ホンのつまみぐい

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カイジ全部読んだ

 アプリで無料になっていたのでやっと『カイジ』を全部読んだ。

 

 破戒録までは紙で持っているのだけど、堕天録以降の評判があまりに悪いため、購入に踏み切れなかったのだ。

 

 ワン・ポーカー編、経過も面白くなかったが、ラストの貧弱さにため息。以下はネタバレを含むが、本当に面白くないので、ネタバレを読むことによって読後感が変わることはないと思う。

 

・ギャンブルとして面白くない

 

 カイジにはイカサマとイカサマ破りの応酬で物語を盛り上げてきた実績がある。敵がどのようなイカサマでカイジ側の目をくらましてくるか。それにカイジがどう気が付いて逆襲するかが面白みのひとつ。しかし、ワン・ポーカー編の目くらましが「カイジが和也を買いかぶっていただけ」というのは……。

 

 読者はカイジの「和也はイカサマなんてしない!」という思い込みに沿って読んでいたわけだが、それがただの見込み違いという流れはあまりにも工夫がない。

 

・物語を彩るエピソードが演出面でも内容面でも中途半端

 

 私がさらにがっかりしたのは、激しい人間不信に陥っていたという和也の過去があまりに貧弱だったことだ。

 

 半ばにあった友人に裏切られたエピソードも、殺人鬼になるには説得力を欠くものだったが、最後の最後で出てきた「優秀な兄がいて自分はいらない子だと思っていた」話がかなりしょうもない。

 

 和也が他者からの愛を試すようなことをしてしまうのは、「家族でのクルーザー乗船時に事故にあい、おぼれかけるが、その際に母親が自分のことを無視し、助けてくれなかったから」と説明される。しかし、実は母親が無視していたという事実自体が和也の勘違いだったというナレーションが入るのだ。

 

 『銀と金』の神威家並みのトラウマを予想していたので、エピソードの小粒さに驚くし、それをすべてナレーション込みの回想で済ませる演出としての粗雑さにも呆れてしまった。

 

・悪の存在が希薄になった

 

 兵藤和尊に対する和也の感情があまり描かれていないことも意外だった。最後の展開を見るに、カイジに助けられた和也が改心して仲間になる可能性もありそうだが、和也に「父親を超克したい」という積極的な意志がなさそうなのは肩透かしだった。

 

 ふと、物語内で「偉大な父」を倒せずに、内省から破滅に向かっていく梶原一騎作品の登場人物を思い出した。「偉大な父」への反抗が年を経るにつれて希薄になっていき、最終的に父も息子も凡庸なよき父として家庭に回帰していった『美味しんぼ』も。

 

 梶原作品は内にこもることによって破滅に向かうが、今の福本作品はむしろ老人たちを肯定してしまうし、今後『美味しんぼ』的肩透かしを食らうのではないかと不安になってくる。

 

 周到な人間観察ゆえに他者を操る力を持ち、自らの欲望を達成するためには手段を選ばない老人。醜悪で権力欲にまみれているが、そのあまりに欲望に忠実な所作ゆえに読者を惹きつけてやまない。こうした老人たちは福本作品ではおなじみの悪役だ。

 

 こうした凶暴で巨大な悪を倒す話を、福本はまだ描いていない。むしろ、鷲巣や兵藤との一騎打ちを描いてしまうことにより、彼らを主人公と相対する格の人間として印象づけてしまう。なんせ『アカギ』において鷲巣は「自由奔放な魂を持ち、それゆえ部下に慕われている、アカギの唯一無二の戦友」になってしまったのだから。彼らは若者に代表される立場の弱い人間を搾取し、時に命を奪う存在なのに。

 

 他者からどう評価されようと自らの望みに向かって突き進む人間というのが、福本が一貫して描いていた理想の人間像なので、鷲巣もその一人に数えられているのだろうが……。

 

 殺人鬼である鷲巣が部下に慕われるおもしろかわいいオジイチャンになって終わるというラストは、鷲巣に殺された人々の命を軽んじすぎていて、正直受け入れられなかった。

 

 1万歩譲って「『アカギ』はヤクザ内のいざこざを麻雀で片づける話であり、殺し合いも自業自得」と解釈するにしても、『カイジ』はそうはいかないだろう。

 

 最近は和尊の姿が描かれることもなく、今の福本が彼をどのように位置づけているのかはよくわからない。たまに思い出したように鉄骨渡りで死んでいった人々のことが出てくるが、福本に彼らの弔いを果たすために物語を描くというモチベーションがあるのだろか。

 

 巨悪の本質に向き合おうとしないと、悪を倒すこともできないと思うのだが、福本が和尊に真剣に向き合っているように見えない。そこを真摯にやらないと、これまで描いてきた作品内のヒューマニズムが底の浅いものになってしまうのではないか。

 

 アニメも映画もパチンコも当たり、放っておいても金が入る状況にいる福本は、もうそういう弱い立場の人間のことを想像できないのだと思えば、別に驚きはないのだが。

 

 悪に対する怒りを忘れてしまった作家に、悪と戦うヒーローを描かれても興ざめしてしまうだろうし、もうカイジvs和尊の直接対決は期待すべきでないのかもしれない。

 

 24億脱出編も、最初はまとめて読むと逃亡物として楽しめる内容だったけど、どんどん引き伸ばしがひどくなって、今は昔は3コマくらいでやっていたことを1話かけてやるようになっているし、終わらせる気が見えない。

 

 

 

アカギ-闇に降り立った天才 36

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