このマンガがすごい! comics 日ポン語ラップの美ー子ちゃん (このマンガがすごい!Comics)
- 作者: 服部昇大
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2017/09/25
- メディア: 単行本
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■初心者からヘビーリスナーまで、退屈させない切り口の多様さ
フリースタイルダンジョンを見た。→MCバトルかっけえ!→ヒップホップって音楽なの?→曲聴いてみるか→どれ聴けばいいのかわからん→いつの間にか飽きた。
というコース、絶対少なくない。フリースタイルダンジョンがもっとも盛りあがっていたのは2016年前半だと思っているけれど「音源聴け聴け言われるけど、何聴けばいいかわからん」ために何となくカルチャー全体への興味が薄れていった人は何人いるだろうか。
番組開始から1年8ヶ月して出た「ミュージックマガジン 日本のヒップホップ・アルバム・ベスト100」が話題になったのは、「そういうものが何もなかったから」でもあるはずだ。
とはいえ、ミュージックマガジンは音楽に関心のある人が読む雑誌だ。レビューは音楽が好きな人に向けて書かれているし、雑誌としてそのように書く責任がある。
「ヘビーリスナーから初心者まで」を標榜した「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」の美徳は「音楽が好きじゃなくても楽しく読める」し、「音楽が好きじゃなくても日本語ラップは楽しい」ことがわかる内容であることだ。
主人公は日本語ラップを愛する少女「美ー子ちゃん」。某日ペンの美子ちゃんを参照した少し古風なビジュアルの少女が、時に「イル」だの「レペゼン」だのといった用語を解説し、時に愛聴している盤を紹介し、時に日本語ラップに関する偏見に切り込む。
美ー子ちゃんのたとえは一貫して平易で見事だ。たとえば、用語解説のフック=サビの項。
HIPHOPではサビのことを「フック」を呼んで、Aメロ、Bメロを「バース」と呼ぶわ。「バースをキックする」と聞くと、カタく難しげだけど、「一小節目を歌う」って意味だと思って間違いないわ。
わかりやすいし、実際に聴く時役に立つ!
また、「日本のラッパーはボンボンばかり」という偏見に対し、ANACHY、2WIN、KOHHのリリックを引き、「ボンボンがごはんに醤油かけないでしょう!?」と対抗するのもわかりやすい。
と思えば、SIMILAB「Page1:ANATOMY OF INSANE」を紹介するレビューでの「SIMILABメンバーの目立つ特徴と言えば、ハーフが多い事よね。見た目がほとんど黒人のメンバーも複数いる(でも英語は喋れないらしいわ)こともあって、そういう「日本人っていうマイノリティのなかでの、さらにマイノリティな存在」としての不満や怒りを歌にした曲もあったりするわ。」など、文化の背景に対する目配せのたしかさも見せる。
一方、SKY-HI×SALU「Say Hello to My Minions」では「SALUなんて悪役キャラのほうが絶対似合ってると思わない?!」とMVにおけるSALUの顔芸力に言及したり、最大18分、57人参加のマイクリレー曲として「Walk This Way 58 Feat」を紹介したり、もはや音楽とはあまり関係ないようなおもしろ要素を引っ張り上げる手際がうまい。これまで発生した歴史的beefなんかも紹介されていて、「ヒップホップは別に音楽を基準にしなくても楽しめる」のがよくわかる。
また、ギャグマンガ家だけあって、おもしろラップの紹介がボリューミー。わざわざ1章使ってMC松島、秘密結社MMR、METEOR、YOUNG HUSTLEらの曲を取り上げる気合いの入れよう。作者の理解を感じるのは、それをギャグラップと表現しないことだ。ギャグは笑わせるためのものだけれど、おもしろラップは必ずしも笑わせるつもりはないからだ。
■「そんなこと言っていいのかよ!」もヒップホップならあり
ところで、私は端々に感じるインテリジェンスももちろん魅力だと思うのだけど、本作の最大の個性は美ー子ちゃんの口の悪さだと思う。
「あの○○とか○○○のCMってくそださいわよね」
「にわかのお客様は帰っていただけますか?」
「いいことばっかり歌ってる売れ線Jポップの弊害だわ!」
など、とにかく容赦なくイヤミったらしい。
しかし、私はこれを見てバトルを見始めた頃の衝撃を思い出す。それすなわち「そんなこと言っていいのかよ!」というやつだ。そう、ヒップホップはバトルだけでなく、音源だって「そんなこと言っていいのかよ!」の連続だ。麻薬売ってる話を曲にするのがジャンル(ハスラー・ラップ)として認められている文化なかなかない。
言いたいことを言ってしまう奔放さ、そしてそれを飲み込んでしまう文化の寛容さ(もしくは適当さ)。ヒップホップという物差しが肯定出来る世界の幅は広い。
■ヒップホップに呪われたマンガ家によるイズムの体現
ここで少し作者の仕事を振り返る。ギャグマンガ家・服部昇大は田我流の名曲から名前を取った「墓場の漫画Digger」という、誰も知らないマンガを紹介する連載をやっていたのだ。ここで取り上げられたマンガの「誰も知らなさ」は半端ない。私はマンガに関しては比較的くわしいつもりだったけど、ここで紹介される作品はほとんど見たことすらなかった。
しかも、取り上げ方も「いがらしゆみこのブラジャーマンガ」や「なまぐさ坊主マンガ」など。歴史に残る名作だからとか、心に残る内容だからとかいうわけでもなく、とにかく「俺がここが面白いと思った」の連続なのだ。お金がない頃に岡山のブックオフの100円コーナーでマンガをあさっていたという、当時の作者のリアルが感じられるし、その「俺の物差しでいいと思ったものを堂々と語る」姿勢はヒップホップっぽくもある。
また、服部昇大の日頃の作風である「ちょっと昔の少女マンガ家の絵柄でギャグを描く」というねじれにはサンプリングというヒップホップにおける曲作りの原則を連想させる。
そう、美ー子ちゃんはただのマンガで読む日本語ラップ紹介本ではなく、日本語ラップにハマってそのイズムにかぶれたマンガ家が、マンガという手法でそのイズムを体現している入れ子構造のような、しかしめちゃくちゃ読みやすいガイドブックなのである。
ところで、美ー子ちゃんに対して「クロエの流儀に似た姑息さ」という感想を見かけた。ムカつく作風なので嫌われるのはしょうがないと思うけれど、ひとつだけ間違えているのは、作者は好きなものをおもしろく紹介したいとは思っているけれど、美ー子ちゃんというキャラを好いてもらおうとは特に思っていないので、そこだけは違う(たぶん)。
あと、ラップのCMに対して投げつける「くそださいわね」って言葉、だいぶむかつく感じに書いてはあるんだけど、実際ヒップホップオタクって「ダサい」って言うの大好きなので生態に沿っている面もある。
昔のブログやnoteにも日本語ラップ関連記事がある。2008年のRUMI対般若の話とかも。
ちなみに元になった同人誌「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」「日ポン語ラップの美ー子ちゃん2」に相当数の書き下しを加えているので、同人誌を持っている人でも十分楽しめる。逆に、同人誌にしか登場しないラッパーや作品もあり、今回気に入った人は再版検討中という同人誌も要チェック!