ホンのつまみぐい

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ヴィレヴァンが衰退した理由は品揃えのセンスが悪くなったからなのか?

 9月、「ヴィレッジヴァンガードはセンスを売っていたが、そのセンスを継承する社員教育が適切に行われていないため衰退した」という結論に着地する、以下の論考が話題となり、多くの議論を引き起こしていた。

大量閉店「ヴィレヴァン」経営が犯した最大の失敗 山ほどある判断ミス、一番まずかったのはこれだ | 街・住まい | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)

 ネットでは、最初は「昔はサブカルとの出会いを提供してくれるのがヴィレヴァンだったけれど、今は売っているものにも店舗装飾にもそういう楽しさがない」という話が広がり、そこから「いや、今でもがんばっている店はある」「無個性と言われる店でも、地方の若者にとっては大切だった」「そもそもガチな人はもともと絶対数が少ない」「人を安く使いすぎ」などなど、さまざまに広がっていった。

 「イメージ」を売っていたという谷頭の結論は一見わかりやすいが、ヴィレヴァン衰退の理由としてはあまりピンとこなかった。

 ヴィレヴァンが面白くなくなった理由に「イメージが共有できなくなった」「センスが継承できなかった」を挙げるのは正解なのかもしれない。

 しかし、テーマは業績不振である。

 そもそもヴィレヴァンは「売り上げを作るための教育」をしていたのだろうか? センスのいい売り場と売り上げの取れる売り場には相関関係があるのだろうか?

 2000年代前半、書店員をやっていた頃、大人向け絵本の営業に来た出版社の人に「こういうのヴィレヴァンで仕掛けてもらえばいいんじゃないですか」と言ったことがある。

 この場合の仕掛けとは、まとまった数を仕入れ、固定の売り場以外に大きくスペースを作って展開してもらうことだ。

 その時に「以前、別の本をヴィレヴァンに数十冊納品したことがあるが、立ち読みでボロボロになった状態の本を大量に返却されて、いい印象がない」と話していた。

 出版業界は基本返品自由なため、大量に仕入れて、売れなければ大量に返すこともできる。普通の小売は買い切りか、購入数に応じて一部に返品枠のようなものを設けて取引するため、仕入れのミスが命取りになる。本屋にはこのリスクがほぼない。

 本屋が大量仕入れの仕掛けに失敗するのはヴィレヴァンに限ったことではない。ただ、返品が続くと問屋(取次と呼ばれる)や出版社との関係が悪化し、今後の取引に影響を及ぼすため、多くの場合は関係性を維持できるよう調節しつつ、企画および手配がなされる。

 当時の出版社の口ぶりからするに「ノリで仕掛けるわりにちゃんと責任をもって売ってくれない会社」という印象をヴィレヴァンに持っているように思った。

 また、2010年前後だったと思うが、福本伸行好きの女の子が、ヴィレヴァンでのバイト経験を綴ったブログを読んでいたことがあった。

 もともと本屋バイトの経験がある彼女は、前任のサブカル好き男子が仕入れてストッカーにため込んでいた売れないA5の単行本をどんどん返品していき、カイジやアカギを大展開した。すると売り上げはあっという間に前年比を追い越してしまったという内容だった。具体的な数値は忘れてしまったが、200%とか300%とかいう大躍進だったと思う。

 ストッカーに売れない単行本を貯めてしまうというのは本屋の仕入れ初心者ありがちだと思う。好きな本だから簡単に返したくない。だけど、売れるあてはない。売り場のストッカーは自分の本棚ではないのに、返品に踏み切れなくてついついため込んでしまう。自分にも経験があるからよくわかるが、仕入れたものを返品する勇気も、意外と指導されないと身につかないものなのだ。

 福本伸行作品を仕入れた彼女は「自己満足じゃなくて、売れるもの(客が欲しがっているもの)を仕入れるべき」という意識で売り場を作っていたようだった。

 彼女の前任者は「売りたいもの」はあったが、「売れるもの」を探す力や「客がほしがっているもの」を考える力がなかったのだろう。しかし、これは前任者の力不足というより、ヴィレヴァン社員教育をしていなかったことの弊害のように感じた。

 本のような商品の場合、どうがんばっても大量には売れないものも存在する。1日数百冊売れるものと、1年に1冊売れたら御の字の商品を、同じ空間で売ることができる幅広さが本屋の面白さのひとつだ。

 前任者も「これを多くの人に読んでもらいたい」と思って仕入れていたのだろう。そういう内的動機はとても大切なものだ。

 ただ、本屋は売り上げで販売の場を維持し、雇用者の生計を立てている。当然、売り上げを作ることも大切な仕事のひとつである。

 ヴィレヴァンから「好きなものや面白いものを大量に売りたい」という気持ちを感じることはよくあった。しかし、「売り上げのために」という意識や、そのための職能の継承があったのだろうか。

 ジョークグッズやサブカル色の強い書籍を販売することで、通常の本屋と違った刺激的な場所として人々に愛され、さまざまな文化との出会いを提供していたことは間違いない。

 しかし、返品可能な出版業界の形態に甘えて、本を「売り場のわくわく感のための装飾」として扱い、その売り上げには無頓着だったという面は確実にあっただろうし、好きなものやセンスのいいものを売る店というイメージは、数字を直視して店舗の維持のための知恵を絞るという職務から目を背けさせていた部分もあると思う。

 去年末には全国の書店数が8169店舗になったと発表されていた。業界全体が縮小する中、ヴィレヴァンだけがその向かい風を免れるわけがない。本、雑貨、CD、お菓子……これらの販売店で衰退していないところなどないだろう。

 センスが提供できなくなったから衰退したというより、これまではざっくりした売り方でも維持できていたものが、インターネットの発展とこの世界的な不況によって維持できなくなっていったというほうが、しっくりくるように思った。サブカル的にセンスのよい品物は、おそらく昔から今までずっと、対して売れていない。

 余談になるが、今回のネット議論で意外だったのは、ヴィレヴァンのエログロコンテンツ撤去についての話題がそこまで出てこなかったことだ。

 2011年8月ごろに、本部指示でエロ・アングラ商品が撤去されることになったというのが話題になった。この変更がヴィレヴァンの売り上げにどのような影響を与えたかによって、「仕入れが変わったことによる売り上げの変化」というのが存在するのかどうかが見えてくるのではないか。しかし、売り上げの伸長はさまざまな要素が絡み合う部分だし、今からの調査は難しそうだ。

ヴィレッジヴァンガードからエロ・アングラ商品撤去、に関するツイート - Togetter [トゥギャッター]