピ」がいいアクセントになっていて、生で聴けてよかった。
『MY WAY』を終えてから、拍手の音に促されて再び出てきたkamuiが「何も用意してないんだけど」と言ってから、ファンからのリクエストによって歌った『I am Special』。のどを嗄らすような「おれはとくべつ!」の絶叫も忘れがたい。
でも、私が最も印象に残ったのは、kamuiの「『KANDEN』はサイバーパンクアンセム」というMCだった。
この言葉を聞いた時、直感的にkamuiの表現したいことが前よりよく見えるようになった気がしたのだ。
そのMCの後、ゲストを交えて次々披露される曲を聴きながら、改めてkamuiがたびたび「世界」について歌っていることに気がついた。
「俺が世界変えてく」
「この世界の色を塗り替える」
www.youtube.com「君の代わりに俺は燃える 世界が少し明るくなる」
マネーゲームの舞台としての世界でも、盛り上げるべきフッドでもない、kamuiの「世界」。
kamuiのMVや衣装には『AKIRA』や『鉄コン筋クリート』を下敷きにしたであろう近未来SF=サイバーパンク的世界観が採用されている。そういえば、初めてライブを観た2019年頃のkamuiは『鉄コン』のクロをアイコンにしていた。でも、彼の歌詞の中にある「世界」は、時に元ネタが描く「世界」より貧しくて過酷だ。『AKIRA』は荒廃した世界を舞台にしているけど、描かれた時日本はバブル真っ盛りで、そこに当事者意識はなかっただろう。
現実を飛び越すためにサイバーパンクという意匠を使うkamui。そしてもう一方に、日常の味気ない街並みを背に歌うkamuiもいる。
投げやりな風袋でティッシュ配りをするkamuiが、公園で「となりの住人 孤独死した 誰も気づかず死んだんだ 最期にどんな気分だったか 俺にはわかる 俺にはわかるよ」とラップする『I am Special』のMV。
SF的意匠に彩られた夜の街を歩くkamuiが、ピカソのゲルニカが描かれた壁を起点に、晴れの日の公園に戻る『疾風』のMV。
kamuiにとってサイバーパンクは、荒涼とした現実を別のフレームでとらえ直すための装置で、その意匠があるからこそ、彼は現実を飛び越えるための歌を歌えるのではないか。そういうことが、前述したMCをきっかけに頭に浮かんだ。
私はもともと、サイバーパンクにはそんなに興味が持てなかった。男の子たちの冒険譚のギミックとして愛用されている印象があるからだ。荒廃した都市には、ある種のロマンチシズムがあり、そこでは生活が見えなくなっている。
しかし、kamuiは生活と直結した現実を抱えたまま、サイバーパンク的な世界を経由し、再び今ここにある「世界を変える」ために叫ぶ。
丸めた背でマイクをつかみながら叫ぶkamuiを見ながら、切実な感情を放棄せずに生きていくことの苦しさと、それでも世界を――自分だけでなく世界を――を変えようとする彼の勇気を思った。
リリースがライブに間に合わなかったことを謝り、何度もクラウドファンディングの出資者へのお礼の言葉を口にしたkamui。