ホンのつまみぐい

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「医者でラッパーは人生を賭けたボケなんです」―天然ボケになれない努力家MAKI DA SHITが語る音楽をあきらめない生き方

第一印象、デカい。第二印象、司会が達者。第三印象、ライブがうまい。しかも大学生のうちからアルバムを出している。その上医大生。「なんだ、そのスペック」というのが、大学生ラップ選手権で、主催者兼司会として登場したMAKI DA SHITへの第一印象だった。

 

ただでさえ忙しい医大生という立場なのに、活動の手をゆるめない姿勢。はたから見ればずいぶんハイスペック。でも、実際に会うと腰が低くて、「えへへっ」という笑い方が人懐っこい。

 

青森から上京し、医学部で学びながら音楽活動を続けるという、多忙を極める生活を送る彼に、日本語ラップへの思い・上京した人間としての葛藤・今後の展望などを聞いてみた。


RHYMESTERの「ONCE AGAIN」で号泣した浪人時代

ーラップをはじめるきっかけを教えてください。

もともと人前で何かをするのは好きで、ラップ自体もずっと聴いてたりしたんですけど、本格的にラップを始めようと思ったのは大学浪人の頃ですね。

ぼくは2浪していて、1年目は青森の自宅、2年目から上京して渋谷の予備校に通ってたんです。田舎からいきなり渋谷に出てきたのと、ぼくが誘惑にとことん弱いのとで「いったん東京の遊びを覚えたら絶対に医者になれない」と思って。必ず予備校に1番近いモヤイ像の方からしか降りないっていうルールを決めて、ハチ公口には近づかずに、電車移動中も勉強していたんですよ。初の東京での一人暮らしなのに……。

その浪人中、あまりにもしんどくて気持ちが落ちていた時にRHYMESTERの「マニフェスト」を聴きまして。その中の「ONCE AGAIN」って曲の歌詞が死ぬほど刺さって、自習室で静かに号泣するっていう。 当時は勉強に加え慣れない東京の生活のせいもあって心がだいぶ弱ってたのでRHYMESTERの数々の楽曲から力をもらい勉強、勉強、でたまに自習室で泣くっていう、気持ちの悪い浪人時代を送ってました。あと、握手会とかライブとかは一切行ってないんですが、AKBグループにも癒されてました(笑)

その時期に「関東の医学部に合格したら、医者を目指しつつ絶対ラップをやろう!」と思って。当時は「ラップに合格させてもらった」くらいの気持ちがありました。

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ーそんなMAKI DA SHITくんは、2016年にすでにCDをリリースしていますが、アルバム制作や曲作りはどうやって始めたんですか?

最初は勝手がわからなかったし、知り合いもいなくて。2011年頃は今ほどサイファーも盛んじゃなかったんです。そんな中、町田でMCバトルがあるというのを聞いて、大学2年生の頃にエントリーしたんですよ。案の定負けたんですけど、そこでVANILLAくんというラッパーを知りました。あとでTwitterで彼のことを調べたら、RHYMESTER結成のきっかけになった音楽サークルの早稲田GALAXYに所属していて、SKY-HIさんやサイプレス上野さんとも普通に絡んだりしている。しかも見た目もラップ内容も「あまり怖くなさそう!!!」って印象で。「これは仲良くすべきじゃないか」と思って、「弟子にしてください」みたいな変な絡み方をしたんです。

ーほんとに弟子にしてって言ったの?

DMで言いました。めっちゃ引かれましたけど。当時VANILLAはBUZZBOXってクルーを組んでいて、GALAXYの看板クルーだったんです。「ぼくもラップやりたいです!」とかいう感じで仲良くなって、彼らが主催したBBQにちょっとエエ肉を持ってすり寄っていったりして。へへへ。

VANILLAには曲の録り方やスタジオの使い方など、活動の基盤を教えてもらいました。後にぼくと彼でバイオレンスチワワというクルーを組むんですが、それは結局オリジナル楽曲を出すに至らず。現在は謎の休止状態っていう……。

 

MAKI DA SHIT(バイオレンスチワワ) | Free Listening on SoundCloud

レコーディングの仕方を2013年くらいに覚えて、2014、2015年にバトルに出まくって、ライブのオファーをいただいたら、毎回少しずつ違う凝ったものを出して。名前が知れてきたタイミングでアルバムを出しました。

ーアルバムはどのくらいの時間をかけて作りましたか?

コンセプトアルバムというよりは、第一弾音源集といった感じで、2013年後半から2015年頭までに録ったものが中心なんですが、色んな人に出会ったりトラックを購入したりしながらその時々に感じたことをラップしています。

表紙だけは山形でグラフティを描かれているSOLIDさんという方にお願いしたんですが、それ以外は歌詞やブックレットもお試し版のAdobeyoutube見ながら操作して、なんとか一人で制作しました。荒削りな部分も多いと思うんですが、協力してくださった方の力もあって、手売りのわりにはそこそこ売れてるみたいでうれしいです。

ーMAKIくんはライブがうまいから、ライブを見て買ってくれる人も多いよね。

ありがとうございます。ぼく、今まで人生を注ぎ込んできたものが「お笑い・ダンス・ラップ」でして。ダンスは中学校から大学3年くらいまで、ポップダンスやロックダンスと言われるものをやってました。舞台での魅せ方や構成はそこで磨かれた部分が大きいと思います。

あとは、お笑いや落語に影響を受けてからしゃべりを研究していた時期があったので、常に面白い見せ方というのは考えてますね。

小学生の後半にお笑いにハマって、ケーブルテレビのマニアックな吉本のチャンネルを食い入るように見たり、NHKでやってたオンエアバトルをネタ毎にノートに記録してたりしました。

その前までは口げんかで相手を泣かせるのが唯一の喜びみたいな超絶嫌なガキだったんですけど。これはよくないと思って、漫才やバラエティー番組からトークを勉強しはじめたんです。小5から中2くらいまでは気に入った漫才を暗記して、それを暗唱したり、友達に聴かせながら登下校していました。漫才の暗唱って気持ち悪いですよね。でも、そういうことをしていたおかげで、中学から面白キャラが定着して。

あと、もともと人前に出たいって気持ちはあったんですけど、それと同時にいつからか「わかっててバカやる人」にすごく憧れていたんです。本当はむちゃくちゃ頭いいのに全力でバカやってるビートたけしさんとか。ぼくの「医者をやりながらラッパー」っていうのも、ある意味で人生を賭けたボケというか。「一旦、医者になる」っていう贅沢すぎるフリのあとに面白いことしてたら、フツーにボケるよりずっと面白いかなぁって。一生ツッコまれる側でいたいです。

アルバム内の「NO FUTURE」って曲でも書いたんですけど、今って何かあれば人の揚げ足をとって炎上させるみたいなトゲトゲした空気感があるじゃないですか。マキタスポーツさんの「一億総ツッコミ時代 (星海社新書)」って本にぼくの言いたい事が丸々書いてあるんですけど、やはり精神衛生的にも、こんなご時世はあれこれ目くじら立ててツッコミ続けるより、ボケに徹する方が絶対楽しいなって。

―個人的に気に入ってる曲はありますか?

あっこゴリラ、KZさんに参加してもらった「巡り合わせ」は評判がいいですね。これは最初に、ぼくのリリックと曲名を渡した上で「それぞれが思う人とのつながりについて書いてほしい」という漠然としたお願いをして録ってもらいました。

あっこゴリラからバースをもらった時は、彼女がゴリララップを一切せずに、普通にテクニカルなラップをかましてくれたことに衝撃を受けました「え、フツーに超うめえぇ」ってのと、ナチュラルな普段の自分を出してくれたのがうれしかったですね。

KZさんは梅田サイファーのベテランMCで、梅田の歩道橋周りから見える人間模様と、そこで自分が培ってきたことをなんかを書いて下さって。実はあまりお話したこと無い状態でオファーしたのですが、快く受けてくださって感謝しています。

歌詞から見えてくる場面はそれぞれ違うのに、1曲で聴くと、どこかまとまって聞こえるのがまさに巡り合わせという気がしますし、何よりDJ HAYAMAくんのビートがとてもいい温度感で。彼は同じ青森出身という縁もあって誘わせて頂きました。あとは「クソな世界で踊ろうぜ」ですかね。

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-ライブで盛りあがりそうですね。あとは冒頭のオオイエくんのシャウトがめちゃくちゃ面白い。

クソな世界で踊ろうぜ by MAKI DA SHIT(バイオレンスチワワ) | Free Listening on SoundCloud
この曲は旧風営法でクラブ経営の風当たりが強くなったタイミングで書いた曲です。当時こういうテイストの曲は多かったんですが、ダンサーだった経歴も踏まえて歌詞を書いたので、反風営法的なメッセージに加えてB-BOY賛歌的なニュアンスも盛り込まれてます。

あとは、サラリーマンが酔っ払って週末にちょっと無茶して騒いでるみたいなイメージを入れ込みたくて、オオイエくんのシャウトを入れています。

彼のラップはヘタウマな感じが魅力なんですけど、最初スタジオに連れてったら、緊張のせいかとんでもなく大根役者で。お酒呑むといい感じになるのを知っていたので、仕方なくストロング缶2本飲ませたらすごくいい感じで録れました。

あと、フックの「クソな世界で踊ろうぜ」は最初に浮かんだフレーズなんですが、コール&レスポンスすると楽しいかなと思って。そこはちょっと狙いました。

 

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ー私が個人的に好きなのは北の地下サイドですね。

これは地元や隣県の人に協力を仰いで作った作品ですね。HI-SOさんは隣の中学出身のモロ地元の先輩で、かのKREVAさんの公式REMIXなんかも手掛けたことがあるベテランの先輩ラッパーです。R.O.Gは隣県・秋田を牽引する若手で、バトルで知り合いました。

医大生キャラは正直無理があると思ってる
ーあっこゴリラ、MC松島、呼煙魔、BEAT手裏剣(BATTLE手裏剣)と、参加者の幅がすごく広いけれど、これもバトルで作った人脈なんですか?

割とバトル繋がりも多いですね。バトルで当たったことがきっかけの人もいれば、現場で話しかけて仲良くなった人もいます。

ーけっこうぐいぐい攻めるタイプなんだね。

本当はシャイです。でもやらなきゃと思ったら意外といけるみたいな。えへへ。特にあっこ(ゴリラ)は絶対売れると思ったので、彼女がバトル界隈に出入りしているうちに曲作っておこうと思って(笑)

バトルに関して言えば、昔は仕込んだ韻だけで勝ったりしていたんですけど、それじゃ楽しくないし代わり映えしないじゃないですか。ストリートでの武勇伝もないし。そういう中で、ぼくの武器ってなんだろうって思ったときに、医大生という部分かなって。

ーうーん、でも医大生って正直そんなに特色が出ないような気がするんだけど。そもそも学部でキャラつけってのがちょっと無理があるというか。

……そうなんですよ。これは正直言って、まだまだMCバトルとかちょっとしたイベントで成立する小手先のキャラだと思ってて……。まだ大して経験も無いし、医療に対する専門性もないですし。「頭がいい」「将来が安泰」くらいのイメージなのかなぁ。

 

でも、これから医師としての経験をどんどん積んでいって、それを、ぼくが作ってきたラッパーとしての鋳型に注いで、ちょっとずつ形を変えていければ、いつかは面白いことになるんじゃないかなとは思ってて。

ただ一つ問題なのが、見た目もデカいし、医大生っていうのでちょっとお堅いと思われてるのか、ヒップホップの現場ではあまりキャラが発揮できてないんですよね。大学との兼ね合いもあって、イベント出没率も高くはないので仕方ないんですが、ラッパーですごい仲良いってやつもそこまで多くはないし、ちょっと寂しい思いもしてるんです。本当は中・高・大と学校では身体張ってバカなことやるようなタイプだったので、全然みんなにイジってほしいんですけどね。

ー制作において影響を受けたアーティストはいますか?

制作というよりは、キャラや振る舞いも含めたラッパーとしての立ち位置的なものなら、RHYMESTER宇多丸さんとサイプレス上野さんですね。めっちゃ理想を言えば宇多さんとサ上さんを1:2に内分したくらいのポジションにいけたらいいなと……。

ぼくは一時期ヒップホップを聴いていく中で、ルーツを知れば知るほど、共感できないというか、「自分が聴くような音楽じゃないのかな」とか思うようになった時期があって。自分はド田舎ではあったものの、メチャクチャ恵まれた環境で生活してきたし。それこそ差別の類なんて経験してないし。


そんな中で自分に特に刺さったのがやはり宇多丸さんで。宇多丸さんの膨大な知識量とそれに基づく説得力やユーモアで自身の経験や価値観をラップしていく感じに凄く惹かれました。ラジオ番組なんかも通して、オタクであることの強さや面白さを習ったのも宇多丸さんです。もしかしたら、医師の息子という共通点にもシンパシーを感じていたのかもしれません。

田舎だったからかもしれませんが、ぼくが小中学生の2000年前後って、まだ今ほどオタクが市民権を得ていなかった気がして。ぼくの周りでもアニメ好きやアイドル好きもいましたが、ちょっとコソコソ日陰でそういう面を発揮してたというか。ぼくもモーニング娘。が小学生の頃好きだったんですが、番組録画するときはVHSの見出しには「コナン」って描いてましたから(笑)


でも、ゼロ年代後半になって随分世の中変わったじゃないですか。インターネットの普及とかが直接的なきっかけかと思うんですけど、フツーにそういう人が面白いみたいにとられてきて、テレビで濃いオタクにしゃべらせて面白がる番組が出てきて。今は濃淡こそあれど、もはや1億総オタク時代だなと。


ぼくは、そのオタクが社会で市民権を勝ち取る過程を、勝手に黒人がヒップホップを使って市民権を得た姿に重ねてしまって。「ある意味これってヒップホップ的じゃないか!」と。そんな謎の自論も相まって宇多丸さんは未だ1番の憧れの人です。

あとは、アーティストとしてのふるまい的な面でいうとサ上さんです。ラジオも書籍も面白いし、ヒップホップ全開の時もあればアイドルと仕事もしたりと、全方位的に活動できるのがすごくカッコいいなって。

でも、純粋に一番うらやましいのはあの人気者オーラですね。あのマンガ的なビジュアルとか、「よっしゃっしゃす」とか、自分で作った言葉を定着させちゃう感じとか、すごくうらやましいなって。あれはやはりマンガの主人公になる人のオーラですよね。自分のキャラをうまく外に出していくためのヒントがサ上さんにあるような気がします。

 

天然には絶対なれないけれど
ー2016年に主催した大学生オンリーのMCバトル・第1回大学生ラップ選手権は、どういう経緯ではじまったんですか?

実は、ぼくアルバムのプロモーションにかまけて留年してしまってですね……。5年から6年にあがるタイミングで自分だけ5年間一緒にやってきた友達と別れてしまうという状態になったんです。しかも、友達と別れただけでなく、5年間一緒にやってきた、かなり人間関係が出来あがってる集団の中に落ちるワケですよ。こんなデカいラップやってるわけわかんない元先輩が。

で、学生をおかわりしちゃったんで、せっかくだから学生というテーマで何かやるかと思って。そこでゆうまーるBPというフリースタイル練習会を主催していて、大学生ラッパーとの交流も深いゆうまくん、ジャンルレスなイベントを年に何本も打っている胎動レーベル主催のikomaさんと一緒にやることになりました。

ただ、第1回のイベントの出来としては自己採点で60点くらいかなと。バトルもライブも盛り上がったし、お金を払って観ていただくイベントとしては成立したと思うので、そこで60点。でも、正直22歳以下限定のバトルイベントあまりと差別化できていない部分もあって。もう少し「大学生」の部分を活かした大会に出来なかったのかなとは思います。

ー準備期間はどのくらいでしたか?

3人ですべてを行っていたので、けっこう急ピッチで作りました。5月の後半に主催の3人が揃ったので、9月19日の本選に向けて3ヶ月強で準備をするという状況だったのでしんどかったですね。

各MCに連絡して、30秒くらいのMCごとの紹介動画を撮影して。ぼくは動画を撮りに大阪まで行ったり。終わった後は1週間くらい達成感にひたってたんですが、今思うとわりとメンツが大学生かつ豪華ってだけの普通のバトルイベントだったなと。

ーでも、あのイベントがきっかけで初めてマイクを握った人もいると思うし、貴重な場だったと思いますよ。

 

そうですね。だから次にやるならテコ入れして、逆にもっと気軽に参加できるようなものにしたいと思います。でも、ぼくが大学生じゃなくなったら開催するにあたっての説得力がなくなってしまうので、誰か後継者がいたらとも思うんですがね。医師になったらなったで、ストレス溜まってる研修医を集めてイベントなんてしてやろうかとか考えてます(笑)

※インタビュー時は未定だったが、その後2017年8月29日に第2回大学生ラップ選手権が開催

サイファーで言いたいことを言うという行為自体に、ストレス解消できる部分があるものね。

……。でも、ぼくは生活サイクルの兼ね合いとかもあってあまりサイファーには行ってないんですよ……。さっきも話しましたが、よく遊んだりするラッパーもそんなにいなくて。本来のキャラが浸透して、イジられたりするにはどーすればいいんですかね……。

ーうーん。それはアホな人と組んだ方が早いんじゃないかなあ。

あー。

ーアホというか、天然な人というか。

なるほど……。確かに天然な人って貴重ですよね。ちょっと話変わるんですけど、twitterで読んだ話で、ぼくがすごく感銘を受けたんですけど、「昔のYOU THE ROCK☆とか、今だとゆるふわギャングとか、ある種天然な人が時代を作る」っていう。

ぼく、ゆるふわギャングの渋谷WWWでのワンマンで大号泣したんです。

ぼくの実家は家系図10代くらいさかのぼれる古い家で、長いことずっと医師という。しかもぼくは長男だったから、ある程度の年齢まで医者になる以外のビジョンを思い浮かべたことがなくて。まぁラッパーや芸人への漠然とした憧れはあったのですが。でも、東京に出てきてライブやバトルでお客さんに面白がってもらったりするうちに、その薄れていた気持ちがまた出てきて。

 

とはいえ、親に教育資金をかけてもらってたり、実家が長く続いてる開業医である手前、通さなきゃならない筋もあるとは思って。色んなバランスを保つためにも、医者という立場を上手く使えないかなーと思い始めて。

よくラッパーの方に「医者って保険があっていいよな〜」的なことも言われるんですけど、ぼくの中で医者ラッパーというのは、時間さえ確保できれば「好きな音楽をあきらめなくてもいいシステム」だし、「むしろ医者をやりながらマイク持つ方が社会的にもリスキーだし、医学部の同期たちよりは絶対稼げない分の銭を投げうってる自覚もあるので、これはコレで大変なんだぞ!」とも思っていたのですが、先述のゆるふわギャングを見てしまったら、そういう自分の感覚がすべてぶっ飛ばされてしまって……。なんかシド・アンド・ナンシーじゃないですけど、刹那的な生き様の輝きが作品に刻まれてる感じって、ぼくには天地がひっくり返っても出せないなって。

もちろん、ぼくは宇多丸さんリスペクトですし、そんな方向性とは真逆の生き方を肯定するラッパーでありたいんですけど、ぼくが今まで自分の人生を肯定するために武装した理論達が、彼らのライブを見た瞬間にガラクタに思えてきて……。「すげえな~カッコいいなぁ~」と。超泣きましたね。

実際、そういう天然かつ最強な人の前に立つとぼくの医者キャラなんて本当にハリボテみたいなものだと思うんです。でも、その中でもぼくがこれから医師として経験していくことや、このベラベラしゃべる感じとかは自分自身の中にあるものなので、そういう部分はアーティストとして形にしていきたいとは思ってます。
 

夢や欲が枯れるまでは、東京でがんばりたい
ーインタビューの前にラジオ東京ポッド許可局の上京論を聴いてくれって言ってましたね。あれにマキタスポーツさんによる「山梨時代の自分と東京時代の自分は違う人間」という話がありますが、ああいう「田舎での自分」と「上京した自分」が違う人間という意識はあるんですか?

そうですね……。東京の自分と田舎の自分はまったく違うと思ってます。続き物のシーズン1、シーズン2とかっていうより、二重人格的というか、1人の中で完全にスイッチが切り替わるというか。

このラジオの論の中でも言ってるのですが、上京しない人・田舎で生涯を過ごす人って、元々クラスの中心的な人物だったりすることが多くて、田舎に働き口があって、奥さんと子供もいて。土日は息子とジャスコイオンモールに行ったり、小中高時代の仲間、いわゆるダチと呑んだりみたいな、本人の充実度も含めた生活全般が地方のコミュニティで完結している人たちなんです。

 

一方、上京する人は、田舎では割と変わりもん扱いされてたり、自己が理解・肯定されない境遇に鬱憤を溜めていたりして、「俺の居場所はここじゃねえ」みたいなことを自分自身に言い聞かせてたりするんです。

ただ、ぼくは地元での人間関係は比較的恵まれていたので、嫌な思い出も大してなければ「こんな町二度と帰らねえ」みたいな気持ちもなく、むしろ青森に行くと居心地が良すぎて「ここで一生ダラダラ過ごすのも悪くないかなー」なんて気持ちになってしまうんですよ。 その、ぬるま湯感が嫌で東京に出てきた部分もあるのに。地元にいた頃って何の夢も見られなかったから。

だから、上京してから1週間以上向こうに滞在したことないんですよ。青森に戻ってしばらくいると、地面に養分を吸い取られて花が枯れていくような感覚というか、すごい速度で野心がこうクシャクシャってなってしまうことがあって……。もちろん家族もいて居心地がいいからなんですけど、青森駅から東京駅に降りて東京の空気を吸った瞬間にカチッとスイッチが入るというか、楽屋から舞台に立ったような気がしますね。

 

田舎ってやっぱりどこかあきらめのムードがあるんですよね。何かあるごとに「おめえ、青森なんだからそんな夢みてぇなこと言ってんな」みたいな。だから、色んな夢や欲が枯れるまではこっちで二足のわらじで頑張ろうと思います。それで、いつか地元の家族や友達にいい報告が出来ればなって。

ぼくの目指している科は、バランス次第では好きなことに時間を捻出することもできそうなので、仕事やお金の面では「音楽をやめなくてもいい生き方」を選んだと思っています。でも、それは一方で「やめたらダサい」ということでもあると思うんですよね。それこそ、医師であることが保険だったって事になっちゃいますし。好きなことをあきらめないバカな姿を世にしっかり提示していけたらと思います。

 

MAKI DA SHITくんは現在医学部最後の学年を迎え国家試験勉強中。医大生ラッパーから研修医ラッパー、そして医者ラッパーへの道を現在進行形で歩んでいる彼の今後に今後とも注目したいところ。

MAKI DA SHIT - ネイキッドキメラ (CD)

【特典アリ】MAKI DA SHIT - ネイキッドキメラ (CD) | Tokyo Togari Nezumi

※CD現在品切れステータスですが、近日中に在庫復活予定とのこと。