ホンのつまみぐい

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「ストリップ劇場は女子校みたい」「男の人も踊り子になりたい」劇場は多様なエロとの向き合い方を肯定する場所(2018.12.03 messyに寄稿)

 2016年6月、日本のストリップ71年の歴史においておそらく初めて、圧倒的な比率で女性客が男性客を上回った公演がある。

 かつて新宿に存在したTSミュージックという劇場での、4人のストリッパーによるチームショーを目当てに、多くの女性たちが足を運んだ。ストリップは通常1人で行うが、チームショーでは2人1組。時間も2回分使ってショーを構成する。(まれに、3人、4人で構成することもある)

 これ、実は腐女子ストリッパーたちが集まって演じられた「BLストリップ」と呼ばれるショーだったのだ。ストリッパーたちはおのおの望む姿の美少年を演じ、絡み合う。その面白さが口コミで広まり、いつのまにか女性が劇場を埋め尽くすまでになったという。

 しかし、考えてみれば不思議な話だ。客層が変化しているとはいえ、メイン顧客は中年男性。彼らはBLストリップをどう見たのだろうか。そして、そこでストリップに出会った女の子たちはどう感じたのだろうか。

 BLストリップは、萌えの方向性が一致したストリッパー同士が、偶然同じ劇場に出演した際にしか成立しない。筆者は運良く一度だけBLストリップを観ることが出来たが、その内容は想像の斜め上を行くものだった。

観客を子ども時代に返すようなストリップ
 ステージに現れた攻め役と受け役の男装ストリッパー2人。おもむろに攻め役が先端に小さな張り型のついたホースを取り出し、受け役の下半身をいじりだす。と、同時にホースのもう一方を客に持たせ、それをこする動作をするようにうながしはじめた。どうやらオナニーの動作をしろということのようだ。攻め役の求めに応じて、必死になってホースをこする客。そして、動作に合わせるように流れる激しいギターリフ。

 攻め役はホースをこする客を余裕の表情でいなしながら、受け役の子をいじっていく。どうも、こちらがBLストリップと聞いて想定していたものとだいぶ違う。そして、BLストリップを見に来た女性たちも、どうやらストリッパー2人のファンと思われる男性たちも、ニコニコしながらその様子を眺めている。

 あっけにとられながら観ていると、後半の脱ぎの場面でさらに意外なことが起こる。2人がペットボトルを取り出し、口に含んだ水を客にかけ始めたのだ。俗に毒霧と呼ばれるこうしたパフォーマンスは、パンクバンドのライブやプロレスでも観られるもので、それ自体は珍しくはない。しかし、この演目のすごいところはとにかく客席のあらゆる人に、あまさず水をかけるところだ。逃げ出すと追いかけられるし、口から吹き出す水の量も「霧」というより「じょうろ」というくらいの量だ。

 ふと客席を見ると、男女とも仲良く、時には肩を組みながらきゃあきゃあその様子を楽しんでいる。それはまるで、小さな子どもが公園の噴水で水をかけあって遊んでいる時のようなプリミティブでハッピーな風景だった。

「ストリップは裸になりさえすればあらゆる表現が許される場所」とはよく言うが、こんな形で演目を成立させ、しかも客を笑顔にしている人がいるのか。ストリップ鑑賞歴の長そうな男性たちと、おそらく最近ファンになったのであろう20代と思われる女性たちが、談笑しながら踊り子との写真の列に並ぶ様を眺め、しみじみ考えていた。

 この時の受け役のストリッパーは、ストーリー性のある演目で人気の京はるな。攻め役のストリッパーは、異色のベテラン・栗鳥巣だった。

 このステージに感銘を受け、数カ月後の2018年9月、栗鳥巣の元を訪ね、終演後に話を聞いた。

 

「ストリップは何でもあり」を体現する栗鳥巣さん


 栗鳥巣はもともとスカトロAV女優、ノイズバンドのパフォーマー、パフォーマンス集団・ピンクローターズの一員として多方面に活躍していたが、2003年に縁あってストリップの世界に足を踏み入れた。演目の特徴の一つは、その発想力から来るバラエティだ。

 SEは携帯の着信音と終演を告げる水の音のみ。その間、即興で会話を紡ぎながらベットに持ち込む「無音」。事前に客からTwitterで質問を募集し、舞台の上でラジオDJ風にトークイベントを繰り広げる「オールSMニッポン」。ガスマスクと防護服を身につけて演じる「反原発」。股間に差し込んだ筆で客の似顔絵を描く「おマン画」など、その演目は実に多彩でめまぐるしい。

こうしたアイデアに満ちた演目はどのようにして生まれるのか。その答えは実にシンプルだった。

「私は『とにかく興味がある、熱意が込められるものをやる』ということをやっているんですよ。それがBLだということもあるし、この曲を使いたいという感情ということもある。うまいダンスとかさっぱりわからないけど、『これがやりたい』という熱意だけで作っていますね」

 もちろん、これらのアイデアがいわゆる「出オチ」で終わらず、エンターテインメントとして成立するのは、彼女のベテランストリッパーとしての力量と真摯さ、そして、サービス精神あってのことだ。

 たとえば、「おマン画」。これは、もともとある興業で長い空き時間が出来てしまった日に、時間つぶしとして始めたのだという。「筆でも挿して、大まじめな顔で人の顔を見る女って笑えるじゃないか」という動機で始めたものだったが、今では「リアルすぎてSNSのアイコンに使うと特定される」というレベルの高い似顔絵を生み出すに至っている。

「最初はまず筆が抜けてしまうし、丸も線も描けないんですよ。だいたい1000枚くらい描いたところで、股間と脳みそがつながって自由に描けるようになりますね。あとはひたすらデッサンです」という言葉には、体感した人にだけ許される説得力がある。

 栗鳥巣は、「ストリップの猥雑で何でもありなところが好き」だという。自らの演目を通して「何でもあり」を体現している人らしい言葉だ。

 

劇場は「女子校」のような場所でもある


 栗鳥巣ファンの20代女性・Aさんは、2016年のBLストリップをきっかけにスト客になり、今でも定期的に劇場通いを続けている。彼女は、初めて劇場に訪れた際のことをこう話してくれた。

「その演目は客席でサイリウムを振るのが定番で、劇場に行ったらおじさんたちもみんな踊り子さんの求めに応じてサイリウムを持ってたんですよ。私が何も持たずにいたら、おじいちゃんが『貸すよ』って言ってくれて、その時に『いい場所だな』って思いました」

 Aさんは「訪れる前までは劇場の男性客には近づきたくないと思っていた」という。しかし、今では「お客さんたちの雰囲気も含めてストリップが好き」だという。

 実際、ストリップに初めて訪れた人が驚くのは、その客席の「のどかさ」だろう。ストリップの客はたいがい、時に神妙な顔で、時に子どものような柔らかい笑顔でステージを見守っている。アップテンポの曲では手拍子を送り、ストリッパーがベッドでポーズを取るごとに拍手をする。ポーズごとの拍手の様子は、まるでフィギュアスケーターがジャンプを決めた時のようで、その律儀さにちょっぴり笑ってしまう。

 ひとりひとりの内心はうかがいようがないが、客の間に「踊り子さんには手をふれない」というタテマエがあって、初めて成り立つのがストリップ劇場だ。

 Aさんは「無防備な姿でいてもお客さんは踊り子さんに手を出したりしない。ステージと客席の信頼関係で劇場が成り立っているという安心感がある。そして、踊り子さんは自分自身がプロデュースした演目を踊って、お客さんはそれを受け入れる。そういう場所だから好きだと思うんです」と言う。

 実際演目を観ていると、ストリッパーがモチーフに選ぶ題材は、年配の男性にとってわかりにくいものであることも多い。BLストリップはその典型だろう。しかし、それならそれで「推しの踊り子さん」の好きなものを理解しようと心を砕く人もいる。

 Aさんは、劇場を「女子校」のように感じるという。「女子校は『男性の目』という枠に当てはめられる心配がないから、女子が人間でいられる場所っていいますよね。劇場もちょっとそういうところがあります。だから、ストリップを観るようになってから、前より『自分の身体は男性に消費されるためのものじゃない。自分自身のものなんだ』って思えるようになりました」と話していた。

 Aさんの意見は、ストリップを知らない人にとっては牧歌的な幻想に聞こえるだろう。もちろん、ストリッパーと客の関係性は一様ではない。また、男性客の行動によって嫌な思いをしたという女性の話を、まったく聞かないわけでない。しかし、劇場のお約束故に守られている心地よさを感じるのもたしかだ。

 栗鳥巣も、ストリップの男性客について「こちらも『あの人たちは大丈夫』という信頼があってやっていますから。昔、普通職をしていた時には『女だから何かしろよ』と言われて非常に腹を立てていたんですけど、劇場の中ではそういうことがない。等身大の人間として接してくださるというか。だから、私には外の世界より居心地がいいですね。」と話している。

 ストリッパーが個として尊重され、それぞれのエロスを体現しているからこそ、客席も男女の別なくフラットにそのエロスを受け取ることが出来る。統計的な証拠はないものの、ストリップファンには多様な性的指向の人がいると感じることが多いが、それは劇場の空間が「女体のエロスは男性を興奮させるためのもの」という社会的偏見から、結果的に解放されているからかもしれない。

 「女性だからといって、エロに興味がないわけじゃないし、男性でもエロというよりきれいなものを観に来ているという感覚の方もいらっしゃるし、人それぞれですね」と栗鳥巣は言う。

 たしかに、女性だからといって裸体に欲情しないわけではない。そもそもストリップファンにはレズビアンだって少なくないのだから。さらに、男性だからといって挿入やペッティングといった直接的な行為ばかりをエロとして見ているわけではない。

 

解放されているのは女性だけじゃない


 ところで、栗鳥巣は自らがストリップの客を演じる「栗田さん」という演目を持っている。栗鳥巣が迷惑な客の栗田さんを、相方が栗田さんに応援されるストリッパーを演じるというチームショーだ。

 栗田さんは演目中に調子外れのタンバリンを叩いたり、同じストリッパーのファンを阻害したりする困ったファン。その日もさんざん迷惑な応援をした栗田さんだが、帰宅して四畳一間の自宅で、ふと自分を省みて、「いったい自分は一人で何をしてるんだろう。もう死んでしまおうか」と落ち込む。すると、今まで迷惑行為を受けていたストリッパーがやってきて、栗田さんの服を引っぺがす。とたんに栗田さんはきれいなストリッパーに変身するのだ。

 ストリッパーになった栗田さんと、相方のストリッパーは2人でポーズを決めていく。しかし、最後の曲が終わると、また栗田さんは自分がストリッパーではなく、「おっさん」であることに気がつく。寂しく場内から出て行こうとする栗田さんを、ストリッパー役がもう一度舞台に引き戻して終演というストーリー。

 彼女が言うには、ストリップの客の中には男女問わず「踊り子になりたそうな人」がいるらしい。

「踊り子がつけてるような、キラキラしたアクセサリーをつけ出す男性もいます。そういう具体的な行動に移さなくても、口調も身振りも男性的でも、『心が乙女』だと感じる人はいるんですよね。そういう人の夢は、踊り子になることなんじゃないかな。『気持ち悪い』ってくくるのは簡単ですけど、男の人だからってそういう夢を見ていないとは言えないですよね」

 栗鳥巣はインタビューの最後に 「ストリップって、『そのうちなくなるかもしれない』と感じてるからもあると思うんですけど、性別や立場関係なくみんなで劇場を守っていこうという気持ちがある。平和な場所なんですよ」と語っていた。

 猥雑で何でもありで、それなのにどこか平和なストリップ劇場。その薄暗さに守られ、解放されているのは、実は女性だけではないのかもしれない。