商業BLにほとんど関心を示さないので友人に「Iさんは腐女子じゃないんですよね?」と言われたことがある。
商業BLはともかく、二次創作では同人誌を買い漁ったり、pixivを皿のように見つめたりした実績もあるのだが。萌えツボがニッチだから、あんまり萌え話をする機会がないだけで、腐女子じゃないことはないと思う、たぶん。
なぜ商業BLに触手が動かないのかはわかっていて、BLは基本的にはハッピーエンドだからだ。しかし、私が萌えるのは常に「最後に別れる」シチュエーションなのだ。
これまで萌えたカップリングには死別もあれば笑顔の別れもあるけれど、いずれも二度と会わないくらいの距離のある別れ方をしている。
これは、おそらく高校生の時に読んだ蜘蛛女のキスの影響が大きい。
蜘蛛女のキスは、異性愛者で頭でっかちな活動家の青年ヴァレンティンと、同性愛者で映画好きの中年モリーナの獄中でのコミュニケーションを描いた小説で、当初はまるで正反対の思考・性格だったふたりがお互い影響されあい、最後は獄中で愛し合う。ただし、モリーナはヴァレンティンに恋をしていたのだけど、ヴァレンティンにとってはモリーナはあくまで友人なのだ。また、ふたりの間にはこれ以外にも埋められない心の距離や思想があることが物語の中でたびたび示される。お互いを思いあうことはできるのだけど、通じ合えない。この切なさが、それぞれの死で終わるこの物語をより切ないものにしている。
愛し合った瞬間があっても通じ合わないことの切なさは、私が萌えを感じるものに通底している。
最高に萌えたカップリングのひとつに、賭博黙示録カイジのカイジと佐原のコンビがあるのだけど、このふたりにも混じり合わないふたりが一瞬だけわかりあう場面がある。両者ともに目標のない日常を送る若者で、おそらく互いに少しずつ軽蔑し合っている。裏社会でのゲームによって、不幸な形で多額の借金を背負わされたやさぐれているカイジ。佐原はそんなカイジに興味をもつが、その関心は金や裏社会への憧れに過ぎない。そして、ふたりは大金をつかむために始めたゲームで文字どおりの意味で命の危険にさらされる。生死の狭間でふたりは気持ちを共有するのだけど、それは直後の残酷な別れのために一瞬にして消え去ってしまう。
心が通じた瞬間や愛し合った瞬間はたしかに存在するけど、それが永続的なものではない、というシチュエーションが一番ぐっとくる。
愛情は本来なら、長い時間をかけて少しずつ変化をしていき、いつまでも更新され続けるものなのだろう。たとえば、よしながふみの「きのう何食べた?」で、ゲイのカップルがいざこざを重ねながら、互いへの愛情と尊敬を募らせていくように。それはとても人間的で、さまざまな感情が混ざり合った深みのある美しさがある。だけど、萌えとしてなら、愛し合った瞬間を瞬間冷凍して、ずっと思い出のままにしてほしい。更新されない愛情だからこその「永遠」。
蜘蛛女のキスは「だって、この夢は短いけれど、ハッピーエンドの夢なんですもの」という一文で終わる。そう、ハッピーエンドは短い。夢物語だからだ。そして、だからこそ、透明で美しい。
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