ホンのつまみぐい

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都市から郊外へ―1930年代の東京(世田谷文学館)

都市から郊外へ―1930年代の東京 世田谷文学館 2012年2月11日〜4月8日
 
 郊外という言葉にファスト風土的なものをイメージして見に行ったらむかしの田園調布あたりのことだった…。
 まあ、それはそれとして。
 
 1923年代の関東大震災によって、都市部から郊外への人口流出が起き、その一環としてそれまで田畑や雑木林を多く残す農村地帯だった世田谷が、田畑の間にモダンな建物の立つ新しい風景が生み出される。
 新しく生まれたその風景の中には、多くの芸術家たちも存在した。今回の展示は文学にとどまらず、絵画/彫刻、写真、版画、映画、音楽、住宅、広告と多彩な切り口で30年代の郊外を浮かび上がらせようとしている。

 
伝統的な日本の暮らしかたを残しつつ西欧風のライフスタイルへ移行していく、郊外はそのような生活文化の転換を促す場所であったのでしょう。そして、世田谷という土地には、その転換を示す様々な出来事が集中していたかのようです。(図録より)


 しかし30年代の風景の豊かさに驚く。ちょうど朝ドラのカーネーションでも1930年代の風景が登場(あちらは大阪岸和田だが)していたが、あれを見ている際にも感じた向日性。和洋折衷の文化住宅。東郷青磁の気品があるがどこか挑戦的な意思を感じる挿画。おおらかで明るい稲垣知雄の版画…。ほかにも映画、音楽、彫刻など、様々な分野の文化芸術が展示されているが、そのどれもが明るい。どの文化も和洋折衷の混血児なのだけど、そこにコンプレックスは感じられず、むしろ洋をとりこんでやろうという挑戦的な意欲すら感じる。これらが第二次大戦のために断絶してしまったのか。大戦がなければどんな風に育っていったのか…と思わずにはいられない。こちらの思いを読むように、図録にはこう書かれている。

 
1940年代の前半、太平洋戦争の時代、文学がすべていう息も絶え絶えの閉塞状態に追いこまれるなかで、モダニズムのために用意された表舞台などあろうはずもなかった。が、だからといって、モダニズムは絶滅品種にされたわけでもなかった。(中略)そのことを如実に証明してくれるのは、やがて戦後の文学が新たな展開をはじめる気運のなかで、モダニズムの系譜がよみがえった事実である。(図録より)


 個人的に面白いと思ったのは音楽と写真。

 写真は桑原甲子雄が撮った東京の風景写真。
 桑原の写真は東京のどこかの、なにげない風景を切り取っている。特別な社会的意図も、強い物語性も、美意識の強調も感じられない風景は、しかし30年代の東京の風景をじかにのぞいてきたような臨場感に満ちている。今にもこちらに向かって走ってきそうな下町の少年の写真からは、少年の声や足音が聞こえてくるようだ。
 世田谷の作品は少ないが、有楽町、銀座など、東京の30年代の風景を静かに伝えてくれる。

 さて音楽だが、レコードジャケットの展示、30年代に人気の高かったというハーモニカの展示も面白いが、うれしいことにCD視聴できるコーナーがある。
 当時の音曲に上海バンスキングで馴染んでいたことを思い出し、うっかり聴き込んでしまいそうになる。38年に発行されたという『隣組』のレコードに驚く。レコード化されてたのか!だれが買ったんだろう?

 また、特筆しておきたいのは図録の豊かさ。
 テーマごとに15pもの文章が寄せられている上、徳永直の『東京の片隅』(抜粋)、瀧口修造の「PCLの思い出」、田園都市株式会社編『田園都市案内』、今和次郎編纂の『新版大東京案内 上』などなど再録も豪華!
 展覧会関連事項に日本の動向、世界の動向がついた年表もいいし、ただの図録ではなく、研究成果として自立している。図版が小さいのを物足りなく感じる人もいるだろうけど、展覧会には行けなくともこれは目を通してほしいというくらい。



郊外の風景―江戸から東京へ (江戸東京ライブラリー)

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郊外の文学誌 (岩波現代文庫)

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新版大東京案内〈上〉 (ちくま学芸文庫)

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新版大東京案内〈下〉 (ちくま学芸文庫)

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今和次郎 採集講義

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