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ホンのつまみぐい

いろんなもののファンをやっている人が、日々のよしなしごとを綴っています。

横濱JAZZ PROMENADE2015のボランティアに参加しました

音楽

亡き父がジャズが好きだったこともあり、ジャズはずっとかっこいい大人の音楽のイメージだった。大人になってからたまにライブに行くようになったが、行くと必ず楽しい。でも、なぜか通うまでに至らない。そんな関係を一歩進めたくて、(あと、タダ券がほしくて)横濱ジャズプロムナードのボランティア(以後ジャズプロ)に参加した。

ジャズプロは1993年にスタートした回遊型のジャズフェスだ。主催者発表動員15万人という大型フェスで、ジャズ喫茶やクラブの多い関内・桜木町を中心に、市内のあちこちでジャズ関係のライブが開催される。主催は横濱JAZZ PROMENADE 実行委員会。

事前のミーティングのために開港記念会館に行くと500弱キャパの会場いっぱいに人がいて、みんな生真面目な顔で座っていた。なんだか就職説明会のようで、ちょっと気圧される。事務局長の鶴岡博さんという方が「文化を産業化してこそ継続性が生まれる」はという話をしていた。この日は就職説明会に迷い込んだ気分のまま終わる。次のミーティングは10月6日と発表され、しばらくして当日の担当エリアが書かれた紙が届くまで、ジャズプロのことは頭から消去していた。

10月6日のミーティングが最終の打ち合わせで、当日の具体的な流れが説明された。担当会場は街角ライブ@クイーンズスクエア。野外ライブ会場での演者お出迎えとチラシ配りだ。街角ライブは学生や同好会などが出演する、アマチュアブース。ライブハウスがよかったなとちょっと思うが、司会の人に「街角ライブの担当者は幸せですよ。自分が担当するステージの全てを見ることが出来るから」と言われて、「そうかもしれない」とすぐに心変わりをする。

この日は任意挙手制で年齢を聞く時間があったのだが、主催スタッフをのぞくと10〜30代が20人もいなかった。街角ライブに参加するボランティアは100人前後いたと思うのに。人口ボリュームが違うとはいえ、ジャズの未来は大丈夫なのか。同じ地域の映画祭のボランティアでは大学生がたくさんいたぞ。そして、その人数差はリアルな人口比率が可視化されているようでちょっと怖かった。担当会場のチーム同士で顔合わせをして、当日の流れについて聞いて解散。


当日は朝の9時過ぎに集合。朝一、来ていない人がいることが発覚して、一同慌てるが、とりあえず当日の会場と駐車場などの下見に。一時間後に本部から届いた当日用書類の束の中に欠席連絡が書いてあり、気のいい会場チーフが「届くの遅いんだよ、まったく〜」とこぼす。チーフは苦い顔だったけど、ちょっと笑ってしまった。

担当会場はビッグバンドの出演会場。1日に5〜6回ステージがあるので、演者に与えられた転換の時間は15分だけ。10分で入れ替わり、残りの5分でリハというスピーディな転換を求められる。ありがたいことに出演者の方々は手慣れた方が多く、スムーズに準備に入ってくれた。プロのPAさんが演者の方々に気さくに話しかけて、リハを促していく様子が印象的だった。

この日は風の強い曇り空だったため、客足は例年に比べていまいちだったそうだけど、それでも常時200〜400人近い人が立ち止まってくれた。客層は最前に陣取り、いいところで合いの手を入れるおじさまたちから、ジブリメドレーに聴き入る親子まで。途中でダンスを踊り始めるご夫婦も。

演者も企業のサークルから学生、地域の友人らしき人たちと、いろんなグループが集まっている。バンドはどこも安定した音で、ファンがついているグループもあるくらいだった。衣裳も私服、Tシャツ、スーツといろいろで、バンドの空気が細かなところに現れていて観ていて面白かった。

私は途中からチラシ配りハマっていた。押し付けにならないように、興味を持ってくれた人にだけチラシを渡すのだが、「この人はチラシを欲している……のか?」というのを見極めながら渡すのに存外ゲーム性がある。欲しがっている人にチラっと目を合わせてうまく渡せた時は共同作業!という感動があって楽しい。

最後の組の途中から雨が降ってしまい、楽器は大丈夫だろうかとハラハラしながら観ていたが、リーダーらしき人が苦笑いしながら適切に切り上げ、なんとか無事に終わる。雨の中、見守るように観ていたお客さんに愛を感じた。撤収の時間にスコールが降ってしまい慌てたが、なんとか30分遅れで終了。

雨が一時的にスコール状態になり、音響機器をテント下に運ばなくてはいけなくなった。重い機材を手で運ぶことになったせいで、年齢層の高いボランティアチームは全員クタクタに。楽屋では労いの言葉も少なに、それぞれの行きたい場所にはけていった。

私は渋さチビずを観にドルフィーへ。ドルフィーは野毛のジャズバーだ。横浜に20年以上住んでいるが、ジャズバーに入るのは初めてだった。

狭い階段を上がると2階に古い扉。扉を開けると、細長い室内の奥の方に演者と客席が観えた。演者が見える席は埋まっていたので立ちながら聴いていたけど、疲れていてしんどい。細長い室内の半分はこれまた細長いカウンターになっているので、演者の姿が観えない最奥に座り込んだ。破れかかったイスに座ってあたりを見渡すと、古いジャズメンのイラストや写真が飾ってある。花瓶も酒瓶も。傷のついた黒いベニヤ板やレンガ造りの壁にもたれかかるように無造作に置かれている。でもなんとなく全体に馴染んだ空気があった。

「ああ、これが文化だ」と思った。横浜はジャズの街とハマのジャズオタクは言うけれど、日常生活ではそれを実感する機会はほぼない。でも、こういう妙にストンとくる空間があって、そこで音楽が聴けることがジャズの街ということなんだろう。しかし、感慨とは別に演奏はあまりストンと入ってこなかった。悪ふざけのバリエーションが多い、大人の演奏だなと思いつつ、疲れに負けた。

演奏が終わって外に出ると、ちぐさの前が賑わっていた。ちぐさは1933年からアル歴史のあるジャズ喫茶だ。2007年に野毛の再開発計画で一度のれんを下ろすが、店を愛する人々の力で現在の場所に復活した。かつて一度だけ入ったことのあるちぐさは、真っ暗な室内におじさんとおじいさんだけがいる玄人向けの空間だった。移転した場所は窓が大きく、外からライブが観られる。
中に入るとミュージックチャージが1500円必要とのこと。ジャズ祭の料金(スタッフパスだけど)のほかに1500円はねえだろ!と思ったけど、出て行くのも申し訳ないというか、みっともないので払う。

演者は弾楽。ピアノ、ギター、フルート、タップダンスのユニットで音にちょっと民族音楽で聴くようなお祭り感がある。汗とタップのリズムが組み合わさったライブは、火花が爆ぜているような明るさがあった。

ライブが終わって帰路に着く。帰宅してからジャズプロで検索し、さまざまな演者が出演していたことを知る。アニソンだけをやるバンドや、三味線とコラボするグループ、弾楽のようにタップダンスを演奏の一部にしているグループ……。

街角ライブでのMCで、客層に配慮してジブリを演奏してくれたバンドが「ジャズは形式のない自由なものなんですよ」という旨のMCをしていた。たしかに演者のバラエティーはとても豊かだし、懐が深い。

ただ、一方でなんとなく近寄り難い感じがぬぐえないのは何でだろう。若い人が少ないからか。衣装が皆カチッとしているからか。ネットでの発信力が弱いからか。なんか真面目そうでガツガツしてない感じがある。

アイドルはガツガツしていて常に嵐という感じだけど、ジャズ界隈は全体的に凪。不良と変態がいなくて、いてもおじいさんという印象だ。そういうものを望まない人も多いだろうけど、もっと嵐が吹くと退屈しなくていいのになあ。

そういうわけで、ジャズとの関係性を深めるためのボランティアはあまりうまくいかなかった。それはそれとして、ボランティアは楽しかったのでまたやりたい。