ホンのつまみぐい

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コミケ用のいっちょうらTシャツ買いました

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 イルミナでコミケに参加するので、なんか着るものを考えなくちゃ。でも、暑いからTシャツ以外無理だろうな。代り映えしないけど、いつも着てるアロハシャツかな。でもせっかくコミケだから、マンガに関係あるものにするか。だと、グラニフの水木しげるシャツかなあ……と思っていたところに発見したコレ!

 

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 ガラ悪い!最高!!

 いや、私もね。じゃりン子チエのアパレルはちょこちょこ見ていたんですよ。でも、だいたいちょっと上品すぎてたんですよね。あるいは「絵ぇ貼っただけじゃん!」みたいなデザイン。

eyescream.jp

 
 
 
 
 
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 しかし! 今回のこれはもうどう考えても正解のデザイン。

 ガラ悪い!かわいい!圧が強い!!!

 こういう黄味の強いTシャツとか普段あんまり着ないんだけど(しかも銘柄キン〇マバナナって…)、大アリです。

 でも生地が厚くて会場の配置次第ではめちゃくちゃ暑そう。途中で着替えることになったりするのか。それはそれでいいか……。

 はー、着て歩くの楽しみ……。一生着ると思う。

 

 

 

 

 ちなみにグラニフのシャツはこちら。値上がりしすぎ……。

 

 

新山下のマリンベーカリー

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 コーンとベシャメルをかけたフランスパンに、チョコをはさんだパン。

 マリンベーカリーは粉にもこだわっているのが一口でわかる美味しいパン屋。

 ただ、おかずパンと比べると甘いパンは当たり外れがあるかも。コーヒーは最近流行りのコスタコーヒーでした。

セックスワークにも給付金を訴訟の傍聴レポートを執筆しました

wezz-y.com

 セックスワークにも給付金を訴訟の傍聴レポートを執筆しました。

 今回、事前にある程度記事を固めていて、判決だけはめ込めるようにしていたのですが、あまりの判決に構成を考え直したためにちょっと公開が遅くなってしまいました。 速報にできるよう筆力を上げなくては……。

 記事の中では「どうして性風俗にかかわる人々が差別されてきたのか」について、意見書にあった青山薫教授の解説を引いています。
 

セックスワーカーに対する差別について、神戸大学大学院の青山薫教授は、意見書の中で性風俗に対する差別の歴史を紐解き、「性風俗差別は優性思想に基づくもの」という見解を示している。

 青山教授は、明治初期の「花柳病(性病)」の管理が、性風俗の管理・取り締まりの契機となったことを指摘。梅毒など感染症の取り締まりの中、政府は娼婦を感染源とし、「醜業」というスティグマを付与。管理の対象とした。一方で、買春する側の男性が感染源と見做され、管理されることはなかった。

 こうした国家の対応を見る際に注目したいのは、対応の根底に家族制度のあり方に反する存在を差別し、管理下に置こうとする意図が見えることだ。売春する女性を「家庭や国民国家の衛生を侵害するもの」と位置づけ、国の保護や更生に従う女性を「純潔なる家庭を守る存在」とし、女性たちの中に分断を作り上げた。ここでも、男性は更生や処罰の対象にはならず、あくまで「女性を管理する存在」として上位に置かれていた。こうした分断と差別は第二次世界大戦中に強化され、今でも社会に根強く存在している。

 
 新聞社なども記事にするだろうから、文字数制限のないWEBでは少し踏み込んだ知見を書いておきたいと思って引用したものですが、家族制度を利用して支配を行う権力側の策略は、統一教会と政治のかかわりが表に出始めた今、改めて考えておきたいと思いました。
 
 最後に、今回の判決に対して意思表示をしたいと思う方に向けて、クラウドファンディングの案内、傍聴などを通した裁判官の監視、さまざまな形での議論の生成、選挙での民意の表明などについてまとめています。傍聴にきていた要友紀子さんの言葉も紹介いたしました。 
 余談になりますが、call4で読める本訴訟の意見書は大変読み応えのあるものなので、憲法について考えたい人、差別について学びたい人にはぜひおすすめしたいです。
 

訴訟資料というページにPDFのリンクがありますので、気になる方はぜひ。

 

犬王

※ネタバレあり。というか、観てないと何が書いてあるかわからないかも。

 

 父親に見捨てられた異形の能楽師と、父親に死なれた琵琶法師が、組んで新しい音楽表現を作り上げるが、権力者に目をつけられ……という話。

 オーラルヒストリーを収集していた芸術家が、正史を編纂しようとする権力者に蹂躙される話なので、『教育と愛国』を観たあとだと染みるものがあった。

 精神の開放や革新的表現がグラムロック調の曲を通じて表現されていて、「なぜロック?能の世界にある革新を表現すればいいのに」と思っていたら、以下のような感想があって「なるほど」と思った。

 

https://twitter.com/nrknbnyyyy/status/1534590812025065472

https://twitter.com/nrknbnyyyy/status/1534592031711932416

https://twitter.com/nrknbnyyyy/status/1534592167179522048

 

 「昔そんなものがあったけど終わりましたよ」という物語を表現するためのロックンロールか。

 犬王が異形の身体のままで踊る「腕塚」がストリートダンスを連想させて、身体がほぼ人間に戻ってから演じられる「竜中将」がバレエを連想させるのも革新から保守への変化を表しているのだろうと思う。もちろんバレエが一律に保守というわけではないけど、あるべき身体という概念や伝統を背負っている文化くらいのことは言えるだろう。

 そうなると最後に出てくる能はどう位置づけられているのだろうか。物語の流れをそのまま受け取ると、怨念や痛みをつるっと剥いだ世界で行われる飾り物のような舞踊ということになるけど。このあたりは能や舞踊に詳しい人の解説を聞いてみたい。

 湯浅監督はアニメーションとしての飛躍を優先させるため、たまに社会や人間の内面の複雑さを置いてきぼりにするイメージがあったけど、今回は脚本も丁寧で安心して観れたし、アブちゃんの演技もよかった。音楽も面白かったのでサントラも楽しく聴いている。個人的に泣けたのは谷一さんの最後。何の力もなくても、せめてああいう生き方をしたいものだけど……。

 三種の神器の位置付けと面の役割が映画だけだとよくわからないので原作を読もうと思う。

追記:この感想は面白かった! たしかに。

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教育と愛国@横浜シネマリン

 多少は教育行政に関心を持っていたつもりだけど、それでも知らないことだらけで、冷たい汗が出ました。

 学校での採択率トップだった日本書籍が、日本の戦争加害に関する記述を増やしたことで採択率が大幅ダウンし、倒産に追い込まれたという話が最初のショック。

 東京都23区の全区採択だったのが2区になるって、教科書作るのにお金かかりそうなのに、労働者としては想像するだけで胃がキュッとなりました。

 このことについて答える同社の元編集者・池田さんは、妻子に去られてひとり暮らしをされていて、その寂しげな姿に胸が詰まりました。ああいう姿、普通撮られたくないと思うし、テーマそのものとはちょっとずれると思うんだけど、個人が脅かされる様子の記録としては画として圧倒的に強かった。

 ほかに、慰安婦問題を丁寧に教えていた中学校教師の平井さんの授業が共同通信に取り上げられ、それを見た吉村大阪市長(当時)がツイッターで平井さんをバッシングした話もひどかった。

 政治家が犬笛を噴くこと自体も当然ひどいんだけど、勤務校に苦情電話が来る事態に臆した校長が「慰安婦の授業をやめてくれ」と言ったというのにびっくりしました。

 平井さんが「教えた子どもたちが『先生は自分たちを洗脳しようと思っていたのか』と思ってしまったらと考えると、とても申し訳ない」と話していて、本当の教師って全然発想が違うんだなと感嘆。あくまで「このことで大人、ひいては社会への信頼を損ねてしまうようなことがあったら申し訳ない」ということを心配している。これが教育者かと思いました。

 映画としてはかなりシンプルで、もともとテレビ番組だったというのがよくわかる。でも、だからこそ問題点がわかりやすくてヒットしたんでしょうね。言葉を変えられるって明瞭ですから。

 最後に「従軍慰安婦」という表現が「慰安婦」にされた箇所は心底ぞっとしてしまいました。「従軍慰安婦」の方が俗語になってしまうなんて、そんなことがあっていいのか……。

 学者の吉田裕さんが「研究に基づかない記述がされるようになってしまった」というようなことを言っていて、それはちょっと「国として終わってるのではないか?」と。

 直前で本文の作り直しを強制される教科書会社の姿も気の毒でした。

 余談ですが、シネマリンの八幡さんが「映画になったらうちで上映します!」と真っ先に言ってくれたことが監督のはげみになってるとか。

※この映画を観たのは7月2日でしたが、上の文章では8日のことはとりあえず反映させずに、前に考えていたことを書きました。

 

 


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