『ビリー・エリオット』は2017年の初演から7年ぶりの観劇で、今回は2回観た。
実は1回目、主人公のビリーが明らかに疲れていて、正直ハラハラしながら観た。
この芝居はタップダンス、バレエ、アクロバット、フライング(空中吊り)と高い身体能力が必要な場面が続く。4人交代制とはいえ、疲れが出てしまうのも致し方ない密度で、個人的には責める気持ちは起きない。
ともあれ、ビリーの疲労のせいか、芝居全体がなんとなくまとまりがない印象を受けて、それが逆に体験として印象的ではあった。
ミュージカル畑でない俳優の演技が浮いて見えたり、群衆シーンのスケールが小さくなったように感じたり。全体的にそれぞれの熱がうまく束ねられず、バラバラになってしまっているように見えた。
バレエマンガ『ダンス・ダンス・ダンス―ル』に「あの子はとても才能があるけれど、まだ13歳。全幕ひっぱれるエネルギーがない」という表現があったが、それを思い出した。
そんな中、印象に残ったのがウィルキンソン役の濱田めぐみとトニー役の西川大貴。この二人が芝居の引き締め役を担っていた。
どの役者も「舞台の上でその人として存在すること」は出来ていたのだが、人によっては演技が浮いて見える場面があった。
しかし、濱田と西川はただ役を演じるだけでなく、舞台の時間の中での自分の役割について自覚的にふるまっているように感じた。
オーケストラでは指揮者が全体を把握した上で緩急をつける。「ここはこの楽器が強い音を発することに全体が引き締まるはず」「ここは柔らかく、統一感を持たせたほうが美しいはず」という判断が都度あるはずだ。
二人は3時間の舞台の上での役割に自覚的で、緩急のつけ方がうまかった。芝居の中の役として生きながら、同時に3時間の作品の一部として、冷静に緩急を加える。役としての時間と、役者としての時間の二つを持っているように見えた。
二人の仕事を観て、演出の仕事の重要性を改めて感じた。人々を束ね、それぞれのエネルギーを把握しながら、時間の中で山谷をつけ、芝居に躍動や緊張を与えるよう指示する。『ビリー・エリオット』はそれぞれの役者の持つ力が大きく、人数も多いので、演出がしっかり作用していないとバラバラになってしまうのだと思う。
特に西川のクレバーさは印象的で、自分のセリフがどのような意図で書かれたかを理解しきっているように見えた。演出がクリアに入ってきたのは、彼の功績も大きいと思う。帰宅して彼のことを調べていたら、下のようなチャンネルを運営していると知り、納得。
さて、そんなちょっと消化不良の1回目。ちょうど「ペアチケット2枚で1枚分のお値段!」という叩き売り中だったので、母と連れ立って2回目の観劇に繰り出した。
この日はビリー役の浅田良舞が元気いっぱいで、安心して観ることができた。全体的に役者のパワーが強く、1回目の時のようにまとまりを欠く印象もなかった。また、2回目ということで、ビリー以外のキャストに目を向けることもでき、それぞれの演技の細やかさを楽しむこともできた。個人的にはElectricityでの、益岡徹の嬉しそうな顔が印象的。あっけにとられるような表情をする場面だと思っていたので。
ビリー・エリオットは海外公演においてもオリジナルの制作陣が細かに指導をしていると聞いている。たしかに、続けてみると演技プランがまったく一緒なのがよくわかり、それでもにじみ出る役者の個性が興味深い。
浅田は両親ともバレエダンサーで、2歳からバレエを始めたという超エリート。その浅田と、これまたバーミンガム・ロイヤル・バレエでのプリンシパルの経験がある厚地康雄とのダンスは見事と言うほかなかった。
浅田はとにかくバレエがバレエとして完成していて、正直「さすがに1年弱の練習でこんなところまでいかないだろ!」というレベルの研ぎ澄まされたバレエを踊っている。「まだまだだけど可能性を感じさせる少年」という役としてはうますぎるのだが、ダンスの場面はいちいち見とれてしまうし、満足感がすごかった。
と同時に、この作品の難しさも感じた。ビリー・エリオットは恵まれない状況にいる子供が未来を見出す話なのに、ビリー・エリオットを演じるには尋常でなく恵まれた環境が必要になる。
幼いころからダンスを習わせる親の判断。オーディションを受け、稽古に通える環境。いざ舞台が始まってからの、身体はもちろん学校との調整なども含めたサポート。どれも並の家庭では提供できないものだ。本人の資質や努力はもちろん、家族が金銭的にも豊かで、なおかつ理解がないと、この舞台の主役を演じることはできない。このアンビバレンツを解消するのは難しく、せめてビリーを演じた人々には、この芝居のテーマを深く理解してほしいと願うしかない。
ところで、1回目は平日マチネだったため、30代以上の女性ばかりだったが、2回目は祝日の昼だったため、客席にさまざまな層の人々がいて、それが面白かった。
私の隣に座った11歳くらいの女の子は「生演奏なの? すごい!!」「ダンスもやって、踊りもやって、歌もやって、セリフも。ええ~~すご~~い」と叫んでいて、とてもかわいらしかった。
また、2幕頭のトニーが客席から登場し、寄付のための小銭を募る場面では、まだ6歳くらいの子供が「トニー、トニー」と声を上げてお金を入れていて、ほほえましかった。
いびきや泣き声が聞こえる場面もあり、少しヒヤッとしたが、それはそれでにぎやかで面白かったように思う。炭鉱のことなどわからないであろう9~10歳くらいの子供が、「あー!面白かった!」と言っているのも聞けた。
その子たちも皆、ある程度裕福な家庭の子なのだろうけど……。