ホンのつまみぐい

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#日本語ラップ批評ナイト vol.2面白かったです

会場は文禄堂高円寺店。書店員兼ラッパーの有地和毅さん主催イベント第2回。

あの小さな店舗にどうやってイベントスペースを作るのかと思ってたら、コミック売り場と文庫売り場を潰してイスを並べるんですね。街の本屋の土曜の夜に、なかなか思い切ったレイアウト。

韻踏み夫さんが詳細な書き起こしに着手しているようなので、学術的価値のある記録はそちらにお任せするとして、当日の現場の空気と雑感を少し。

オープニングから主催の有地さんの「今夜日本語ラップ批評が始まると言っても過言ではない」という趣旨の演説。さすがラッパー、言いたいことがたくさんあるんだなあという長さ。

最初に挙手で1回目に来た人を聞いていました。全体を見渡せる位置ではなかったので正確なところはわからないけれど、おそらく10人いないくらい。

前半は磯部涼さんのレジメを基調にした日本語ラップ批評の歴史について。

近田春夫×いとうせいこう対談から、FRONTでの佐々木士郎の連載B-BOYイズムの話へ。

途中に「LB関連は?」と言われた磯部さんが「それは完全に手打ちです」と返し「佐々木士郎が作り上げようとしてきたハードコア史観についての資料」とつなぐ場面がありましたが、全体的に日本語ラップ批評における宇多丸さんの重要性を確認するような内容でした。

他には「FRONT」および「BLAST」が権威になってしまい、アーティストと共依存的な関係に陥り、ジャーナリズムあるいは批評としての役割を果たさなくなってしまうまでの過程や、アメリカの情報誌についての話なども。

前半は基調報告から各人の批評の方法論を語る流れに。後半は質疑応答という構成でした。

振り返ると各登壇者の批評への距離感や方法論がわかりやすく理解できる内容になったのではと思います。

佐藤雄一
詩人であり現代詩手帖に「絶対的にHIP HOPであらねばならない」という連載を持っていた佐藤雄一さん。模様のようなリリックという表現を軸にKOHHを語った、ユリイカ掲載の「なぜ貧しいリリックのKOHHを何度も聴いてしまうのか?」でお名前を存じていたのですが、さすが詩人だけあって言葉の使い方がドラマチックでした。

日本語ラップ批評とは二文字であらわすことができるんですよ!何だと思います?『でも』です。批評は『でも』から始まるんですよ。『でも』の続きを考えるのが批評。いいね!より短い」という啖呵を切ったり、「なんで批評をやるのか?」という来場者からの問いに対して「感染したからですよ!」と答えたりと、「批評に囚われること」の快楽を饒舌に語る様が印象的でした。

togetter.com

中島晴矢

現代美術家でラッパーの中島晴矢さん。インスタレーションの一部に自分がラップする姿を組み込んだこともあるとか。中島さんは年代的にBLASTの連載はリアルタイムでは読んでいなかったものの「曲を通してライムスターに説得されていた」ことが、自身がプレイヤーとして日本語ラップに参加するきっかけになっているとか。

これ、何となくわかります。磯部さんがトーク中で「常にお前はどうだと問われる」と表現していたけど、ヒップホップって何故か「参加しなくてはいけない」気にさせられますよね。敷居が低いのも大きいのでしょうが。

www.youtube.com

韻踏み夫

私批評から離れ、文芸批評の方法論で韻の構造について語る韻踏み夫さん。印象的だったのは、SEEDAが般若のリリックについて「一回目が表で二回目が裏」と話していたけれど、それをうまく説明できずに終わっていたのを見て、自分が言葉にしなくてはと思ったという話でした。当事者すらうまく語れない「そこで起こっている何か」について言語化するというのは、たしかに評論家の仕事ですね。

bobdeema.hatenablog.com

磯部涼

自分はあくまで音楽ライターで批評家ではないという磯部さん。「スタジオに行ってアーティストに話を聞いたことを大きな言葉で書くことに限界を感じた。それなら面白いアーティストを自分で探したほうが自分の原稿が面白くなる」という話と、「川崎」について、どなたかに「今度はこれから音楽をやる子の話を書き始めたんだね」と言われたのがうれしかった」というお話が印象的でした。

cakes.mu

吉田雅史

ビートメイカーとしても活動する吉田さん。基本的に司会としてお話を回す役割に徹されていましたが、印象的だったのはビートを語る言説がないという指摘。ビートメイカーがビートメイクの方法論を語る場が必要という話は、質疑の際の「日本オリジナルの強いビートが(国際的に伝搬していくような)ない」という問いを引き出していたのではないかと思います。「ビートメイカーにとっての勝ちはフォロワーを作り出すこと」「日本国内で完結したガラパゴス化したものになっていないか」という話から「アメリカなんか自分の州の曲しか聴かない」「批評家としてはオリジンは存在せず、必ず何かの影響を受けているという立場になる」という議論が生まれたのが面白かった。誰がどのビートに影響を受けているかなどを語ることでこれまでとは違った文脈が見出せるのではないかという話、とても刺激的でした。

school.genron.co.jp

このほか、佐藤さんの「今はラッパーがロックスターを目指している」という指摘は、「日本語ラップの今後」につながる部分だと思うので、もっと掘り下げることができるのではないかと思いました。

余談ですが、佐藤さんがいきなり「今日神戸から来てる高校生!俺のギャラあげる!」と言い出して本当に渡しちゃったり、その「共通一次を終えてここに来た」という高校生に登壇者が皆興味津々で質問したり、質疑でフリースタイルを披露する人がいたりと、なんだかファニーというかチャーミングな場面も多くて、そういう意味でも楽しかったです。ちなみに質問したラッパーさんは佐藤さんに「長いよ!16小節にまとめろよ!」と言われてましたが。

私が「音楽を文字で表現するにはどうすればいいか。専門用語の羅列になってしまうと伝わらないのではないか」という質問をし、流れで「アイドルラップが好き」という話をすることになったのですが、そこから佐藤さんが「ライムベリーのMIRIちゃんがね!ライブでCOMA-CHIのB-GIRLイズムをカバーしたんだけど、その時にMCでそのことを言わなくて、B-BOYイズムだって話になっちゃってCOMA-CHIが怒ったんですよ!」と言い出して「何を言い出すんだ?」と思ったら、「吉田さんはそのことについて話してください!」というフリに、吉田さんが「え~?」という顔をされたの今思い出しても笑ってしまいます。

トークイベントも一種のセッションだと思うので、そういう意味ではとても面白いイベントだったのではないでしょうか。

批評の批評にとどまっていて物足りなかったという指摘が多かったようですが、私自身は自分も書く側なので学ぶところが多かったです。二次会で伺ったお話も含めて、自分のやりたいことややらなくてはいけないことがはっきりしたように感じました。

ところで、韻踏み夫さんが「雑誌を出す」旨を発表していたのに、まったく話題になっていないのがもったいないので、概要が決まりましたらまた盛り上がっていきたいなと思います。

しかし、磯部さんの「ヒップホップにとって最も美しいのは、自分の生まれたところで仲間の作った音楽をずっと聴いていくこと」という言葉は忘れられません。ジャンルの限界という意味も含め、あまりにいろいろなことを考えてしまう。また、客席にサイファーを見学もしくは参加したことがある人がほとんどいなかったのがちょっと意外でした。

(まったく個人的な話ですが、終電を逃して結局始発まで呑み屋にいて、湘南台でやっていた川崎のぼる×ビッグ錠×南波健二のトークイベントを逃したのだけは割とかなり後悔……)

togetter.com

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tower.jp

 

サイゾー 2016年 6月号 [雑誌]

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ユリイカ 2016年6月号 特集=日本語ラップ

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ゲンロンβ11

ゲンロンβ11

 

 

雑多であることは「たのしい」、いろんなところから人が集まるのも「たのしい」/タイダルフロー&トウキョウトガリネズミ「タイダルトガリネズミ」2017年2月11日@Rlounge-7階

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2017年2月11日の渋谷Rラウンジ7階では、タイダルトガリネズミという賑やかなパーティーが行われました。タイダルトガリネズミ、それはタイダルフロー&トウキョウトガリネズミのコラボレーション……。

 
タイダルフローはラッパーのTUMAさんの主催イベント。
 
私は「もつ酢飯」のふたりの出演をきっかけに知ったので、同イベントに対する知見は浅いのですが、TUMAさんがこのために用意したブログの丁寧な出演者紹介や、毎度可愛らしいフライヤーデザインからイベントの性格が少し感じ取れるんじゃないかと思います。

TUMAです

※これまでのイベントや出演者について書いたブログ

トウキョウトガリネズミはMC松島さんが立ち上げたレーベルで、全国各地からMC、DJ、トラックメーカー、イラストレーター、映像制作者、マンガ家など様々な立場の人々が所属する不思議な団体。
MC松島さん、吉田沙保里について歌い続けるアルバムを発表したり、みたらし団子を食べられたことをビーフにしたりというとぼけた活動に反してインタビューが攻撃的で、そのギャップが以前から気になっておりました。ちなみにMC松島さんのインタビューで、私が個人的に好きなのはこの2つ。
 
松島 何なんですかね? でもたぶん、もともと不良の人たちがやってる音楽だからだと思うんです。不良の人たちはウソついちゃダメなんですよね、きっと。なおかつ、もとは不良じゃないとラップをやっちゃいけなかったから、必然的にウソが書けなくなるっていう。(一同笑)でもようやく不良じゃない人でもラップしてよくなって、不良じゃないからウソもつけるようになってきたのかなあ。

 

 いや、みんなうまいですよ。お金払って見たいと思うアーティストはみんなうまいですね。でも、正直ヒップホップのライブはやっぱ耐えれないですね。僕個人の趣味としてもそうですし、野球場でやれるか?っていうのは正直あります。どんなに上手くても。

LARGE IRON × MC松島「真髄TV収録後トーク(Q1 2016)」文字起こし | ライムハック

#タイダルトガリネズミ のヤマを張る予習 : TUMAです

※TUMAさんによるトウキョウトガリネズミの出演者紹介
 
さらに、この日はもつ酢飯(ワッショイサンバ&無能の2MCユニット)が出るということで「こりゃ、いかなあかんでしょう」ということで、オープン時間に間に合うように渋谷へ。
 
エレベーターの前に立つと、ちょうどもつ酢飯のふたりが会場に上がるところで、前日にsoundcloudにアップされたばかりの「もつ酢飯のテーマ」についての話などをしながら7階へ。
バーカウンターでドリンクを受け取っているうちにもつ酢飯のライブがスタート。振り返ると、2人がキャパ300くらいのRラウンジ7階のステージで多くの人に囲まれて歌っていて、ちょっと壮観。
 
初披露のもつ酢飯のテーマ。サンバちゃんは「世界で一番簡単なフックです。もつ酢飯!!」を繰り返してフロアを巻き込みます。直前に「リリックが覚えきれてない」と不安を訴えていた無能ちゃんは歌詞を飛ばして一瞬うろたえていて、ちょっとハラハラ。
 
「もつ酢飯のテーマ」はDocManjuくん作ビートの中ではわりと疾走感があって、シューティングゲームのオープニングのような明るさがあります。そこに2人のファニーなリリックが乗るのが楽しい。
次の曲が始まる頃にはフロアに降りて少し前の方で観覧。フロアを見回すと、ヒップホップ好きだけでなく、2人の友人や現場仲間、MAZAIRECORDSの仲間が各々の方法でライブを楽しんでいました。まだ4回目のライブなのに、オープニングアクトとはいえ、ここまでの箱でライブ出来るのは、2人に人に愛される力、面白がられる力があるからだというのを実感。もし、私が2人と同じくらいの年齢で、ラップをやる仲間として出会っていたら、きっとコンプレックスを感じただろうな。
 
ちなみに、もつ酢飯のプロデュースをしてるMAZAIRECORDSには、他に樫さんとマノイさんという女の子がいて、2人とも研鑽を怠らない面白い子なので、何かの機会に紹介したいです。
 
イベントはオープニングアクトから、タイダルフローがブッキングしたライブへ。
 
タイダルフローブッキングのライブはCAOSさんがとてもよかった。曲もいいし、ライブのコントロール力も高い。音楽そのものに対する幅広い対応力がある感じ。あとで調べたら、バンドをやってらしたそうで、納得。
 
さて、この日はトウキョウトガリネズミのライブの前に、ビート争奪バトルがありました。始まる前はこの流れにバトルはいるのかなと思ったけれど、勝ち上がったMCはトウキョウトガリネズミからの刺客とバトルをするという設定だったため、バトル前にトウキョウトガリネズミ各MCのキャラクターがわかったので助かりました。
 
ボス的存在のはずのMC松島がやる気のないラップでコロッと負けたMC松島vsNOuTY、音楽的に水準の高かったLARGE IRON vs ID、「お前は米農家を継げ!」に「MPCのパッド叩くのと米を作るのは似てる」という謎の対話がなされたdoggydogg vs Activevが面白かった。
さて、タイダルフロー側のライブが終わり、トウキョウトガリネズミのライブセットへ。なんと、同じクルーだけど、この日初めて会う人同士が多いとか。うーん、インターネット。
 
MC松島さんの「とりあえず爆弾が爆発したら盛り上がってください!」という投げやりなアオリでスタート。
 
MC松島、WhaleBeats、diz、doggydogg、メガネ、LARGE IRON、SHIMPEI、KMB、Amateras……と出てくるMCの披露するラップは、強いて言えば比較的ナード寄りなんだけど、すぐに言語化できるような明確な共通項なし。
 
渋めの声とリリックの調和がかっこいいSHIMPEIさん。
拡声器を持って「ツイッターツイッターツイッターばっか!」と歌うdizさん。
自分がレストランを作ったらというテーマの曲を歌うLARGE IRONさん。
「お前らフェイク!ディルドディルドディルドディルド 俺らリアル肉棒肉棒肉棒肉棒!」というKBMさん。
ほとんど呪文みたいなラップをしながら、doggydoggさんが痙攣する様子を眺めるマーゴス(MC松島&doggydogg)。
はらぺこあおむしのパーカーと柔らかいビートが印象的なWhaleBeatsさん。
ハハノシキュウさんをゲストに迎え、どこか耽美的な退廃を漂わせるAmaterasくん。
インパクトのある声とアラレちゃんみたいな見た目の異物感がすごいメガネちゃん。
 
全員が何となく不穏さと人の良さを感じさせて、一聴で正体を掴ませない。なんだこりゃ。
 
色物集団と思わせつつ、等身大のラップのある日常を描いたHow Are You Feelingや、ワイワイ感が楽しいマイクリレー曲のたのしい、大人を生きることの不確かさを歌うかいぶつは正しく「イイ曲」だし、ビートの質も高い。
 
まるでカルチャー誌の色が比較的濃かった頃のガロや、初期のQuickJapan、あるいはTV Brosのコラムコーナーのような雑多さ。そうかあ、こういうクルーもあるんだなあ。というか、ラップという媒体はこういう表現が出来て、クルーという発想はそれをひとつに束ねることができるんだな。
 
イベントはMC松島さんのポップスから日本語ラップにつなぐDJで終了。シニカルな物言いの多いMC松島さんの、音楽に対する愛情を感じるDJがこの日の〆になりました。
 

MICScream ラップ × バイオリン"fukuchan" × 餃子@代官山ロッヂ2月7日

植本一子写真展「家族最後の日の写真」からの「MIC Scream ラップ × バイオリン"fukuchan" × 餃子」。

もつ酢飯が出る。女性エントランスフリー(ワンドリンク)、餃子が食べられるというので来てみたら、エントランスで久々に男に間違えられる。
 
すまんな、眉毛ちゃんと手入れするわ。
 
この日初めて知ったイベント「MIC Scream」。どうやらヒップホップ・フリースタイルラップを土台にしながら、何か面白いことに挑戦するという気概で運営されているようで、過去に行っていたセッションとして
・和太鼓&尺八
・お坊さん集団×木魚×除夜の鐘サウンド
・タップダンサー
ビートボクサー
・ファンキードラマー
・アヒージョ
・ジャークチキン✖︎WORLD MUSIC
が紹介されていた。 
 
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会場の代官山ロッヂは3階建ての小さな民家を改造したライブバー。
 
DJタイム終わって、餃子について語るオープンマイク15分がスタート。無能ちゃんとワッショイサンバちゃんが参加しているのを見学。
 
もともと自分のスタイルがしっかり出来ているサンバちゃんに加え、無能ちゃんの「餃子といえば韻踏合組合 その心はどちらもヒダが大事」的なとんちの効いたフリースタイルが面白かった。もつ酢飯はふたりともエンターテイナーなのだ。
 
オープンマイク終わって、そんなエンターテイナーコンビのライブ15分。
 
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12月のデビューライブからシンデレラMCバトルでの敗退を経て、どこかさっぱりとした表情でライブに挑んでいた2人。
 
セットリストは女の子社会の建て前をディスりまくるG.I.R.L2、G.I.R.Lから、口気持ちいいバースの連続の無意味な飯賛歌meshiagare(ワッショイサンバソロ)、いわゆる女子の輪からズレた自分の立ち位置を歌う頭文字M(無能ソロ)。
 
デビューライブではちょっとふわふわしたところがあったけど、シンデレラMCバトルを経てラップの基礎体力が上がっているのがよくわかる。
 
声が聴き取りやすいとかフロウに工夫があるとか、基本的なことなんだけど、おかげで浮き足立ったところがなくなってきた。後で聞いた話によると、カクニケンスケくんがシンデレラMCバトルの後に2人に特訓を授けていたとか。短い期間に歴史を作ってるなあ。
 
そしてそれを観ている私は動画を撮ろうとし、容量制限に引っかかってアプリを削除するという動作を繰り返していた。
ライブ終了後はビートセッション。
 
バイオリンの音色に、ニラや白菜を切る音や酒瓶を叩く音を乗せていく異種格闘技戦。曲もバラエティー豊かで、バイオリンの気まぐれで突然マリオの曲が始まったりするのも面白かった。
 
奇妙なビートにさらにフリースタイルがかぶさり、だいぶデタラメな感じに。夜も更けて人もだいぶ増えてきたので、訪れた人たちに主催者がマイクを回していくけど、けっこう断る人が多い。
 
何となくもったいないなと思いながら、自分からマイクを取る勢いがなくて見送ってしまう。しかし、結局それが引っかかって何となく、その後のお題バトルにエントリーしてしまった。
 
私はラップをするにあたって特に目標を持たないようにしている。それは何のプレッシャーもなく楽しめるようにしたいという理由で、だからマイクを取らなくちゃいけないという気概も基本ない。だけど、この日は「マイクを断る人」を見て、何となく「機会があるなら握らないと」と思ってしまったのだった。
 
バトルは変則ルールで、ジャンケンで勝つと普通の1on1、アズワン形式の2on2タッグ、地元レペゼン、好きなもの語り、口説き、お客さんにお題を選んでもらうという形式が選択できる。とりあえず「住みたくなるようなラップを競う」という地元レペゼンを選択。
 
私の後攻でスタート。相手のHERBEくんが地元大阪愛を語りつつ自分をあげてくのに対し、地元を「犬と老人しか歩いてない きれいなのは景色だけ」「お前横浜市の税金日本一高いんだぞ 払えんのかよ」という、聞いた人が住みたくなくなるようなバースを吐いてインパクトで勝った。
 
その後は初対面のブロガー鼎さんを無理やり誘って2on2でもつ酢飯とバトルしてコロッと敗退。鼎さん、恥かかせてすみません。
 
この日はしかし、そのゲイでヒップホップ好きの鼎さんともつ酢飯の2人がすごかった。
 
もつ酢飯は2on2で2小節ずつでマイクを回す驚異のコンビネーションを見せる(普通は4小節)。まるで持ち曲G.I.R.Lの続きがその場で出来ていくような息の合ったdis。
 
特に女子同士でAS ONE対決になった時の、「別に私ラッパーとかじゃないし」と言って逃げる女の子に対する「キャットファイトとか言われながら戦ってきたんだぞ」とか、「こっちは社会人だぞ」的なバースに対する「こっちは心の傷を乗り越えてきたんだよ」という返しには生き様が出ていて、ちょっと忘れられない。
 
しかし、そんなもつ酢飯をぶっちぎってこの日一のインパクトを残したのは鼎さん。
 
時に身体をくねらせるオカマっぽいリアクションを交えつつ、「あたしの母さんオカマを産んだ!」「生まれる〜〜。生まれる〜〜たまごっちが!」とか、意味はないけど、インパクトのあるリアクションを取り続け、いつのまにか優勝をかっさらっていった。ウィニングラップもリスペクトとユーモアを交えた熱い内容で、デタラメな夜の最高の〆だったと思う。
 
細かいところに気を配っていた主催のNakid a.k.a. Kiyo(GWC-MCZ)さん、お疲れさまでした。ありがとうございました。

アトムの遺伝子を感じる人体改造もの「錆のゆめ」(久間よよよ)

観測の範囲でないので正確な時期はわからないが、男性向けエロマンガとBLが表現においてどんどん重なり合ってきているというのは何となくでも伝わってきていた。

 

重なり合うというのはおかしいか。男が考えつくようなエロに女だって興奮するし、なんなら自分でも描くということだ。
 
だから、人体改造BLマンガ「錆のゆめ」が商業出版物として刊行されているのを見た時は、女性向けでもこういうものが出るようになったのかという驚きがあった。私はショタにも商業BLにも全く明るくないので、先行する例があったら申し訳ないのだけど。
 

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巨大な機械の手に半裸にブーツという奇妙な姿のかわいらしい少年。彼は妹の進学のために資産家のセクサロイドになることを決意し、白痴の異形に改造されたという過去を持つ。この気の毒な少年の世話役を引き受ける進藤という男の視点で話は進む。
 
男性向けエロマンガでは、メジャーではないものの「人体改造」は古典的なテーマという印象があるし、セックスで白痴化する人間はエロ&BL問わず定番ネタ。
 
ただ、エロマンガ(ポルノグラフィティ)ではどのような性暴力も飛躍したフィクションとして受け取れるのだけど、錆のゆめはポルノと物語の狭間にあって、これがこちらの感情を揺らすのだ。
 
カタコトでしか話せず、考える力も奪われた少年は、進藤が世話をするうちに少しずつ意思や思考する力を取り戻していく。2歳児が4歳児になるようなゆるやかな回復の中で、少年は元に戻った体で進藤に愛される夢を見る。この幸福な夢の様子がなんとも切なくて哀しく、こちらの胸を打つ。
 
一方で、彼の造形はどこからどう見ても「かわいそうなところがかわいくてエッチ」なように描いてあるのだ。
 
小さな耳に、頭に意味もなく施されたベルト。そして機械の手に編み上げのロングブーツで、性的に搾取される続ける少年の姿は悲惨なのだけど、一方でその姿は嗜虐心を誘うし、喘ぐ姿も眠る姿も、かわいくてえっちとしか形容しようがない。
 
悲惨な境遇の少年に萌えてしまう罪悪感と悪趣味な設定に対する胸糞悪さがブレンドされ、見てしまったからにはその後を見届けなくてはという気持ちにさせられてしまう。タチが悪いが引きは強い。そして、マンガらしい飛躍を活かした作品だと思う。
 
ところで、少年のデザインを見て何かを思い出す人はいないだろうか。ピンと立った耳、黒髪短髪、広いおデコ。
 
そう、これはかつて浦沢直樹手塚治虫鉄腕アトムの二次創作物として描いたPLUTOでのアトムとそっくりなのだ。
 

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そうやってさかのぼってみると、少年の半裸に編み上げのロングブーツというフェティッシュなデザインにも、アトムから受け継いだフェチズムを見てとることが出来る。
 
これも間違いなく手塚治虫の遺伝子のタネだ。
 
最後に一言。これはBLなのでおそらくハッピーエンドを目指すのだと思うし、個人的にはそれを願っているけど、多くのエロマンガのようになんの救いもなく終わり、消費されてしまってもよいと思う。撃てない銃を撃つために、殴れない相手を殴るために、出来ない不貞を満喫するためにフィクションを利用するのは責められるようなことではないからだ。
 
フェミニストがBLやエロマンガ、二次創作物において、彼ら彼女らの政治性や倫理観では、本来とても了解されないはずの保守的な物語を消費しているのもよくあることだしね。もちろん「良い子はマネしちゃダメ」が前提だけど。
 
追記:ちなみに本作は「BLってこの程度でいいんだ」って思わせる終わり方をしたの、私の中でなかったことになってますが、とりあえず文章そのものは残しておきます。
錆のゆめ 上 (Canna Comics)

錆のゆめ 上 (Canna Comics)

 

 

 

PLUTO (2) (ビッグコミックス)

PLUTO (2) (ビッグコミックス)

 

 

名付けようのない時間を定着させる「家族最後の日の写真」植本一子写真展@Nidi gallery

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展覧会タイトルの元になっている書籍はまだ読んでいない。

 
石田家の日常と、病院での日々と、植本さんの日々。
 
食道がんで入退院を繰り返しているという今のECDは、私の父がガンで亡くなった年齢と近い。
 
泣くかと思ったけど、一枚で情動の引き鉄を引くような写真はなかった。マスクをつけたふたりの娘がベッドに横たわるECDを見ているところが唯一物語のある写真だろうか。懐かしい恐怖心がよみがえってきて、少し悲しくなった。
 
写真には撮影者と撮影対象の距離が映るというが、実際は定義しきれない対象との距離を客観視するためにシャッターを切ることもあるのではないか。
 
日常はかけがえがないとか、すばらしいとか後から定義するもので、その場には名付けようのない表情が存在する。そして、写真がそれを捉える。
 
最終日、植本一子さんが在廊。なぜか寺山修司のお面をつけながら、サインや会話に応じていた。 
 
ECDはどの写真でも、あの、何かをのぞきこんでいるような穏やかな目をしていた。
 

 

家族最後の日

家族最後の日

 

 

 

昭和元禄落語心中の最終回、キレた人の感想

ちょっと過程と結論を事細かに説明する気力はないのだが。

 
おいおい、与太郎の人生は八雲のための……。なんだこれ、噛ませ犬? 引き立て役? いろんな言葉が出て来ていずれにも当てはまるな。聖なる道化はたしかに便利だろうけど、これじゃ尻拭いするために作られた便利な人にしか見えないぞ。
 
こういういい話風の暴力が私は一番苦手なのだ。他人を侵害するなら殴り切ってくれ。「落語の世界は駄目な奴にだってちゃんと優しいんだ」って言うけど、そういうことじゃないだろ……。たとえ与太郎が全てを知っていたとしても、これ許しっつうより、死に逃げじゃないか?
 
私はこのマンガの芸に対する考え方とか好きだったよ。松田さんの使命感とかさ。だから結局盛り上がりが人間関係に集約されてしまって、芸の継承や変化の物語を描けていなかったのがつくづく残念だ。
 
作中、松田さんは与太郎を「無我 無欲 純然たる落語のための容れものだった 君は自分の想いを落語に託さないんだ」と評したけど、雲田さんは与太郎の器に便利な道化役以上の意味を与えられたのか?
 
与太郎がどんな落語を作り上げるのかが知りたかったのだけど、結局それはわからなかった。説明はしているが、わかるように描かれていなかったし、八雲や助六ほどの気合いも感じられなかった。
 
いや、遠回しな言い方になったな。雲田さんが八雲に萌えすぎてて、与太郎への関心の薄さがどうしても目に見えてしまう。物語上でも、とにかく生者は皆八雲を引き立てようとするから、与太郎の生も芸もすべて八雲を描くための書き割りに見えてしまう。
 
1巻が一番面白かった。悲しい。

 

昭和元禄落語心中(10)<完> (KCx)

昭和元禄落語心中(10)<完> (KCx)