木地雅映子はデビューから一貫してサバイバーを書いている。
あるいは学校に、あるいは家族に殺されないために、少年少女はいかにして生きていくるべきか。そういうことをずっと書いている作家だ。
彼女のデビュー作である「氷の海のガレオン」は、「自らを天才と信じて疑わないひとりのむすめがありました。斉木杉子。十一歳。ーーわたしのことです」という印象的な書き出しから始まる。
学校社会になじめない杉子は、詩人である風変わりな父と、植物の手入れに長けた母を誇りに思いながら、気高く生きようと試みる。しかし、杉子は聡明で誇り高い子供だが、本心から「自分を天才と信じて疑わない」少女というわけではなく、学校社会の中でどうやって生きていくかに必死で向き合っていることが、本文中で明かされる。そして、杉子は学校に迎合せずに生きていくことを決意する。
ガレオンが一部の読者にとって伝説の作品となっているのは、学校社会を愛せなかった・愛されなかった子供の孤独が、どういう質のものかを書いて、しかし、それに迎合しないことを誇り高く宣言させたからだろう。木地はその後も、社会という孤独の中でいかに戦う覚悟を背負うかについて書き続けている。
「あたたかい水の出るところ」は、そんな木地の少年少女向けのきわめて具体的なマニュアル書である。
親なんていなくたって、友達がいれば生きていけるんだよ!と叫んだ「マイナー・クラブ・ハウスへようこそ」では、それでも経済的には親の庇護にある少年少女の物語だった。
じゃあ、「親を捨てるにはどうすればいい?」をさらに進めると、経済的自立が問題になる。木地は、ここで「どういう動機で仕事を選べばいい?」まで丁寧に解説してくれる。
この丁寧さに、まず「銀の匙」というマンガを思い出す。「銀の匙」は北海道の農業高校に、目標を失った少年が転入する話だ。物語は彼が目標を見つけだす過程をゆるゆる書く。農業高校の生徒たちの多くが、自営業者の息子娘なので、後々は自分が跡を継ぐことを念頭に置いて学業に励む。貧しい実家を支えたくて、甲子園に行ってプロ野球選手になり、貯金を作って酪農を続けたいという少年や、大量生産のノウハウを学んで、より効率的で質の高い酪農を目指す少女、動物を殺す覚悟はないけど、獣医になりたい少年など、さまざまな人物が集まっている。
目標設定に向けて努力ができているという意味で、自分より大人な同級生たちに、ときにコンプレックスを感じながら主人公は必死に日々を過ごしていく。
現在単行本4巻まで来たが、おもしろいのは主人公の個性が「頼まれたら断らない」というきわめて受け身な部分であることだ。しかし、頼まれても断らないから、石窯からのピザづくりなど、いろいろなことに巻き込まれる。愛や夢と言った能動的な感情に動かされて目標が浮かび上がるのではなく、その人の「性根」に沿って少しずつ「できること」が形作られていく。その過程がおもしろい。
柚子は、安定した正社員の仕事に気乗りせずに、降ってわいたような運命の人との仕事に飛び込む。いや、愛すべき仕事を与えてくれる存在として、運命の恋人が現れる。しゃらくさい言葉で表せば、自分らしく生きられる場所を選択したということだろうが、それをしゃらくさく思わせないのは途中で登場する看護師さんの言葉だ。
「だって、例えば仕事自体がどんだけしんどかったとしても、人間関係とかでつらいことがあったとしても、消毒かいだり、駐車気とか鉗子とか眺めてるだけで、ハアハアして回復できるんだよ?」
ある種の人にとっては仕事というのはこういうものだ。私はこの真理をほかでは「キッチン・コンフィデンシャル」という、料理人が書いたノンフィクションでしか読んだことがない。あれは、「シェフというのは毎日鍋を振ることに飽きない人種だ」という話だった。みんながこうじゃないけど、実際はけっこうそう。
料理と言えば、食事の場面も印象的だ。「うまっ。うまっ。自分で味付けできるって、一種の特権だよなあ。」といいながら食事をほおばる柚子。母のグチを背中に受け止めながら作った、ゆで豚のしょうゆみりんがらめがやたらおいしそうだ。物語において食事の場面は、共同体の幸福や安定を強調するために描かれることが多い。裏返すと「家族がいるけど、孤独」という場面で、登場人物がこうも幸福そうに食事をかみしめる場面というのはあまりない。たとえ家族に大切にされていなくても、うまいものはうまいという真理。家族に気を使わないで、勝手に幸福になっていいんだよという木地のメッセージが感じ取れるように思える。
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