ホンのつまみぐい

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フジロックのCMダサい話メモ

 

 こんなツイートがバズっていた。

 指摘されているCMは、渋谷のスクランブル交差点を歩いている小太りの中年サラリーマンが突如踊りだすところから始まる。いつしかサラリーマンは苗場で踊りだすが、実はそれも居酒屋での夢だったというもの。夢に見るほどフジロックに行きたいというコンセプト。

 初見、「フジは行ったことないけど実際フェスのお客さんてこんな感じじゃないの」と思ったので、そう悪いもんでもないと思ったが、ふとダサいの内実を少し細かく考えてみた。

 私は基本的にはダサいものに親近感を覚えるタイプで、ちょうどこの間「アイドルとストリップとヒップホップの共通項はダサいことだなー」と思ったばかりだった。補足すると、私がアイドルという時は自分がいままで観てきた地下アイドルのことを指すことが多く、K-POPなどは含まない。

 こういう文化は舞台そのものがインディーであったり、内輪向けであったりすることが多い。そういう文化がダサいのは、ある意味で当たり前で、でも、そのダサさに救われる人もいたりする。方向は狭くとも、掘り下げていくことで深みに達することもあるし、参加が容易だからいろいろな人が表現に参加できて、そういうダサさは悪いものじゃないと思う。ヒップホップはグローバルな存在になったアーティストでも内輪であることを厭わなかったりするし、それが強さでもある。

 そういうものでなく、金持ちが貧乏人をバカにして、底の浅いものや貧相なものを出してきた結果、ダサいものが出来上がる。これはもうシンプルに悪いダサさである。

 しかし、今回のダサさはそういうものでもなく、誰もスケールの大きいことを考えられなくなったことによるダサさ。世界がしょぼくなったことの証明としてのダサさなのではないか。

 世界規模のロックフェスを素材にして、「ストレス解消最高!」という物語しか作れない貧弱さ。ここにあるダサさがそういうものだとすると、嘆きたくなるのもわからなくないような……。

 このツイートに対する反論が「フジロックは金がかかるから若者は行けない。だから中年層をターゲットにするのは正しい」だったりするわけなんだが、それは「ダサい」の証明になっているだけだろう。

 CM制作側の気持ちはわからないけど、その理屈は「金を集めたいから金持ってる層にリーチする、ストレートにスケールの小さいCM作りました!」ってことじゃんな。   

 そりゃ資本主義的には正しいのかもしれないけど、夢とか虚勢持ってないとやっぱ面白いもん出来ないのではないか。このCMのキモは音楽に出会うことによる精神の解放で、それ自体は大切なことなんだけど、そうやって客がマーケティング設定を口にして解説しちゃうと、その解放もなんだかわざとらしく見えちゃうし。

 そう考えると、やっぱりダサいことを恥じたりムカついたりする気持ちは大事にすべきかもしれない。今、なんかダサいことを怖がらなさすぎではないでしょうか。