ホンのつまみぐい

誤字脱字・事実誤認など遠慮なくご指摘ください。

「失踪日記」吾妻ひでお

 

失踪日記

失踪日記

 

 

 

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

 

 

 購入以来の再読。

 改めて読み返すとホームレスになっていた頃の話より、配管工になってからの人間関係や、アル中病棟の人間模様が数倍インパクトがある。

 ガス会社で出会う、油圧のネジを隠して相方が困った顔をするのを楽しむ柳井さんや、マージンをもらうために無理やり電気屋を連れてきて家電を買わせる上森さんなど絶対一緒に働きたくない。

 「アル中は治らない。ぬかづけのきゅうりが生のきゅうりに戻れないのと同じ」というインパクトのある言葉が刺さるアル中病棟編。

「なかよくやりましょう」と言って飲み物やごはんのおかずをあげてしまうN村さんの話が悲惨。ミーティング(お互いが反省を吐露しあう会)で「一から十までやり直し」というものの、結局外出時に飲みすぎて倒れてしまい、総スカンを食らう様は目に浮かぶようでつらい。

 画のかわいらしさと、自己にも他者にも同情のまなざしを向けない吾妻ひでおの距離感が生臭いエピソードを娯楽として読ませることに成功しているけど、現実として見るとどれもなかなかしんどい。興味深いという意味では面白いけどね。

 書き手もそのあたりは理解しているのか、最後のエピソードはアル中病棟で出会った中年男女の何気ない信頼関係を描いていて、このあたりがうまい。

 病院内の庭でタバコを吸っている、サングラスでおしゃれな着こなしの中年女性。そして彼女に従う巨漢の中年男性。

 中年女性が草原に寝転がるのを、「枯れ草がついてしまうよ」と言って起こし、その背をはたく男性の姿を描いて、次のコマでぴゅうと吹く風と自分の姿と建物を描いて、それで何となくきれいに終わる。マンガの巧さというのはこういうところに出るのだと思わされるラスト。そして、やはり「絵が可愛いは偉大」。

※そして、これを書いて検索したところでアル中病棟が出ているのを今知った。

ワッショイサンバ×無能「もつ酢飯」デビューライブ「PASS DA 煩悩」@池袋knot

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 ワッショイサンバ×無能のユニット「もつ酢飯」のデビューライブを見届けにPASS DA 煩悩@池袋knotへ。


 池袋knotは駅から少し距離のあるアットホームな地下のクラブ。奥のソファーで演者が焼きそばを作っていたりする様子がちょっと部室のようでした。タバコのにおいに咳き込みながらバーカウンターに行くと、校庭カメラガールツヴァイ現場で知り合ったケンホーさんが。うぉーうぉーとーぅみーちゃんのオタクの蓄電a.k.a猫まみれ太郎くんを連れてきてくれたそうで、しばしコウテカ2現場やアイドルの話をしました。


 ケンホーさんは池袋PARCOで行われたファッションMCバトルの動画を観てワッショイサンバちゃんに興味を持って、足を運んでくれたのだとか。

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 ドレッド・迷彩のガチB-BOYも多い現場でちょっと居心地の悪そうなお2人でしたが、過去の現場のことなどお話しできて楽しかった。

 この日は本来ライブに参加する予定だったMAKI DA SHITくんがお身内の事情でお休み。代わりにMCバトルが開催されることになり、サンバちゃん、無能ちゃん、蓄電くんもバトルに参加することに。

 DJタイムが終わってバトル開始。賞金は2017円&サンバちゃん提供のディズニーランドチケット2枚。

 サンバ×Masaは先攻サンバちゃんの「ディズニーランドは嫌い 長時間並ばなくちゃいけない ディズニーチケットの使い方教えてくれよ」から入って、「卒業遠足で初めてのディズニー 着ぐるみ恐怖症 ドナルドダックで号泣 8歳の俺」など丁寧にアンサーを返すMasaくんの勝ち。

 無能×SHOHEIは無能ちゃんちょっと先攻でうまく攻められてなかったかな? SHOHEIくんの勝ち。乗りにくそうなビートだったのにふたりともちゃんとラップできててすごい。(この試合は動画があがってなかったので具体的なところははしょります)

 蓄電×ベアは蓄電くんがいきなり座りだしてからのスタート。「座りながらチルしてみんなのこと楽しませる 俺らふたり楽しませる 池袋knot俺単身乗り込んだがみんな拳突き合わせてウェイウェイやっててちょっと怖かった」から、ベアさんが「怖いのはヒップホップあるある 怖い立場に回りだす そんでもって後輩に酒をおごりな 呑んだ数だけ俺は強くなるぜ」と丁寧にアンサーを返してベアさんの勝ち。

 その後、ベアさんにいっぱいおごってもらってベロベロになった蓄電くんが「もっとラップしたいラップしたい!」って言いながらDJタイムにひとりでフリースタイルをしていたのが微笑ましかったです。

 バトルは「いかにディズニーランドに行きたいか」を切り口にしたものが多く、彼女のあるなし暴露も含めて通常のdisりあいとはまた違った面白さがありました。

 時間が押していたため、延長は出さないと主催が宣言していたのですがINAVA×MASAはあまりの熱さと面白さに2回の延長。いやあ、いい試合を見た。優勝はbunTesくんでした。

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  さて、バトル終わってもつ酢飯のデビューライブ。配信番組「らっぷの時間」の女性MC特集ですでに一曲披露ずみだけど、上がったり下がったりする客のいる場でのライブは初!

 バックDJにビートメイカーのDocManjuくんを従え、サンバちゃんソロ「meshi-agare」から、無能ちゃんのソロ「頭文字M」。

 どっちもパンチラインをガツガツ投げてくる曲。

いただきますでまずかますバース
おなかがすいたらファックアンドキック 
ラブアンドピースよりハムアンドチーズ

ごちそうさまで幕が閉じる

―meshi-agare

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別に興味感じねえって避けてきた三次元
人以上のコンプレックス隠す今日もマスクで
この思い消化させるこっからがリバースで
イエス アイアム真正の喪女
―頭文字M

 特に「いただきますでまずかますバース」は口気持ちよくて、ついつい唇が動いちゃうフレーズなので、ぜひ音源を聴いてほしい。

 そして、かわいい女子大生の日常をラップしていますというMCからのもつ酢飯のアンセム「G.I.R.L」。

  これが極めてタチの悪いパンチラインの連続。

メリクリハピバではしゃぐ女へ
シュークリームは投げるもんじゃねえ

彼氏がくれたサマンサタバサ
果てしなくベタ 黙んなバカが

キラキラ女子のスタバインスタ
デコピンすればくたばりますか

soundcloud.com

youtu.be

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 2人とも緊張していたと思うけど、リリックははっきり聴き取れて、周りのお客さんもノッてた! いい意味で人を調子に乗せるパワーがある!

 始まる前にサンバちゃんにバトル音源含めたラップをする上での目標を聞いていたので、ゲラゲラ笑いつつ、どこか感慨深く聴いていました。

 ライブ終わって最後にDJのDocManjuくんを紹介するも、彼は緊張のせいかテンション低めで「アレ……?」という感じを漂わせつつ終了。

 ステージから降りた2人はそれぞれの友だちや、クルーの仲間に労をねぎらわれていました。

 その後はのんびりライブを見たり雑談したりしつつ、DJタイムのタイミングで退出。ライブはみんな達者だったけど、たぶん詩奏さんという人のわりとゆったりした曲が好きだったかな。

 フロアも小さな段差のステージも、それぞれが好きなように楽しんでいるよいイベントでした。

 もつ酢飯は2月にEP発売予定。それとは別にMAZAIRECORDSではコミケでの音源の委託配布およびフリーダウンロードを予定しているので、こちらもチェック!

 

 また、無能ちゃんとサンバちゃんはどちらもシンデレラMCバトルに出るので、気になる方はこちらへ。

女性ラッパー限定MCバトル「CINDERELLA MCBATTLE」プラチナム主催で開催 - 音楽ナタリー

 

BELLRING少女ハート 活動休止前ワンマンライブ『BABEL』@赤坂BLITZ

 ベルハーについてはすでにいろいろな人が言葉を尽くしているし、きっとたくさんの人が昨日のことについて書くと思うし、書き留めるべき個人的な思い出もないので、簡単に。

 3時間弱、アンコールも含めて37曲。

 フロアの狂騒も含めてライブアイドルの面白さというのは言うまでもないこと。この日も当然、リフトされながらサイリウムを振り回すオタクや、倒れこむようにサーフするオタク、振りコピを楽しむオタクがフロアにあふれていたけれど、途中からそうしたオタクの喧噪すらステージの緊張感が飲み込んでいって、リフトで上がるオタクたちの背中が完全に舞台装置の一部に見えて来たのが印象的だった。手を天井に差し伸べる振付の多いベルハー。ステージに向けてオタクが手を差し出す様が演劇的。

 「ROOM24-7」「男の子、女の子」「タナトスとマスカレード」「サーカス&恋愛相談」「low tide」の流れは、まるで学生時代に見ていた寺山修司の実験映画のようで、特殊な儀式を目にしているようだった。いや、でも寺山の作品はいつも人間が道具になっていたけど、アイドルはどれだけの音楽的強度に支えられていても、主役は女の子たちなのだ。というか、ちゃんと主役になれる女の子たちがいてステージが完成するのだ。

 最後に「the Edge of Goodbye」のサビを繰り返し、オタクがヘロヘロになっていく中、みずほちゃんが「あれ~~え?」と言いながらフロアとのじゃんけんを続けていくさまがとっても可愛かった。

 そう、この日はみずほちゃんがとても楽しそうだった。いや、メンバーそれぞれが楽しそうだった。自分を含む多くの人にとっては「この日が最後のベルハー」だったと思うけれど、ステージは湿っぽくなくて、アンコール2曲目で折られた、メンバーそれぞれの色のサイリウムもなんだか商店街のお祭りの電飾みたいな浮かれた風に見えた。甘楽ちゃんだけちょっと失敗していて、最後のMCで顔いっぱいに悔しさをにじませていたけれど。(翌日インフルエンザと判明)

 アンコールでスクリーンに、さらっとメンバーの卒業後はベルハーの名前がなくなることが伝えられ、「ベルハーはベルハーの好きなようにやるから、お前らはお前らのロックをやれ」という文字が流れる。

 田中プロデューサー、健気な人だ。

 LinQの再編、あヴぁんだんどの小日向夏季ちゃんの卒業、BELLRING少女ハート甘楽ちゃんの卒業兼移籍、lyricalschoolの3人卒業と衝撃ニュースの続いた週だけど、感傷より先に、やりきった喜びや楽しさを前に出すメンバーがすがすがしかった。

 「出会っていればきっとベルハーを好きになった人」の多くが、その名すら知らぬうちに終わってしまうのは悲しいけれど……。

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tagkaz.hatenablog.com

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BELLRING少女ハート「B -TOKYO DOME CITY HALL-」 [DVD]

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BELLRING少女ハート「Q -Zepp Tokyo-」 [DVD]

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ヒップホップごっこのその先へ/校庭カメラギャル 1st e.p. 「スプラッシュマウンテンでざるそば」 リリースパーティ 「ウテギャ VS コウテカ2」 @新宿Loft

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歌舞伎町のホストの看板は、まるで地下アイドルのアー写のようで、その発光具合に気圧されて思わず写真を撮っていたら、後ろから聞き取りやすい声のラップが流れてきた。

振り返ると、スーツ姿の男性がサンタのコスプレをした女の子の写真をキャバクラの立て看板にペタペタ貼っていた。

立て看の上には小さなスピーカーが置かれていて、そこから般若の曲が流れていたのである。

歌舞伎町とレベルミュージック。

立て看を横目に見ながらたどり着いた新宿LOFTは、地下1階のライブハウス。LOFTの地下へ降りる階段の前にもホストの看板があり、いつもそれを見ると「着いた!」という気持ちになるのだった。

校庭カメラギャルの初EP「スプラッシュマウンテンでざるそば」(会場限定)リリースパーティーは、校庭カメラガールツヴァイ(コウテカ2)×校庭カメラギャル(ウテギャ)の2マン。

同じレベールのラップクルーだけど、クラブミュージック×ラップのコウテカ2と、音もリリックもヒップホップ色の強いウテギャ。

そして、解散目前のコウテカ2と初リリースのウテギャ。

コウテカ2は、現場への足が重くなったタイミングで解散の報を聞いたことと、8月にそこそこ辛辣な内容のブログを書いたことが重なって、11月はどこか罪悪感みたいなものを抱えながらライブを観ていたから、乗り切れないことが多かった。

だけど、自分が違ったのかステージが違ったのかはわからないけど、この日はそういう面倒な感情を忘れて踊ることが出来て、もうそれ以上のことはないよな。

Wedge Sole Eskimoのサビのポーズを久々にしっかりやった。


半端ないくらいめっちゃダンス!!


校庭カメラガール/Wedge Sole Eskimo 【甘噛みモーニングコール】(2015年1月25日)

校庭カメラガールツヴァイ 3rd album "Night on Verse" teaser by tapestok records | Free Listening on SoundCloud

さて、コウテカ2で暖まったフロアに挑む、この日の主役の校庭カメラギャル

校庭カメラギャルいんだはーーうす!!!」

と叫んで飛び出てきた。

手足をバタバタさせる姿がかわいいらみたたらったちゃんと、衣装のせいでちょっとロシア演劇の登場人物っぽいぱたこあんどぱたこちゃん。

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夏のタワレコぶりに見た2人。ラップの上達はもちろん、煽りがうまくなっていて驚いた。

コーレスを書いたオタクの手作りパネルがフックごとにあがるハートフルさと、思い思いに身体を動かすオタクが作る自由な空気がフロアに独特の熱として広がる。ステージを追いかけるようなオタクのコーレスが一体感を作り出し、それを煽る演者の熱量も上がっていく。

お披露目ライブを観た時のぎこちなさを覚えているのでグッときてしまった。

ところでウテギャはリリックにdisが多い。

別にここは君の夢を再現する現場じゃないんだよ うっさいなもう黙ってろよ

ーボビーとシャンパ

 

音楽をやりたくてこの場所に立っているのに音楽を聴かない奴らの前で歌ってる

ー全然わかってないくせにわかってるぶってるおじさんウザい

 

ボビーとシャンパン (demo) / 校庭カメラギャル by tapestok records | Free Listening on SoundCloud

もともと人のよいお嬢さん2人という風情のぱたちゃんとたらちゃん。活動当初は明らかに言葉の強さが2人の雰囲気から浮いていたのに、いつのまにかフロアを踊らせるためのフックになっている。

でも、MCでは相変わらずひたむきな空気が魅力的で「こんなにお互いのパートが長いのは初めてで、ちょっとミスるとすぐやり直し〜〜みたいな」「コウテカの時のRECと歌い方違いすぎて」なんて話。

「オタクってドエムなんだなって思った」という話から「コウテカの曲でもみんなディス多い曲好きだよね。Puppet Rapperとかね!」でPuppet Rapper!


「暗夜行路TRIP!」がオタクのシンガロングになっていて、「あんやこーろーとーーりっぷー」というイマイチぴったり揃わない声の響きが間が抜けていて、でもハッピー。

たらちゃんが合間に「コウテカからウテギャに異動になった時、『なんで』って思ったけど、今はウテギャでよかったと思ってるー。最後までウテギャでよかったって思えるようがんばるぞー」と叫ぶ。ラップの時とはまったく違う、ちょっと抜けた感じの素直な話し方。そう、当初はコウテカとして活動していたたら&ぱたはコウテカ2の結成に伴って、ウテギャに移籍という形をとっている。

 

岩手から出てきたけれど、地下アイドル活動に納得がいかなくて、講談社主催オーディションミスiDを受け、校庭カメラガールに加入したぱたちゃんと、友人のつきそいのような気分で受けたオーディションに合格し、何となく校庭カメラガールになってしまったというたらちゃん。


そして「ディスと言ったらウテギャだよなー」からの全然わかってないくせにわかってるぶってるおじさんウザい。

全然わかってないくせにわかってるぶってるおじさんウザい (rough) / 校庭カメラギャル by tapestok records | Free Listening on SoundCloud

 

「うざいとか言いながら、お前らのこと大好きだー」と叫ぶぱたちゃん。

そして、後半に来て長いMCが入る。

「東京に来て2年が経ちました。最初は自分のやってることが悔しくて、そこでコウテカになって、今はウテギャだけど。私はもっと上に行きたいと思います!」

コウテカ以前のぱたちゃんのことはよく知らないけれど、コウテカだった頃のぱたちゃんが、どこか辛そうだったのはよく覚えている。

だからこの日、「お前らのこと大好きだー!」と満面の笑みで叫ぶ姿は余計に見事に感じた。

そしてたらちゃんのMC。

「この間、高校の同級生にあって、みんな結婚したり彼氏を作ったりしていて。ああ、うちは人生の一番濃い時間、大事な時間を使ってるんだなってやっと自覚してきて」という語りから、「その辺のリア充よりうちは幸せになりたいし、みんなのことも幸せにしたい!」という叫び。

盛り上がるフロア。

そして、「この歌詞、すごい大事なことが詰まってるのでちゃんと聴いてください」という言葉に導かれて始まった新曲「ギャルドリーム」。

”絶対にライブに来てください”とか自分の夢なのに結局人頼み かき消してよスピーカー

涙の数だけ強くなれるなら弱いままでいいからずっと笑っていよう

 

youtu.be

ピアノの音色に導かれて歌われる、シニカルなリリック。でも、その分切実で声に嘘がない。フロアは噛みしめるようにその言葉を聴き取っていた。

最後に花束の贈呈があり、アンコールでその程度。

その程度 / 校庭カメラギャル by tapestok records | Free Listening on SoundCloud

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正直、ぱたちゃんとたらちゃんの突然の移籍は唐突な感じがして、当時は違和感が強かった。

でも、LOFTでラップしてオタクを踊らせる2人の姿はかっこよかったし、本人たちの持つ健気さと相まって不思議なおもしろさ込みで輝いていた。

帰宅後、「今日のウテギャはヒップホップだった」というツイートをいくつか見た。でも、彼女たちがいくら挑発的なリリックを口にしても、そこに本人が生み出した言葉はひとつもない。

だって、アイドルだもんね。

でも、「マイナスも含めて自分自身を吐き出すことを悪しとしない」ヒップホップという形式の力が、ぱたちゃんとたらちゃんの殻を破る一因となっていたのは間違いなく、そしてこの日のライブの熱さは本物だった。ヒップホップごっこからつかんだ何かが、確実にあった。


「これからの校庭カメラギャルの成長を見てってください!」

「今日は素敵な歴史の1ページめ!」

というぱたちゃんのいたない声が、いつまでも耳に残る。そんな日だった。

 

※ちなみにウテギャは1月もライブ会場限定EP「シューマッハ」発売予定、3月は初の全国流通アルバムを予定しているそうなので要チェック!

 

校庭カメラガール

校庭カメラガール

 

 

Night on Verse

Night on Verse

 

 

dot.asahi.com

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校庭カメラガールツヴァイセットリスト

Post office Crusher

Lovin flash Da Bagdad
Please Breeze
Slingshot Stagecoach

Lil Tomte
Humpty Taxi
Star flat Wonder Last

Salt lake Lostman
TOKYO Terror
Lonely lonely Montreal
Wedge Sole Eskimo
#コウテカ2

校庭カメラガールギャルセットリスト

ボビーとシャンパ

チルチルイキル

その程度

Puppet Rapper

全然わかってないくせにわかってるぶってるおじさんウザい

ウインターギャル

ボビーとシャンパン(トラック違い)

ギャルウォッシュ

ギャルトマホーク

ギャルドリーム
EC その程度

友人で、仲間で、先輩後輩で、師匠弟子で。17歳差の二人の集大成/サ上と中江ワンマンライブ「支配からの卒業」@代官山LOOP

 ラッパー・サイプレス上野東京女子流の中江友梨、17歳差・音楽家だけどジャンルは別々・おじさんと女子高生(開始当時)という不思議なコンビの3年間の集大成ライブ。

 支配からの卒業は中江ちゃんがつけたタイトルらしいけど、深い意味はないそうだ。

 もともとスペースシャワーネットワークの単独企画「サ上と中江の青春日記」内ユニットだった「サ上と中江」。でも、3年で楽曲を制作して、中江ちゃんは自分でリリックを書くようになって、ミニアルバムを出して、イベントにも「サ上と中江」で呼ばれるようになって、2.5Dの企画として「マイメン100人できるかな?」が始まって……。

 最後のフルアルバムについた「ここらでいったん一区切り」というふれこみがちょっと切ない最初で最後のワンマンライブ。会場は代官山LOOP。

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 着いたのが19時40分頃、まだ始まっていなくてほっとして、荷物を下ろしたくらいのタイミングで「よっしゃっしゃす!」からスタート。

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 後ろにVJが広がり、今は亡き2.5Dを思い出させる雰囲気。第1印象は、「中江ちゃんラップ巧くなった! 」。銀色のジャケットにボロボロのジーンズ、プラスチックチェーンをネックレスにするコーデがキュート。上野さんは赤と青のジャケットにエクソシストTシャツで今日もファンシーおじさん。

 マイメンでは庄司芽生ちゃんがダンスで参加。ダンスパートで芽生ちゃんと顔を見合わせる上野さんがかわいかった。芽生ちゃんもポニーテールに白Tシャツというスポーティーな服装。「マイメン100人できるかな?」に参加してくれたゲストの写真もVJに投影。

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 MC中、突然バックDJのBAET武士さんに話を振る中江ちゃん。

「タケちゃんはサ上と中江の現場で鍛えられたでしょ?普通DJの人こんな風に話しかけられることないもんね?」

 押しまくる中江ちゃんに対して、「この人フジロック出てますからね?」と苦笑する上野さん。

「いや〜〜、そんな人に私ヤバくない?」

「無礼だよ……」

 からの売命行為。これは現場で聴くと本当にリリックがラッパーとアイドルにぴったり。

命を売るで売命行為
でも面白くなきゃなそのストーリー
骨は拾ってくれよホーミー

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 My Home Townでは元LinQで、今はソロで音楽活動を続けている深瀬智聖ちゃんが参加。この智聖ちゃんのラップがかっこよかった! 智聖ちゃんはもともとヒップホップ好きで有名で、DJとしてB-BOY-PARKに出演したこともあるけれど、ラップを人前で披露したことはあまりないはず。それなのに歯切れのいいラップが弾丸みたいで気持ちよい。

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 そして「最後までいたかったけれど、福岡で朝の3時からライブするので、最終の飛行機で戻らないと」というハードな話を披露。

 ここでの彼女の登場、なんだか意外なほどうれしかった。2013年からアイドルを見ているけれど、卒業したり、環境が変わったりすることで活動を続けられなくなる子が多い中、卒業後もソロで活動を続けて、しっかりとしたパフォーマンスを見せてくれる子がいるというのは希望に見える。
日本語ラップ大好きすぎて出来ませんってずっと言ってたんだけど、ふたりにそそのかされて。ひとつ突破出来ました!」と言って退場。

 MCで「CD買った人、中江ヤサに行くDVD見た?」という質問。CDを買った人に手を挙げてもらうことになったけど、リリイベがなく、この日が最後の特典会のためかけっこう少な目。「いや~リアルな数、出てくるね」というふたり。でも、「買ったよって嘘付かれるより、気まずそうな顔見てる方が面白いよね」という中江ちゃん。「My Home Town」が方言でのリリックのせいか、途中でちょっと大阪弁が出る。
 そして、再び武士さんに話を振る中江ちゃん。

「タケちゃん楽しんでる?自分だけ置いて行かれてると思ってない?タケちゃん、ここでやり残しちゃダメだよ?! 今しかないよ!」

「いや、でもこの人恥ずかしがりやなんですよ」という上野さん。

「ほんといつまでたってもあなたってシャイボーイよね?今日はタケちゃんにこの歌を捧げます! タケちゃん7割、みんな3割で!」からの TOO SHY BOY。

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 VJに映るMVの映像は、まだ距離を図りかねている3年前、学ラン×制服でふたりで遊園地デートをする様子。思わず「若い」を連発する中江ちゃん。
 お次のWE GOTTO GOでVJが夜の鉄筋を撮ったような少し暗い映像に。

大人はずるい 子供はダメでなんで大人はいいの?

なんでいっつも余裕なの それって子供に絶対わからない魔法?

知らないことをたくさん知ってる 私には出来てない経験

 から始まるリリックは一見すると子供っぽいのだけど、入りのピアノの音のメロウな雰囲気と合わせて不思議な説得力を持って響いていた。彼女の実感なんだろう。

道を進めば大人になれる? 思い描いていた大人になれる?

 サ上と中江の曲は基本的にふたりが順番に歌う作りになっているのだけど、個人的にはこれとSO.RE.NAが最もその構成の魅力が出ていると感じた。
 MCでは「いや~でも私これ最近ずっと考えてるんだよ。いつから大人になるんだろうねー」
 ここで登場する謎の箱。事前にアスタライトから集めたという質問を引くコーナー。
 印象的だった場面だけ。

 「次は誰とユニットを組みたいですか?」という問いに対して「私はうえちょと組みたい」と即答する中江ちゃん。「オジロー!」「めいちゃん!」というガヤが入ったのち、ちょっと間があってから中江ちゃんを指す上野さん。
 「もちろん続くでしょ?」という問いに対し「今日もタケちゃんが『続くでしょ?』って言ってて。いや~~、私怖くて聞いてないんだよねって言ったら、『でも続くでしょ』って。タケちゃんかっこいい」という中江ちゃん。
 「今日のパンツの色を教えてください」から、とりあえず武士さんに聞いて(グレーだったかな)、上野さんに聞いて(赤と青のシマだったような)、結局最終的に中江ちゃんも暴露する羽目に。

 「え~~大丈夫かな~~」と言いながら、わざわざ確認を取りに行く。
 上野さんの「はい、佐竹(プロデューサー)オーケー出ました〜〜」からの「今日は~あ、白?」

 「こんなにたくさんの人の前でパンツの色いうと思わなかった~~」。そりゃそうだ。

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 そんなトンデモなMCからのSO.RE.NA!

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 そして上野さんから中江ちゃんに課した最後の宿題として中江ちゃんフリースタイルに挑戦!

 上野さんの前ふりから中江ちゃんのラップ

サ上と中江と東京女子寮どっちも大事な居場所
終わるとかマジわかんねえ!
こんなんでいいですかね

 という感じの韻は踏んでいないけれどちゃんとビートに乗ったラップ。

 緊張感から解放されて「8時43分新しい中江が生まれましたね」という中江ちゃん。

 そこから中江ちゃんのリアル高校卒業に合わせて作られたさいごの宿題。

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 終わったところで、ふっと暗転して中江ちゃんが袖にはける。
 いきなり「はっ、ここはどこだ?」。「武士?なんでDJやってるんだ?今何年?」「2013年」「あれ、そうか。吉野が活動休止して……」

 ……? それは2014年では? 一瞬、「企画が決まったのが2013年だったのかな」と思って帰宅してから確認したけれど、番組開始が2014年10月末。「3年の活動の集大成」だから2013年だと思ったのかな。2014~2015~2016の3年間だよ……。

「なんだろう……。俺、学ラン着たり、おぼこい女の子と一緒に曲作ったり、修羅の道を歩んでいたような気がする……。なかえーーー!!!」という叫びに呼び出されて飛び出す中江ちゃん。

 そして、to be continued。

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 歌サビ以外はほぼ上野さんのリリックと思われるこの歌。ちょっと泣きそうな上野さん。改めて聞くと、中江ちゃんへのエールの曲なんだね。

背の高さ違うから見ている景色 違っても気持ちは同じ

先のことはわからないからこそ 大事な記憶いつかの宝物

 MCでは「なかえーーー!じゃないよ!」とか「私とうえちょで世界を取ろう!」にするつもりだったけど、これはスッと入ったほうがいいと思ったという話。

 そして、「うえちょ潤んでたでしょ」と自分でふって、つい「潤んでないけど、ちょっと寂しいかも……」と言って泣き出す中江ちゃん。
 「終わるまで泣かないでいようと思ったのに~~。さっきの曲の時も我慢してたし……」
 「だからずっとニヤニヤしてたの? おれ、新曲だから間違えろ~~とか思ってんのかと思った。思惑通り、飛ばしましたよ」とちょっとうれしそうに言う上野さん。
 「別に終わりとか思ってないし」と言って泣く中江ちゃん。

 「いや、でもまたやれるよ。エイベックストラ~クス!」という上野さんを「勝手なこと言うと上の人に怒られちゃうから」としかる。

 最後のSO.RE.NAに合わせて中江ちゃんが「ヤバい、今日楽しい!」と笑う。

 最後はふたりでまじめなあいさつ。

 「ワンマンなんかできると思ってなかった」「私終わりって言葉嫌いだし、怒られちゃうかもしれないけど、また続けたい」という中江ちゃん。
 「最初は企画ありきで始まったけど、ラッパーを自分でリリック書かなきゃダメだよって言って、書けないって言って電話が来て終電逃したり」「最初のみんなの敵を見る目!」「チェキでプロレス技かけてくださいと言われたり」と思い出話をしてから「期待させるとあれだけど、可能性を信じてるんで」と締める上野さん。

 明るくて楽しくてちょっと寂しいライブ終了。

 あー、楽しかった。から、残念。
 女の子のラップ、アイドルのラップをたぶんそこそこは見ているけれど、女性のラッパーはだいたいダウナーか強そうかのどっちかで、アイドルアップはおっさんの作った世界観を表現するタイプのグループがほとんど。

 もちろん、そういったラップも大好きなのだけど、サ上と中江はアイドルラップと呼ぶには自由で、ヒップホップという呼ぶには自己主張が激しくなくて、とにかく「気のいいおじさんとおませな女の子」が楽しそうに、でも大切そうにステージの上でラップしているのを見守るグループだった。

 普段はグループの一員としてしっかりと丁寧に歌い踊る中江友梨と、1MCとして客にストレートに向き合うサイプレス上野

 サ上と中江はふたりにとって番外編的なユニットだったと思うけれど、だからこそお互いの掛け合いをゆるく楽しみながら動き回る姿はちょっとほかのユニットには出せない明るさと開放感があったと思う。少し肩を落として体を揺らす中江ちゃんと、彼女の奔放なMCに翻弄されながら笑う上野さん。私はサ上とロ吉のワンマンとこの日しか、生では見ていないけれどね。

 そして、何より年齢も性別も音楽性も違うふたりが活動の中で友情を育んでいく姿が美しかった。友人で、仲間で、先輩後輩で、師匠弟子で。

 17歳も年下の女の子を侮らず、きちんと人間として尊重して作品と場を作っていった上野さんも、立場も考え方も違う大人と組んで、ちゃんと自分の意見をぶつけていった中江ちゃんも本当に素晴らしいと思う。

 活動休止という印が押されたのは大人の都合なんだろうけれど、きっとお互いがいくつになっても、待っていてくれる人がいると思うので、いつかしれっと再開してくれるのをのんびり待とうと思う。

夢見心地(DVD付)

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夢見心地

夢見心地

 

 

※2013年はLOOPでNegiccoと対バンしてた年では?と思った。LOOPを知ったのがNegiccoの自主企画だったので何となく印象深い。まだ祭り湯でイベントやってましたなあ。

※上野さんのエーベックストラ~ックスで「そういえば、avexのアイドルと別ジャンルのアーティストのコラボあったな……。BiS階段……」と思った。でも、あれも女の子を開放するユニットだった。ノイズとヒップホップは演者の輪郭をはっきり浮き立たせるところがちょっと似てるかも。

※「こういう開放感のユニット意外とないんだよな~~。あ、ちょっと違うけどEチケライムベリー……。そういえば、サ上と中江はじめて意識したのはライムベリー事変の時に思わず2ちゃんを見て、『ライムベリーとリリスクは音楽性が違う。どちらかというとサ上と中江が近い』って書いてあったのを読んだのが最初だった」ということを思い出した。

※サ上と中江の人としての距離感は本当に憧れで、いろんな意味で自分の人としての不甲斐なさを自覚させられるので、ちょっと観ててつらいこともありました。これは個人的な話。

※チケットを譲ってくださったアスタライトのMさんとの「中江ちゃんかわいかったですね。アイドルラップ好きなんですよ」「東京女子流は?」「あ……MV観るくらいですね。でもアイドル全般いろいろ見る感じです。あ、アイドルじゃないんですよね」「いや、それはいいんですが。特典会行きますか?」「いや……。ちょっと金欠なので」と会話の流れ我ながらひどかった……。ありがとうございました、すみませんでした。

インタビュー:年齢差を超えても友達だって思える――サイプレス上野 + 中江友梨(東京女子流) = サ上と中江『ビールとジュース』 - CDJournal CDJ PUSH

インタビュー:最初で最後のワンマン・ライヴ〈支配からの卒業〉直前 サ上と中江、1stフルアルバム『夢見心地』を語る - CDJournal CDJ PUSH

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 サ上と中江対談入り。この本でしか話していないエピソードもあります。このブログでの感想はこちら。

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映画「赤ひげ」悲惨は普遍だけど、ヒーローも普遍だ!@鎌倉市川喜多映画記念館

 

赤ひげ [Blu-ray]

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何このハートネットTV8回分。いや、クローズアップ現代5回分でもいいか。

 
 赤ひげすごかった……。普遍と驚愕を秘めた映画で、まさに芸術だった。
 
 江戸時代の養生所を舞台にした映画「赤ひげ」。
 
 赤ひげと呼ばれる変わり者の偉人から頭でっかちの若者・保本が「医師とはなにか」「人間とは何か」を学んでいく話だ。
 
 これ、観る前はちょっと怯みがあった。怒られそうじゃないですか。お前らはだからダメなんだ。どうして社会に目を向けないんだ、とか。
 
 でも、赤ひげは怒らないのだ。
 
 いきなり貧乏人の集まる養生所に放り出されてふてくされている保本が、武士のいつまでも来た時のまま、武士の身なりでいても。幼い頃から性的虐待を受け、発狂してしまった女性に惑わされて死にそうになっても。
 
 自分自身の信念の話はたまにする。かの有名な保本に対する「貧困と無知」に対する雄弁な語りも、保本に対する説教かと思ったらどちらかと言うと自戒に聞こえた。
 
現在我々にできることで、まずやらなければならないことは、貧困と無知に対するたたかいだ。
 
貧困と無知に勝ってゆくことで、医術の不足を補うほかはない。
 
わかるか。
 
それは政治の問題だと言うだろう。誰でもそう言ってすましている。
 
だがこれまで、かって政治が貧困や無知に対してなにかしたことがあるか。
 
貧困だけに限ってもいい。江戸開府このかたでさえ幾千百となく法令が出た。しかしその中に、人間を貧困のままにして置いてはならない、という箇条が一度でも示された例があるか。

 

 わ、わかる〜〜!!
 
 赤ひげは1965年公開の映画だけど、50年経ってもまだその話してるから!
 
  もちろん貧困だって「50年経ってもまだその話」って感じだ。そういう意味でもっとも既視感を感じたのは、おくにという子連れの女性の話。
 
 小さい頃から、母と母の連れの若い男と暮らしていたおくには、ある日、母は父を捨てて若い男と逃げたという事実を知る。
 
 おくにが成長すると、母は男をつなぎ止めるため、おくにと結婚させる。しかし自ら手引きしておきながら母はおくにに嫉妬するのだ。母が死んだ後、ろくに働かない夫は「父に金を貢がせら」と言う。おくには、かつて全てを知りながら、自分と子供を引き取ると言ってくれた父を「父を不幸に陥れた男と子供も設けてしまった自分にそんな資格はない」と思い込んではねのけたことがある。身勝手な夫に怒りを感じたおくには、つい夫を殺してしまう……。
 
 って、雨宮処凛鈴木大介が取材してそうだな! 絶対似たような事件ある、今でもきっと。
 
 おくにが「父を不幸にした男と一緒になった自分」を責めるのが本当につらかった。
 
 3時間のあいだに、こういう生々しい聞き覚えのある悲惨がズバズバ打ち込まれてくる。
 
 映画は保本の成長を縦軸にさまざまな患者たちの生き様をオムニバス形式で描いていくのだけど、中だるみのなさが凄まじい。驚くくらい飽きずに見られる。
 
 その理由は何かといえば、やはりありとあらゆる場面がある種のリズムを刻んで描かれているからではないだろうか。
 
 それは音響によって生まれるリズムとは限らない。
 
 ある場面で、隠し事をしている女・おなかが恋仲の男・佐八の求婚をはぐらかそうとする。女は目をそらして逃げ出すことで男の熱意を交わそうとするが、じれた男が詰め寄ってくる。
 
 それだけの場面なのに、カメラの切り替わりが生み出すテンポの良さでなぜかハラハラしつつ気持ちよく見られる。
 
 佐八とお中はそのまま結婚するが、大地震で別れ別れになってしまう。次にふたりが出会ったのは2年後、風鈴市でのこと。リンリンと涼しげになる風鈴の音が響く中、佐八は誰のとも知らない子供を背負ったおなかを見つけてしまう。
 
 ここからふたりの会話と別れの間に、挟まる風鈴の音がとても美しい。
 
 昼の光の中で出会ったのはふたりは、短い会話を交わしてから夜の闇の中で別れるが、この柔らかい日差しと真っ暗な夜のコントラストも見事なのだ。
 
 端的に言って、気持ちいい。語られる話はクローズアップ現代5回分くらいの重量なのだけど、娯楽作品として楽しめてしまう。
 
 すごい、すごい!!黒澤明天才じゃない?!
 
 で、興奮して感想を検索したら、こんな文章が。

winterdream.seesaa.net

赤ひげ』の最大の欠点は「しゃべりすぎ」。黒澤映画の醍醐味は、映像と音響のみでグイグイと押し切るところ。(略)
そんな黒澤映画の魅力が『赤ひげ』では登場人物たちがしゃべりすぎることで台無しになっている。(略)
例えば、養生所の在り方について。医療機関を整備する以前に貧困や無知を生まない社会システムが重要だというのはわかる。でも、それを初めて会った保本にとうとうと述べ立てるとなると、なんだか薄っぺらくなってしまう。そもそも赤ひげに言われるまでもなく、映画自体がそのことを雄弁に語っているではないか。

 

加えて女性視点の欠如も問題だ。『赤ひげ』に出てくるエピソードはどれも陰影深く印象に残るものの、如何せん不義話が多過ぎる。そもそも保本自身が長崎留学中に婚約した女性に裏切られている。(略)
こんなに多くの不義不貞が出てくる映画も珍しい。そして、不義のすべては女が犯している。女性の観客たちは『赤ひげ』をどのように受けとめたのだろうか。

 

 いや、わかる。ここに書いてあること概ね正しいと思う。
 
 ただ、それをおいても「正しいことをてらいなく言う赤ひげ」には拍手してしまうし、「貧困と無知に晒されたために自分の人権に思い当たれない人々」のことは「よく書いた!」と思えるのだ。
 
 後半のメインエピソードである少女おとよの話。娼館の前で母を亡くし、女主人に育てられたおとよは養生所に連れて来られた当初は心を固く閉ざしている。自分を娼館から連れ出してくれた赤ひげや保本にも最初は口をきかないが、静かに介抱を続けるうちに少しずつ心を開いていく。おとよが落ち着いてしばらくすると、彼女を連れ戻しにきた娼館の女主人が現れる。おとよはここで「自分はここで大切にされているからあなたのもとなんかに帰らない!」という意味合いの言葉をぶつける。
 
 おなかやおくにのエピソードを踏まえた上で見るこの場面は、本当に勇気づけられる。
 
 正しいことを恥ずかしげもなく正しいというの、大事!
 
 そういう正しさについての賞賛を抜きにしても、膵臓癌に蝕まれて口を開けたまま死んでいく藤原釜足の演技や、地震で崩壊する街と、そこを歩く人々の画など、映画的壮絶さに満ちていて、これは観た方がいい。出来れば映画館で。作っている側が映画サイズを想定して製作しているので……。
 
 いや、古典はあるし巨匠もいる。良いものを見せていただきました。
 

 

 

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