ホンのつまみぐい

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”私のショーは会場のお客さん一人も淋しくさせないぞ”「えんぶ」2019年8月号黒井ひとみインタビュー

私のこと「ブス」って言って目を逸らす人にもマ○コ見せるんだよ。そりゃ毎日毎回崖から飛ぶ気持ちだよ。

 明日死ぬかもしれないって何かの比喩とかではあるけど文字通り明日死ぬかもしれないって。で、明日死ぬとしたらやりたいことをやろうって思った。それで、それがストリップだったの。

 こんなことを言われてしまっては、もうほかに語ることがないというくらい、ストリッパー・黒井ひとみさんのインタビューはすばらしかった。

 大学では演劇科に所属。卒業後は出版社で働いていたという彼女は、あることをきっかけにストリッパーに転身。その後、一度の休業を経て再びストリップの世界に戻ってきた。物語性のある演目と、サービス精神に満ちた明るさ。そして、どこか物憂げな表情。

 演技力や構成力、サービス精神のほかに、どこか切実さのようなものを漂わせる彼女の表現は、決してストリップ界のメインストリームではない。だけど、その唯一無二な存在感に惹かれる人は少なくない。

 演劇総合情報誌「えんぶ」のインタビューでは、笑顔の裏にある切実さの理由が、丁寧にひもとかれている。インタビューアーは友人であり、役者/糞詩人である小野寺ずるさんだ。

あのね、私はネットとかで「ブス、ほうれい線」とかって叩かれてるんですよ。

それは私が色んな表情をするから。踊り子さんってシワがつくのが嫌だから無表情気味なの。美しさのためにあえて顔筋を動かさない。でも、私は「シワの一本二本増えたところで元々美しくもねえんだから怖くねえ」って思って。だったら将来どうなってもいいから、ショーの短い時間でも怒ったり泣いたり笑ったり見せた方が面白いんじゃないかなって。

 黒井さんは知性的な顔立ちの人だけど、わかりやすい美形ではないし、男性に媚びるような風袋も選んでいない。ある時、こんなことがあった。ストリップにはオープンショーというカーテンコールのような時間がある。ポーズを取ったり、ただ笑顔を振りまいたり、お客さんをいじったり、いろいろなことをやる人がいる。そして、黒井さんはできる限り客席の人とハイタッチをしようと試みてくれる。しかし、その日はそのタッチを露骨に拒む男がいた。なんだか無性に腹が立ったが、とがめるのも難しく、釈然としないまま男の背中を見ていた。そして、少し傷ついたような顔を見せたけど、瞬時に切り替えて笑顔に戻った黒井さんは、きっと何度もそういうことに傷ついてきたのだろうとも思った。

 しかし、彼女はインタビューでこう語っている。

あとさ、私を嫌いなら客席いなければいいのに、あえて私の目の前でマ○コから露骨に目を逸したりをしてくるお客さんは淋しいんだと思うのね。全ての悪しきことは淋しさが引き起こすよ。だから、私のショーは会場のお客さん一人も淋しくさせないぞって気持ちでやってる。

 ストリップのお客さんには人間的に不器用な人が多い。そして、SNSで確認する限り、ネトウヨがとても多い。少なくとも、私が足をつっこんでいる他のコミュニティではちょっと見ないくらい、ネトウヨ的な誹謗中傷や罵倒の言葉が飛び交っている。

 悲しいことに、うっすらとした嫌韓意識は今の社会では珍しくはないけれど、それにしても目に見えて多いし、その表現も露骨だ。だから、暗い国際ニュースの後などに劇場を訪れ、「この中には露骨にアジア地域の人を見下すような人が混じっているのだ」と思って、いたたまれない気持ちになることが何度もあった。これはコミックマーケットなども同様だし、あっちはその上に女性差別も蔓延しているけど。

 ストリップ好きな人達は「ストリップは優しい世界」とよく言う。私もそういう言説に寄与してきた自覚はあるが、その優しさにどこか懐疑的だった。たしかに踊り子には腰が低いし、訪れた客には親切だけれど、それはストリップという世界を守りたいだけで、優しさとは違うものではないか……。

 しかし、最近つくづく思うのは、そういうお客さんは淋しいということだ。ストリップは基本的に人を傷つけないし、疲れた大人を子どもに戻してくれるようなところがある。それは「癒やし」という言葉で括られるものだろう。ストリップを性風俗たらしめている要素の一つに、この「癒やし」の提供があると思う。そして、「癒やし」を補給しなければいけない淋しさと、見も知らぬ人を差別する気持ちはきっとつながっているのだ。

 そういう人々とどう向き合っていくのかに悩んでいる中、黒井さんの言葉はとても誠実に感じた。このインタビューを、この先何度も読み返すと思う。

えんぶ 2019年 08 月号 [雑誌]

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