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ホンのつまみぐい

いろんなもののファンをやっている人が、日々のよしなしごとを綴っています。

墨東まち見世さんぽ

 墨東まち見世さんぽに行ってきた。町歩きイベントというやつだ。

 町歩きイベントは横浜でもよくやっているが、スタート地点がBARというのが珍しい。そして、これがとても面白かった。

最初の目的地・「BAR Bee」

 向島にお店をかまえて13年目。
 祖父の代からこの町に住んでいるというBARのマスター山田さん。
 山田さんのお話は、戦後日本の風景をそのまま私たちの前に取り出してくれるようなとても具体的なものだった。

 福島から上京した山田さんのおじいさんは、氷の卸をはじめる。電気冷蔵庫の無かった時代に、氷でじかに冷やす冷蔵庫のための、大きな氷だ。
 基本的に夏だけの仕事だったらしいが、当時は夏の稼ぎだけで食えたらしい。ただ、大きな稼ぎを得るには人を使わなくてはならない。たくさんの人を雇うが、彼らはみな夏場が終わるといなくなってしまう。継続して安定した仕事を続けるのがなかなか難しい。
 そのうち、氷屋をはじめる。シロップなぞない頃だから、蜜はスイ(砂糖水)や小豆だ。さらに、冬にはお汁粉を出すようになる。これが赤線地帯、花柳界のお姉さま方に人気が出た。仕事が終わってくたびれた女性たちが食べにくる。

 高度経済成長により、電気冷蔵庫が普及すると、氷屋はたちゆかなくなる。氷屋をしめて、工場の職人たちを相手にした中華屋をはじめる。

 この工場の職人たちの話が少しかなしい。
 機会油がしみこんだ手だから、法事の際には白いシャツに黒い指紋がついてしまう。それを見て、自分の子供たちは「毎日白いシャツを着て働ける仕事についてほしい」と考えたという。かくて、工場は廃業していき、工場労働者を中心とした中華屋もさびれてゆく。

 中華屋を廃業してBARをはじめるとき、多くの人に「こんなところでBARやって大丈夫か」といわれたらしい。しかし、世話好きな人たちの紹介のおかげでやってこられたというようなことを山田さんはおっしゃっていた。

 ほかにもお店のコンセプトやカクテルについてのさまざまなお話をうかがったのだけれど、それはぜひお店で山田さんと話術とともに直接堪能してほしい。
 
 いただいたスカイツリーカクテルも美味。

 じぐざぐな町並み(鳩の街通り商店街)を歩きながら次の会場へ。
 他人として歩く夜の町はなぜあんなに気持ちいいのか。それぞれの家についた明かりの柔らかな暖かさがつくる、暗いのにくつろいだ風景。それを少しの疎外感をかかえながらただただ通り過ぎていくのがとても楽しい。

 ゴールはなぜか学習塾。
 「一寺言問を防災のまちにする会(通称:一言会)」の会長、その名も阿部洋一さんが話す「内側から見た向島」だが、これがとてもつもなく面白かった。
 本所、向島という名称の由来から、町に住む人たちの気質の話。さらには料亭の相場金額まで。当時の娼婦の一晩の値段など、生々しい話も盛り込みつつ、まったく退屈せずに2時間があっという間に過ぎていった。
 娼婦の話、一方に「学歴のある子を相手にするのは女性たちにとって誇らしいことだった。だから筆おろしはタダだった」という話があり、もういっぽうに「農家の子が家族を支えるために売春していた。黒人のお客が来ると怖がって柱にしがみついて泣いた女性もいた」という話が出ていて、どちらも本当の話で、これからも伝えられていく話なのだろうと思わせる。

 しかし、「文人はぜんぜん経験してないのにうそを書くんだよ」には笑ってしまった。

 山田さんも阿部さんもとても話し上手で、言葉がするする耳に入っていく。知識について話しているのだけど、それがひけらかしたような感じがまったくない。そして、つきないくらいたくさんの引き出しを持っている。
 一人の人がずっと町に住むというのは、こういうことで、人と話すことを仕事にするというのはこういうことなのか。今回は友人の誘われて墨田の街歩きだったけど、いつか横浜でも、町の人の話を聞く時間を作ってみたい。