ホンのつまみぐい

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う「うどん」

 数年ぶりに思い出したうどんの記憶がある。

 飲み会で、メディア論の先生から「3月12日はじまりのごはんーいつ、どこで、なにたべた?ー」というプロジェクトを聞いた時のことだ。

 せんだいメディアテーク発のこのプロジェクトは、2011年3月12日、「震災を迎えた次の日に最初に食べたのは何か」を収集し、アーカイブとして記録するという試みだ。現在、収集した証言の一部はとぅぎゃったーで閲覧できるようになっており、写真は写真展という形で多くの人に共有されている。

 震災当時のことを積極的に語りたがらない人でも、「ごはん」のことなら比較的言葉にできるという。また、あまり目立った被害がなく、語ることがないと感じている人でも参加することが出来る、柔らかいアイデアだ。

 この話を聞き、自分が震災の次の日に食べたのが、うどんだったことを思い出した。営業先の川崎に降り、駅ビルの中で揺れを体感した。崩れ落ちた本を横目に、お世話になっている社員さんに誘導され、ビルの外に出た。自宅に電話をし、Twitterで状況を確認しているとあっという間に駅のシャッターが降りて、結局横浜駅まで歩くことになった。その後石川町にある友人宅にお邪魔したこと、数年ぶりに会った友人に赤ちゃんが出来ていて驚いたこともよく覚えていて、時々思い出していた。

 だけど、その次の日に、友人が朝食にあったかいうどんを出してくれたことは、その時まですっかり忘れていたのだ。

 記憶を掘り起こすと言うけれど、どちらかというと、経験で埋もれた記憶の沼の中から、釣り針でその記憶を釣り上げたような気分で、つられて3月11日以降のいろいろなことを思い出した。泊めてくれた友人にはその後、第二子が生まれて、仲の良かった営業先の社員さんはその後遠くに異動してしまい、私はその仕事を辞めてしまった。

 このプロジェクトは、場所によっては震災がどんどん遠いものになっている現状で、改めてその記憶を共有するための試みでもあるという。

 「あの日からのごはん」ではなく、「はじまりのごはん」という名称は、震災は自分たちの日常の延長線上にあるものだということを、記憶の中に実感として定着させてくれる。