ホンのつまみぐい

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ハスリングなんかしなくてもヒップホップできるから!「ジャポニカヒップヒップ練習帳」サイプレス上野 from Dreamraps 刊行記念トークイベント

 1stアルバムが「ドリーム」。リード曲が「Bay Dream ~フロム課外授業~」。主催レーベルが「ドリーム開発」。

 サイプレス上野はよく自分自身のプロダクトに「ドリーム」と名づけますが、これは一般名詞の「夢」だけでなく、固有の場所を示します。それは、かつて横浜市戸塚区に存在し、最終的に過疎化して閉園したドリームランドという遊園地。そして、彼が生まれ育ち、今も製作場所兼溜まり場として部屋を所有しているドリームハイツという団地のこと。

 

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 そんな彼が学生時代に地域の仲間たちと結成したラップグループにもドリームの名がついています。その名も“Dreamraps”。自伝「ジャポニカヒップホップ練習帳」の出版記念トークイベントでは、このDreamrapsが再集結しました。

 会場であるタワーレコード渋谷店6階。登壇者はDreamRapsのメンバー、サイプレス上野さん、WATA THE ラガーさん(MC)、テラ9さん(MC)、油井俊二 a.k.a.LL KOOL Yさん(DJ)、画家の千葉正也さん、そして構成担当のライター・高木JET晋一郎さん。

 演者が呼び込まれるなり、壇上の机にドカドカおかれるサッポロビールのロング缶。

 トークは自己紹介から始まって本の感想を各人に聞いていくスタンダードな始まり。……なんですが、いきなり本文で「シンナーでケンカの傷を癒していた」ことが暴露されていたワタさんの「書くなら言ってくれって感じですよ!」という抗議。「ワタは今What’goodの店長をやっています」という上野さんの紹介からの、本人による「絶対来ないでしょ!こんな店!」というツッコミ。

 上野さん「俺がワタのシンナー話で一番好きなのは、タギングしにドリームの裏を二人で歩いていたら、ワタが『シンナー吸いてえ』って言いだして、手にスプレーかけて吸ってから『星がきれいだー!!』って叫び出して、ああ~~、こいつ最高だなと思った(笑)」(タギング:スプレーで文字やマークを書いて回ること)

 初っ端からヤングマガジン感のあるエピソードでスタート。

テラさん「自分が出てくると思わなかった。こんな思いでやってたんだって」
油井さん「上野がライブ前とかに話していることが集約されてる」
ワタさん「上野は昔のことをよく覚えてるなと思った。俺はぶっ飛んじゃったから」
上野さん「ワタが突っ切るタイプだったから、俺がそれをさばいてく感じはあったね」

 ドリームハイツの仲間たちがそんな話をする中、唯一ドリームハイツ出身ではない千葉さんによる、外から見たDreamrapsの話に。

「上野の地元の奴らはヤバいという話になって。不良ともちょっと違うんだよね。別の角度でイキがってるというか。高校の時にライブを見に行ったら、『ワタあれやれ』って話になって、それでワタが上に登って『〇〇(中学生レベルの下ネタ)』って言うだけっていう。俺はあれがちょっと衝撃で……」

「すごいね!ここ公共の場だよ!!」と、いきなり身を乗り出して本気で突っ込む高木さん。

千葉さん「ヒップホップってこういうものなんだなって」

私(そうなのか……?)

上野さん「俺、今日は本に書けない話しかしないつもりで来たから!」

(この発言を聞いて、このブログにどこまで書くか迷ったのですが、当事者の中で完結してそうなことと、ギリよけいな炎上をしなさそうなトピックと、情報として間違いのなさそうなものだけ書いておきます)

 その後は「レコード屋の店長にパー券を大量に売らされて、入ってみたら自分たちの客しかいなかった話」から、「Dreamraps」の前身「TITLE‐B」時代のテープがかかります。カセットテープから流れるのは当時のライブ入場の様子。そして、出囃子はドラえもんのイントロ!

上野さん「今も1PACでドラえもんの曲サンプリングしてるし、やってること変わんねえなっていう(笑)」

 この日はほかにもDreamraps時代のライブの様子を収録した曲が流されましたが、入場と同時に会場が「ワーッ」と湧く様子に当時の人気がうかがえました。

 ジャポニカヒップホップ練習帳の3分の1は幼少期から青年期までの出来事が書かれていて、その多くがドリームハイツとドリームランドで彼らがどのように過ごしていたかに費やされています。この日も本に書かれなかった面白エピソードが次々と披露されていきました。

「小3の頃は氷を袋に詰めてバス停を降りてくる人に向けてバンバン投げてた(油井さん)」

窓からよじ登って8人くらいでテラの部屋に隠れてたこともあったよな」「そう、家族でご飯食べ終わって、自分の部屋に戻って電気つけたら『ワッ!?いる!』みたいな」「ドリームは3階までは窓から入れるから

「俺の友達が遊びに来た時に吉野がカレーを出してくれたことがあって」「いい話じゃん」「そうそう、ドリームハイツのいいところはホスピタリティがすごいとこ!よそ者だからって追い出したりとかしないから

ドリームで生活するものとして、観覧車の中央に設置されてるDREAMのMの字にタッチしなければ!みたいな話になって」「俺(ワタさん)とサクライくんが登りに行ったんだけど、あれ途中から板1枚だけになって、つかむところもなくなるんだよ。それをサクライくんが死を覚悟してタッチしていって成功させるんだよ。それを見て俺は『2人ともタッチしたことにして帰ろう!』って言った」「落ちたら確実死ぬなと思いながら見てたよ。あれ、数十メートルあるから」

「ワタが観覧車のスイッチを押して夜中に動かしたことがあった」「そう、スイッチひとつで動いたんだよな」「それもどうなんだっていう」「夜中の閑静な住宅街にギ~ッってすごい音がして」「上野が『母ちゃん起きるだろ!』って言って出てきた

花見しながらTシャツ燃やすのが流行ったこともあった」「1万円のTシャツ着てるやつとかに向かって、着たまま火つけたり」

 一通り話したところで、千葉さんの「ヤンキーは怖いけど、こっちはそういう感じとも違って、とにかく『変なこと』をしてるんだよね」という言葉が入ります。

 高木さん「クレイジーさを競っていたと……

上野さん「いや、でも悪さ自慢がしたかったわけじゃなくて、今日は仲間と遊んだ楽しかった時間を思い出すつもりで。程度はともかくどの町にも絶対ある話だから。俺たちにはドリームランドがあったから、いろいろやっちゃったけど」

 たしかに、破壊行為の話だけでなく、夜のドリームランドで恋愛相談をしたり、ライブの練習をしたりと、ちゃんと青春っぽいエピソードも。

上野さん「MPCを手に入れて、『録音するぞ』ってなって、やり方もわからないからMD持ってスタジオ行って『これに音のっけたいんです』ってお願いしたり。全部一発撮りでやろうとしたら見かけてスタジオの人が助けてくれたり。屛風ヶ浦のスタジオヤヤだったかな。お世話になったね」

千葉さん「そういえばテラとワタはなんでDreamrapsを辞めたの?」

テラさん「俺は就職」

ワタさん「俺は専門学校」

一同「普通だ……」

上野さん「『ドリーム』出したときにワタが『すげえダセえ』って言いだしてケンカしたんだよな。『MICROPHONE PAGERになるんじゃなかったのかよ!』って。で、俺がマウント取ったら泣き始めたから『あ、ごめん』って言ったら下からバコーンって殴ってきたから、『ああ、やっぱこいつには手加減しちゃだめだな』ってその時思ったわ

ワタさん「俺は上野に○○(忘れました)になってほしかったんだよ……」

上野さん「お前が辞めたからじゃねーか!ワンマイクじゃなれねーよ! それでワタが救急車で運ばれるんだけど、誰も付き添わないから俺とテラが一緒に行くっていう」

ワタさん「4針縫ったんだけど、帰ったら家のドアノブに上野の母ちゃんが置いてった3万円入った袋がかかってて」

高木さん「示談だ(笑)」

ワタさん「その金で呑みに行った」

ドリーム

ドリーム

 

上野さん「ドリームランドの最後の日は土人の格好してたら通報されたりね。お客さんは笑ってくれたけど、通報されて裸で裏道を逃げたり……。ドリームランドに『俺のキャパを使って遊べ!』って言われてたような気がしてたんだ。……いや、でも今日しゃべったことによって懺悔した気がするね」

ワタさん(たしか)「俺はそういうのがヒップホップだとずっと思ってたよ

私(どういうのだ……?)

上野さん「おお、じゃあDreamrapsはヒップホップということで

私(そうなのか……)

 最後に上野さんからまとめのお話。

上野さん「別に犯罪自慢したいわけじゃなくて、こうやって一緒に遊んできた人たちもかけがえのない存在で、そういう人たちと楽しんでいくのもヒップホップじゃないかっていう。無理にハスリングしてヒップホップだって言っちゃう子もいるけど、そんなことしなくていいから!

 どんな話もいい感じにまとめていく相変わらずの演説力の高さ……!

 しかし、この日の話を聞いて腑に落ちるところがありました。ドリームハイツは本の中でも「『昔から住んでいる地元の人』がいない新興住宅地で、ドリームで生まれ育った自分たちの世代からやっと街の独自性が出てきたようなところ」として語られています。そんな場所から、どうして何人もの音楽家が生まれたのか。そして、なぜ上野さんたちは今でも強い仲間意識を持って地域と結びついているのか。

 私は2年ほど、町おこし事業に関わる人々に話を聞きに行っていた時期があり、そこで多くの事業の失敗を見てきました。失敗や頓挫の理由は様々ですが、ひとつに第3者が細かく規定した行事や施設が街に馴染まず、物理的にも利用されず、精神的にも愛されないまま風化していくという例が多かったように思います。街の人が寄り付かず、集客もいまいちなアートイベントや、外部の人気建築家が取り付けた炊き出し用施設が、実際に普段から炊き出しを行っている地元の福祉団体の邪魔になっている公園などなど。

 一方、歴史のない街で育った人々のところに、いくらでも遊べる遊園地があって、そこで自由に遊んだ記憶を持った人たちが現在進行形で文化を作っていこうとしているドリームハイツ周辺。そこに数値で測れるような成功が訪れているわけではないでしょうが、誰もが共有できる自由な遊び場こそが人の集まる場所、何かの生まれる場所になるという話は聞けてよかったと思いました。

 まあ、そういうマジな話を置いても、ここに書けなかった話も本当に爆笑の連続で、「誇張抜きでマンガより面白い最低で最高なエピソード」の連続に、マンガ好きとしては軽く頭を抱えたのでした。マンガの想像力が現実に負けている!

 最後はDreamrapsのライブ「解放」で〆。そのレベルの高さに驚きながら「最低で最高なイベントだった! でもうちの近所には壊し放題の遊園地もないし、四六時中酒を呑むといういう生活でもないし、私にはヒップホップは遠いかもしれん」とも思っていました。

 ところが、次の日に行った最低で最高なイベントに、またヒップホップ感がぐらつくことになるのでした……。ヒップホップ感を更新する現在形のイベントの内容を知りたい人とは↓から!

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※余談ですが、けーごくんが遊びに来ていて、謎蜜さんたちと話したり、上野さんにCDを渡したりしていたのがエモかったです。

※帰りに二つ下の階でやっていたCHICOCARITOのリリースイベントに立ち寄ったら松本てふこさんがいらしたので、さっきまで聞いていた話を「ほんっとにめちゃくちゃなんですよ!」と言いながら話したら、「なんか青春映画みたいですね?」という返事。「そういう前向きな言い方もできるのか!」と感心しました。

ジャポニカヒップホップ練習帳

ジャポニカヒップホップ練習帳

 

 

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