ホンのつまみぐい

誤字脱字・事実誤認など遠慮なくご指摘ください。

「きのう何食べた?」を読んで頭に浮かんだことをつらつらと。

 「きのう何食べた?」を読んで頭に浮かんだことをつらつらと。

 

■最新15巻のよしながふみのマンガのうまさ

 

「何食べ」は開始が2007年だからもう12年目。こういう歳時記的なマンガには珍しく毎年歳を重ねるので、物語途中で生まれた子どももどんどん大きくなっていく。

 

 今回印象的だったのは、シロさんのお料理仲間の佳代子さんの家でのエピソード。富永家3代の手巻き寿司を囲む食事会に、シロさんも同席するのだ。

 

 佳代子さんにはシロさんの「史朗」の名を取って名づけられた、悟朗という孫がいる。初登場時は赤ん坊。それから何度かシャイな幼児として登場し、今回やっと小学校就学前児童としてシロさんの前に現れる。

 

 大人同士がほがらかに会話をする中、時々大人たちのアシストを受けながら、無口な悟朗くんはせっせと手巻き寿司を口にしていく。

 

 最後に、シロさんから入学祝いの図書カードをもらった悟朗くんが、シロさんが親戚ではなく赤の他人だと初めて知り、「え……。」と驚きと怯えの入り交じった表情をする。ほぼ何も起こらないが、なんだかほほえましい気持ちになる話だ。そして、何も起こらない話こそ、よしながふみの演出力の高さが光る。

 

 この話では16ページ中、7ページが皆が手巻き寿司を作って食べる様子が描かれる。食事中のページの流れをリードするのは大人たちのテンポの良い会話で、悟朗くんはたまに相槌を打ちながら、淡々と食べているだけだ。しかし、彼が食べる様子を少しずつページの最下部のコマに挿入することで、彼が今回のオチを担当することが、違和感なく読者に受け入れられる。

 f:id:hontuma4262:20191013193353j:image

 このコマ割によってもたらされる効果はそれだけではない。ここで、読者は悟朗くんを見守る大人たちの目線を読者に共有させている。

 

 読者は悟朗くんに話しかけることも、手巻き寿司作りの手伝いをすることも出来ない。それでも、彼が幸福そうに食事をしている様子を、大人たちと一緒に共有することが出来る。

 

 「何食べ」連載から12年。これだけ彼らの生活をのぞき見していれば、親戚とは言わないまでも、12年愛読しているブログの書き手くらいの愛着と親しみがある。悟朗くんはマンガの中の人物だけれど、彼が大きくなって手巻きずしを真剣に食べている姿を見守ることには、さりげない幸せがある。

 

 なんてことない話だけど、読むたびにほっとするエピソードで、それを支えているのは、よしながの演出技術なのだ。

 

■先日放映終了したドラマについて

 

 とてもよく出来ていて、よしながメディアミックスでは出色の出来だと思う。まったく別の回に出てきた、ケンジの「ちょっとしたプレゼントを贈るのがうまい」という長所を、「お父さんの手術中、シロさんを通してお母さんにプレゼントを渡す」という流れにしているところなど、原作を読み込んだ上で作品の持つメッセージを伝えようとする気合いが伝わる。少しドラマチックすぎると思う場面もあったけれど、全12回のドラマとしてとても完成度の高い内容になっていた。

 

 ただ、だからこそ「その年で独身なんて気持ち悪い」という原作にはないセリフや、シロさんがゲイであることを、佳世子さんが夫や娘に話してしまう描写がそのまま放送されてしまうことなど、不満もあった。特に、アウティングによる自殺が大きく報道された後に、原作の流れをそのままやってしまうのは不用意だったのではないか。また、原作だと地域で強姦事件が頻発していたから、佳世子さんはシロさんを怪しむのだけど、ドラマではこれが省略されているので、佳世子さんがいきなり人を強姦魔と思い込んで叫び出すヤバい人になってしまった。

 

 逆に言えば、これだけ誠実な作劇を行えるチームでもアップデート出来ないことがあったということで、意識を変化させるというのは並大抵のことではないと痛感させられる。これは自戒も込めてのことだが……。

 

■「無理せず作る」話も入れてくる

 

 必ずおかずを3品作るという、マメで料理好きのシロさん。だけど、誰もが毎日の調理を楽しめるわけじゃないし、そもそも料理をする時間すらない人もいる。

 最近、「料理」のハードルが高くなりすぎることで、人々の精神を圧迫しているという話をよく見るようになった。自分の体のためにも、精神的な充足のためにも、料理はしっかり作りたい。だけど、今の自分には出来ない。これは、自分の努力が足りないのではないか……という精神的重圧を感じる人が少なくないらしい。

 

 最近の「何食べ」に、まさにこれにフォーカスした回があった。

 

 シロさんの弁護士事務所で働く事務の山田さん。しっかり者だけど料理がさして好きではない彼女は、お互いの同意のもと食事の準備を料理好きの夫に一任している。

 しかし、子どもたちの夏休み、体力の限界で夫が力尽きてしまう。食事は用意できておらず、冷蔵庫にも半端な食材しかないことを謝罪する夫を見て、山田さんは余り物のニラとトマトと豚肉と入れた豚汁と卵かけごはんを作る。「料理なんていつも完璧じゃなくたっていいじゃないか」という主旨のことを語って、責任感の強い夫をねぎらう山田さん。掲載誌が手元にないのでディティールはあいまいだけど、おおむねこういった話だったと思う。

 「何食べ」を読みつつ、「とてもシロさんのような生活はできない」と落ち込んでいる人は少なくないだろう。そんな中、「誰もがシロさんにならなくてもいい」というのを丁寧に解説し、なおかつ男女の家事役割を反転させているのが本当にうまいと感心してしまった。

 よしながふみは読者を、そして社会をしっかり見て、物語にフィードバックさせているのだと思う。

 とはいえ、トマトとニラの豚汁をささっと作れるのも、かなりの料理スキルではあるのだけど……。

 

 

 

きのう何食べた? DVD BOX(5枚組)

きのう何食べた? DVD BOX(5枚組)

  • 発売日: 2019/09/18
  • メディア: DVD
 
きのう何食べた? Blu-ray BOX(5枚組)

きのう何食べた? Blu-ray BOX(5枚組)

  • 発売日: 2019/09/18
  • メディア: Blu-ray
 

  ところで、料理ができなくて落ち込む人には『自炊力』おすすめです。肉や野菜の買い方から教えてくれます。