ホンのつまみぐい

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萩尾望都と青池保子が私たちの代わりに「どうして木原敏江が好きなのか」直接本人に伝えてくれる「総特集木原敏江-エレガンスの女王-」

なんといっても木原敏江×萩尾望都×青池保子鼎談。そして、この写真。

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萩尾と青池がタッグを組んで当時の思い出を交えながらどんどん木原敏江の魅力を言語化してくれるのがとても頼もしい。

そして、2016年刊の「少年の名はジルベール」もそうなのだけど、この時期のマンガ家の話は創生期に新しいものを創ろうとしていた人々の友情物語の色が濃くて、読んでいてとても楽しい。

 

木原:不思議なんですよ。こういう稼業やってるでしょ、そうすると雑誌は読みますよね。出版社が違っても出てると自ずと読むわけで。読んでるとね、会ってるつもり? デジャブというんじゃないけれど、会わなくても電話しなくても、全部わかるのよね。あ、やってるな、元気だな、くたびれてるな、これは何かいいことあったのかな? とか、全部。 

 

という話に憧れる。作品を通して育まれる友情、美しい。池田理代子が寄稿のマンガで、「オペラやフランス革命の話を電話でずっとしていた」というエピソードを披露し、「美しいものはみんなドジ様に教えてもらった」と綴るのもとてもいいし、大島弓子木原敏江にとって「初めてドストエフスキーの話が出来る相手だった」というエピソードも目頭が熱くなる。

 

言うまでもないけど、ご自身の幼少期から少女マンガの黎明期、そして今を語るインタビューも、お人柄から作品の核にあるものを感じ取ることができる内容で必読。「体調を崩して『杖と翼』をうまく終わらせることができず、引退したつもりだった。しかし、縁が重なって今また楽しくマンガを描いている……」という話に安堵。

 

ところで、木原作品には「もっとも美しいのは男二人で死ぬこと」という美学がある。これが女性蔑視かというとちょっと難しいところで、おそらく木原作品においては「女性は死なずに生き延びる」ことが美なのだ。これは古風な社会的役割から導き出された美学だろう。

 

私は木原作品の「死ぬ男の美」には萌えないし、居心地が悪くなる。萌えは好みの問題とはいえ、妻子持ちの男が親友と悠久の世界に飛んでったりするし、作中で最も盛り上がるのが死だったりするというのがいまいち楽しめない。しかし、一方で背中合わせに存在する「生き延びる女の美」には心を打たれるものがあり、このへんの距離の取り方が難しい。木原敏江が登場人物一人一人が懸命に生きる様を描こうとする作家だからこその葛藤なのだけど。

 

完全に余談だけど、本書の刊行記念に何十年かぶりに開かれたサイン会の話。

「木原先生は250人近いお客さんひとりひとりに、丁寧に好きなキャラや作品との出会いについて尋ねてくれて、しかもぎゅっと力強い握手をしてくれた」という話が最高だった。

木原敏江という人は木原敏江の作品を裏切らない優しい人」という話、ついつい笑顔になってしまう。

 

 

 

ameblo.jp

木原敏江 ─エレガンスの女王─

木原敏江 ─エレガンスの女王─

 
少年の名はジルベール

少年の名はジルベール