ホンのつまみぐい

誤字脱字・事実誤認など遠慮なくご指摘ください。

夢日記1119

夢日記を精緻につけると心が不安定になるといいますが、たまに忘れたくない魅力的な夢を見ることもあるので、無理のない範囲で書いていくことにしました。

 

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車でないとたどり着けないような、地方の人通りのない幹線道路沿いにある美術館らしきところを目指して急いでいた。

そこでしか観られないライブ(どうやらBiS階段的なもの)を見るためには、乗り継ぎのミスなどが許されない。

古い地方美術館らしい、赤レンガがクラシカルな会場に着くと、美術館脇のプールのような池のようなところに、ウルトラ怪獣くらいの大きさの黒々とした巨大なウツボがいてバシャッと跳ね飛んでいた。

全身は見えなかったけれど、その頭と上半身のシルエットだけでもその巨大さは体感できて、少しわくわくした。

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明らかに寝る前のブログに「ドイツ文化センターでノイズのライブを観た」ことを書いたことが影響しています。

幹線道路沿いの美術館という状況は、山の中にぽつんとたたずんでいる市原湖畔美術館に行って、「ああ。死んだらこういうところに行きたいな」と思ったのが反映されていそう。

hontuma4262.hatenablog.com

 

ノイズミュージックはラーメン二郎/This Remortal Coil@ドイツ文化センターにZVIZMOを観にいきました

元BiSのテンテンコが蛍光灯音具OPTRON(オプトロン)プレイヤーの伊東篤宏と組んでやっているユニット「ZVIZMO」を観るという目的で、ドイツ文化センターに行ってきました。

インスタレーション、トーク、ライブ: This REmortal Coil - Goethe-Institut Japan

ZVIZMO

ZVIZMO

 

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会場はセンターの講堂と講堂入口前のスペースを交互に使っており、体育館としても使えるような開けた会場に、服装も年齢もばらばらな人々がぱらぱら群がる様子は、ライブという言葉の持つ高揚感とは距離があり、ちょっと不思議な光景でした。

唐突にアナウンスされたこのイベントがどんな目的で開催されたのかはイマイチわからなかったのですが、とにかくノイズやアンビエントといった、通常の音楽イベントでは異分子として登場するようなメンツが揃っているようでした。

ノイズはBiSやゆるめるモ!が非常階段とコラボしていた頃に観たきりなので、起こることがいちいち新鮮。

まず驚いたのが「ノイズの人は楽器を自作する」ということ。

・「見た目ほぼ蛍光灯」の光る打楽器
・音と関係があるのかは不明なブラウン管TVやアンテナを配置した装置(あとで調べたところ、あくまでインスタレーションで楽器ではなかったようです)
エフェクターらしきものを両腕で抱え、振り回しながら音を出す

などなど。

楽器や演者のたたずまいに、SFというには少し古臭い昭和特撮的なあどけなさがあって、何となく親しげな気持ちになりました。

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ところで、私はノイズは非常階段と、彼らが企画したイベントでのセッションしか観たことがなかったのですが、非常階段ってノイズの中ではエンタメの部類なんですね。音が華やかだし、感情的。

Black Smoker recordsのイベントでは前衛的に見えたK-BOMBのユニットがむしろわかりやすく、楽しく聴けたのが面白かったです。

 

5月前半に参加したイベント(ウテギャ&963、Erection10周年、BLACK SMOKER RECORDS20周年、UNDERHAIRZ「ラップ酷いリリック烈伝」) - ホンのつまみぐい

この日のノイズはだいたいが聴き方がよくわからない感じでしたが、冷蔵庫が鳴らすブーンという音をのばしたり引っ張ったりしたような演奏など、懐かしい気持ちになる瞬間もありました。

K-BOMBリスペクトのぽじくんとお友達のなべはるくんが来ていて、ぽじくんのCDを買ったりもしました。

さて、ZVIZMO。

さっき書いたように、私はまだまだノイズの聴き分けができるほど音に対して柔軟ではないので、ZVIZMOがやっていることをうまく受け止めて表現できないのですが、BiS在籍中はとがったことをやろうとしつつも、いまいち自分をコントロールしきれずにその攻撃的な面だけが目立っていたテンコが、こういう大仰な舞台でさまざまな人の注目を集めながらどうどうと好き勝手な音を鳴らしている姿はとても清々しかった。

それを、別のジャンルの音楽がきっかけで出会った若者と同じ空間で観ているという状況も含めて、気持ちが明るくなる夜でした。

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phewまで見たかったのですが、病み上がりなので断念。

帰り道で青年二人と

私「ノイズってたま~に聴きたくなるけど、ガチのイベントには行きづらいんだよね。昔応援してたアイドルが出る・無料というきっかけがあってやっと行くみたいな感じ」
ぽじ「それありますね。ラーメン二郎みたいな感じで、たまに食べたくなるみたいな」
なべはる「それ、行って後悔するやつじゃん」

という話をしたのが楽しかったです。ノイズはラーメン二郎かあ。

 

参考までに、テンテンコがアイドル時代のラジオで発表した曲。自分の咳やささやきをサンプリングして作った曲を流してました。

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「劇場をストリートにする」という謎企画「ワーグナー・プロジェクト」でのサイプレス上野とロベルト吉野のライブがしみじみよかったです

ワーグナー・プロジェクトでのサイプレス上野とロベルト吉野のライブ、配信で観てました。ペリスコープだけど面白かった。

 

ワーグナー・プロジェクトは「劇場をストリートにする」というキャッチコピーで始まったKAAT(神奈川芸術劇場)のプロジェクトで、オーディション、シンポジウム、ワークショップ、ライブ、グラフティなど多彩な方法でヒップホップカルチャーを劇場に出現させるというもの。

ワーグナー×ヒップホップ? 異色演劇プロジェクトの初日をレポ - レポート : CINRA.NET

ヒップホップシーンのライブ参加者はKダブシャイン、ベーソンズ、NillNico、GOMESS、サイプレス上野とロベルト吉野というけっこう豪華な座組みでした。

 

理論武装できるKダブシャイン、ダースレイダー。ポエトリー寄りのラップで、フリースタイルでのワンマンの経験もあるGOMESS。ヒップホップ文化の伝道者としてのサイプレス上野とロベルト吉野かな。

 

横長の会場の両壁面に階段状の段差を作り、そこに腰かけることができるようにする。さらに鉄骨を張り巡らせて空間を上下に行き来できるようにし、中央の空間をステージにするという、会場に広場を作る構造。

 

それだけだとどのようにでも見えるセットなんですが、全体に布スクリーンやグラフティを張って、ストリート感というかヒップホップカルチャーとの接点を作ってました。

 

サ上とロ吉はタンテをフロアに置いてルーティン・定番曲のつなぎからWalk This Way(アセ・ツラ・キツイスメル)で、階段の一番上に。

サビの「アセ!ツラ!キツイスメル!」でこぶしを振り上げるところ、何回見てもめちゃくちゃダサいなー。バカだなー。最後に二人で手を合わせる振り、応援団ノリなんだろうなー、かわいい。

ターンテーブルの前に戻ってB-BOYイズムのレコードをスクラッチして、チューリップ演奏。からのコールアンドレスポンス。演劇ファンが多かったと思うので、こういうわかりやすく参加できる遊びを持ってるの強いですね。

 

そこからNONKEY、LEON a.k.a.獅子、イチヨン加えてのサイファー。

昔話やヒップホップありがちヤンチャ話に加えて、時にサイプレス上野がお客さんをくどいたりするコミカルなサイファーに、お客さんの笑顔が親しげなものになっていくのがとてもいいです。

しかし、サイファーに加わる人がいないのが、ちょっと「催し物」という感じがしましたね。でも、「漢たちとおさんぽ」の企画で戸塚のサイファーに行った時も、やってる子たちが乗ってこなかったと話してたから、そんなもんなのかな。

 

サイファーが一息ついてから、サイプレス上野の提案で「さっきディスクユニオンで買ってきた、初めて聴くレコード2枚を回して、いい感じのところをスクラッチする」という企画にチャレンジ。

 

ロベルト吉野がとりあえずレコードを回すと、流れてきたのはラテンアメリカっぽいバラード調の曲。私も含め、何がしたいかよくわからないという感じの周囲をよそに、緊張気味に音に集中する様子のラッパーとDJ。スクラッチを入れる場所を探しているロベルト吉野に、ついつい「ここ(で入れれば)いいじゃん!」とチャチャを入れてしまうサイプレス上野……。

 

そんな場面もありつつ、ロベルト吉野のスクラッチが決まったのを見て、「おれは猫が爪をといだらそれがスクラッチって話をしてるんだけど」「こういう遊びの中から何かを発見していくのがヒップホップだと思うんだよね」と話す。ヨコハマシカの「遊びの延長に 息吹 意味持たす」を思い出します。

 

さらに、ロベルト吉野がレコードを長めに引っ張って、元ネタの音を活かしてループさせたのを聴いて「おーっ!ビートが出来た!」「これがサンプリングだよ!」というサイプレス上野。元の音の特性によるものだけど、このビートが「ふわぁ~ん」という感じの何だか浮遊感のある音だったのがなんかとてもよかった。

 

そのまま出来たてのビートでのフリースタイルから、ヒップホップ体操第二だったかな。ある人は階段の上で遠巻きに、ある人はフロアに降りて演者を取り囲むように観ているという、公園のような会場。それがヒップホップ体操第二のトラックと、サイプレス上野のかけ声に合わせて一つの動作を繰り返していく。

 

最後は「自分たちの町の歌」でドリームアンセム

ドリームアンセムのサビの

 

いつまで経っても子供のままで
大人になっても子供に戻れる

 

が、とても好き。「いつまで経っても子供のままで」と歌いながら、故郷への愛を語る姿は間違いなく大人というのがホントいいと思うんですよ。大人になったからこそ歌える、自分たちを育てた時間への感謝。ライブだと「Yeah まだ遊ぼうぜ」というロベルト吉野の無骨なシャウトが染みます。

 

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クラブミュージックって、その出自からしても、現場の有様からしても「仲間と遊ぶための音楽」という面が強いと思うんです。

だからたまに疎外感を感じることがあるんですけど、サ上とロ吉はいつも「自分たちは同じ空間で音楽を楽しんでいる仲間だ」と門外漢にも思わせてくれるようなライブを作ろうしていて、この日はそれがちゃんと会場の演劇畑の人にも現代美術畑の人にも彼ら彼女らが連れてきた子供にも伝わっていたように思えました。

音楽は私にとっては信仰の対象じゃないんですけど、だからこそ彼らの「音楽と共にあることの幸福」を素朴なまでに信じ切る姿勢とか、それをちゃんと身の回りの人に伝えていこうとするところにグッときます。

いつまであるかわからないけど、↓のリンクでアーカイブ観られます。

 

 

 

……ところで、ワーグナー・プロジェクトには「劇場をストリートにする」というキャッチコピーがついていましたが、その成果はいかがだったんでしょうか。

 

ブッキングはハズレがなくて、吉田雅史、佐藤雄一荏開津広(音響監督)、瀬尾夏美に山下陽光、磯崎新、柴田聡子と明らかに面白い人をいっぱい呼んでいたし、配信楽しんでた立場としてはありがたいなってかんじではありますが、一方で「めちゃくちゃ金かけて面白い人たくさん呼べばそりゃ面白さ担保されるでしょ」っていう気持ちにもなるわけで……。

 

プロジェクト終了後に見つけた演出の高山明のインタビューによると、

今、自然発生的に出来るコミュニティは同質なものにしかならないのではないか。「トランプ反対!」と言って人が集まっている構造さえ、同質的なものかもしれない。劇場という場もそのままにしておいたら、どうしても同質の集団になっていきます。僕はそこに自覚的でありたい。自然発生的にコミュニティがつくれるフリをするのではなく、演劇のような小さい世界だからこそ、人工的に雑多な人たちが集まる場をつくれる可能性があるのではないか。劇場にもう一度帰る意図はそこにあります。

performingarts.jp

ということらしいですが。

 

私、現場にいた人の

 

サイプレス上野とロベルト吉野のライブ。地元横浜の友人たちも参加してMCすると、上野さんがうれしそうに笑ってた。いろいろ込み上げたんだ。ハイソな芸術劇場に、道端から生まれたヒップホップが大音量に響いてるんだよ。『ワーグナー・プロジェクト』は、社会を縦に貫いてつなげたんだ。」

 

というツイートを読んで、「いや、ふだんハイソな劇場にいるきみらが、もうちょっとストリートに降りてくればいいのでは」と思っちゃったんですよね。いうて、地域の商店街のイベントだって社会を縦に貫いてるし、それこそアイドル現場とかめっちゃいろんな生き方の人いて、定期的に酒飲んだりおしゃべりしたり、時にはアイドルの応援をダシに一緒に何かを作ったりしてますけど。普段ストリートって呼ばれるものやそこにいる人たちに全然興味持ってないから、たまにおんなじ空間にいると物珍しくて感動するとかそういう話では?ってね。

 

もちろん、場というのは種類や数があればあるだけいいというのもわかっているし、そもそも観た人がちょっとつぶやいたことの揚げ足を取ること自体が品がないというのは理性では分かってるんですが、感情レベルではちょっとひっかかりました。

 

なんか、あるじゃないですか、地元のヤンキーの生態見て、普段は都会で遊んでる文化人が、急に「これこそ人と人とのつながり」って言い出すみたいなの。そういう一種のオリエンタリズムにはどれだけ自覚的だったのか。オーディションで形成したクルーの成果はどうだったのか。これだけいろんなシンポジウムをやったのに、アーカイブ化されないのとか。そのへんもちゃんとしてほしいな、とは思いました。

社会福祉機関としての図書館を書く「青い図書カード」(ジェリースピネッリ)

図書館を舞台とした少年少女のオムニバスストーリー。

スピネッリの「少年少女が何かと出会って心を解放していく」表現がとても好きなのですが、「青い図書カード」はそれがすべて本であり、図書館であるという意味で、本好きが読んだらニコニコしてしまう内容でしょう。

たとえば、1話目の「マングース」は中学生になり、幼なじみの万引きにつきあっていた少年が、図書館で「不思議あれこれ」という科学の本を読んで、知的好奇心を培う話。

本を読む快感をスピネッリはこんな風に表現します。

まるでバナナパフェを食べるときと同じだった。どこもあまりに魅力的で、一か所つっつくとほかのところもすぐにつっつきたくなるのだ。ただ、バナナパフェの場合、食べ終えるともう二度と食べたくないくらいおなかがいっぱいになるのに、この本の場合は、朝、がつがつ食べても、昼にはまたいくらでもはいるのだ。おなかとちがって、「不思議あれこれ」はどこへいくのか、どこまでもかぎりなく吸収されるのだった。

 

もう一つちがいがある。バナナパフェを食べるとき、マングースはとてもいやしくなる。人にとられないように、しっかりとガードをして食べる。(略)ところが本の場合、自分だけでは満足しないのだ。他の人にもおいしさをわけたくなる。

ただ、スピネッリらしく登場人物のおかれた状況は時にハードです。

たとえば、3話に登場するソンスレイは、麻薬中毒により母を幼い頃になくし、面倒を見てくれる叔父との車生活を強いられます。ソンスレイが行く町ごとで暴力をふるってしまうため、同じ町で生活が出来ないのです。ただ、ソンスレイの荒れた行動には、ひとつ理由があり、そこに彼が本と出会う意味が存在するのです。

ソンスレイが求める本と出会った瞬間に、心に到来する感情の暖かさは思わず目頭が熱くなりました。

登場する子供たちは必ずしも社会的に恵まれた立場におらず、これまで読書あるいは図書館に接することなく生きてきた子も多数登場します。彼ら彼女らは一人でじっくりを本を読むこと(またそうしたある種の隠れ家を持つこと)。読書によって過去と向き合うことを経験して変化していきます。

ありがちな本好きによる同類捜しの物語や、読書体験を特権化する物語で終わらず、社会福祉的機関としての図書館の価値を丁寧に描いていることが本書の優れている点と言えるでしょう。

それはそれとして、その後が描かれなかったウイーゼルの今後が心配です……。

青い図書カード

青い図書カード

 

BL・レディコミ・TL-女性向けポルノを読み解く丁寧な試み「欲望のコード―マンガにみるセクシュアリティの男女差」(堀あきこ)

最近、「BLって女の子にとって何なんだろう」と思うことが多かったので読んでみました。もちろん、BLの読者は女の子だけではありませんが、ここ最近の私の関心が「女の子にとって」なので、あえてこの文章でも「女の子にとって」を強調します。

 

本書は「はじめに」で“「性的表現を含む女性向けコミック」に表れている女性のセクシャリティ観は、男性向けポルノコミックに表れているセクシャリティ観とは、異なる価値観によっている”とし、女性向けコミックにおける性表現について追及しています。

 

レディースコミック、ティーンズラブ(TL)についても取り上げられていますが、このエントリではBLについてのみ取り上げます。

 

・BLは伝統的な女性性規範からの逃避先
・BLには性描写が求められることが多い
・女性が男性を性的対象として見るための工夫

 

というのを前提に、具体的な作品をもとにした細かな考察があり、面白く読めました。

たとえば、BLコミック『お金がないっ』には借金のカタに売られて奴隷になった受けが攻めに買われてレイプされる場面があります。一見すると権力を行使する攻めに従属する受けの物語でしかない描写ですが、著者は攻めが愛を語るモノローグに注目し、「恋愛という権力関係において、支配者は実は受けである」という事実を見いだします。

こうした入り組んだ価値観を前提とした楽しみ方は、BL読者にとっては自明ですが第3者にとっては理解しづらい。丁寧な整理がなされることにより、女性にとってのBLの重要性がわかりやすく説明されています。

 

また、一方で「ヤオイ作品の多くが(ある種)の異性愛規範を内面化していることは、現状も変化していないのだ。」という指摘もあり、これがとても重要だと思いました。

 

これに自覚的でないことによって、精神的に宙づりでいるというか……。やおいを楽しみながら、その行為そのものを「異様なこと」と定義づけて引き裂かれている女の子が少なくない印象があるので。

 

つまり

・女性であることにより、自身を「傷つけられる性」であると強く感じている
・「性的なことを楽しむ」が誰かを傷つけることであると感じている
・客観的な立場でいられるBLをポルノグラフィーとして楽しむ
・BL的な読みを楽しむことは、性によって誰か傷つけることであると考えてしまう
・BLを読んでいる自分を異常であり、それを第3者に見せてはいけないと思う

 

という混乱した状態の女の子って少なくないと思うんですよね……。

でも、二次創作的な文脈において、ネタ元の作者や当人とかには恥ずかしくて(嫌われたくなくて)言えないかもしれないけれど、異常と思って否定するのも間違いだと思うんですよ。

 

いや、思いますじゃなくて、明確に間違い。だって本当は「性的なことを楽しむこと」と「誰かを傷つけること」はイコールじゃないから。たとえ、社会にそのような権力関係が蔓延していても。しているからこそ、「本来はそうじゃない」って理解することが大事なんだと思います。

 

そういうちょっとナイーブで複雑な、様々なことが整理されたよい本でした。BL研究したい人はもちろん、性について考えたい人にはぜひ読んでほしいです。

欲望のコード―マンガにみるセクシュアリティの男女差 (ビジュアル文化シリーズ)

欲望のコード―マンガにみるセクシュアリティの男女差 (ビジュアル文化シリーズ)

 
お金がないっ 1 (バーズコミックス リンクスコレクション)

お金がないっ 1 (バーズコミックス リンクスコレクション)

 

 

wan.or.jp

「医者でラッパーは人生を賭けたボケなんです」―天然ボケになれない努力家MAKI DA SHITが語る音楽をあきらめない生き方

第一印象、デカい。第二印象、司会が達者。第三印象、ライブがうまい。しかも大学生のうちからアルバムを出している。その上医大生。「なんだ、そのスペック」というのが、大学生ラップ選手権で、主催者兼司会として登場したMAKI DA SHITへの第一印象だった。

 

ただでさえ忙しい医大生という立場なのに、活動の手をゆるめない姿勢。はたから見ればずいぶんハイスペック。でも、実際に会うと腰が低くて、「えへへっ」という笑い方が人懐っこい。

 

青森から上京し、医学部で学びながら音楽活動を続けるという、多忙を極める生活を送る彼に、日本語ラップへの思い・上京した人間としての葛藤・今後の展望などを聞いてみた。


RHYMESTERの「ONCE AGAIN」で号泣した浪人時代

ーラップをはじめるきっかけを教えてください。

もともと人前で何かをするのは好きで、ラップ自体もずっと聴いてたりしたんですけど、本格的にラップを始めようと思ったのは大学浪人の頃ですね。

ぼくは2浪していて、1年目は青森の自宅、2年目から上京して渋谷の予備校に通ってたんです。田舎からいきなり渋谷に出てきたのと、ぼくが誘惑にとことん弱いのとで「いったん東京の遊びを覚えたら絶対に医者になれない」と思って。必ず予備校に1番近いモヤイ像の方からしか降りないっていうルールを決めて、ハチ公口には近づかずに、電車移動中も勉強していたんですよ。初の東京での一人暮らしなのに……。

その浪人中、あまりにもしんどくて気持ちが落ちていた時にRHYMESTERの「マニフェスト」を聴きまして。その中の「ONCE AGAIN」って曲の歌詞が死ぬほど刺さって、自習室で静かに号泣するっていう。 当時は勉強に加え慣れない東京の生活のせいもあって心がだいぶ弱ってたのでRHYMESTERの数々の楽曲から力をもらい勉強、勉強、でたまに自習室で泣くっていう、気持ちの悪い浪人時代を送ってました。あと、握手会とかライブとかは一切行ってないんですが、AKBグループにも癒されてました(笑)

その時期に「関東の医学部に合格したら、医者を目指しつつ絶対ラップをやろう!」と思って。当時は「ラップに合格させてもらった」くらいの気持ちがありました。

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ーそんなMAKI DA SHITくんは、2016年にすでにCDをリリースしていますが、アルバム制作や曲作りはどうやって始めたんですか?

最初は勝手がわからなかったし、知り合いもいなくて。2011年頃は今ほどサイファーも盛んじゃなかったんです。そんな中、町田でMCバトルがあるというのを聞いて、大学2年生の頃にエントリーしたんですよ。案の定負けたんですけど、そこでVANILLAくんというラッパーを知りました。あとでTwitterで彼のことを調べたら、RHYMESTER結成のきっかけになった音楽サークルの早稲田GALAXYに所属していて、SKY-HIさんやサイプレス上野さんとも普通に絡んだりしている。しかも見た目もラップ内容も「あまり怖くなさそう!!!」って印象で。「これは仲良くすべきじゃないか」と思って、「弟子にしてください」みたいな変な絡み方をしたんです。

ーほんとに弟子にしてって言ったの?

DMで言いました。めっちゃ引かれましたけど。当時VANILLAはBUZZBOXってクルーを組んでいて、GALAXYの看板クルーだったんです。「ぼくもラップやりたいです!」とかいう感じで仲良くなって、彼らが主催したBBQにちょっとエエ肉を持ってすり寄っていったりして。へへへ。

VANILLAには曲の録り方やスタジオの使い方など、活動の基盤を教えてもらいました。後にぼくと彼でバイオレンスチワワというクルーを組むんですが、それは結局オリジナル楽曲を出すに至らず。現在は謎の休止状態っていう……。

 

MAKI DA SHIT(バイオレンスチワワ) | Free Listening on SoundCloud

レコーディングの仕方を2013年くらいに覚えて、2014、2015年にバトルに出まくって、ライブのオファーをいただいたら、毎回少しずつ違う凝ったものを出して。名前が知れてきたタイミングでアルバムを出しました。

ーアルバムはどのくらいの時間をかけて作りましたか?

コンセプトアルバムというよりは、第一弾音源集といった感じで、2013年後半から2015年頭までに録ったものが中心なんですが、色んな人に出会ったりトラックを購入したりしながらその時々に感じたことをラップしています。

表紙だけは山形でグラフティを描かれているSOLIDさんという方にお願いしたんですが、それ以外は歌詞やブックレットもお試し版のAdobeyoutube見ながら操作して、なんとか一人で制作しました。荒削りな部分も多いと思うんですが、協力してくださった方の力もあって、手売りのわりにはそこそこ売れてるみたいでうれしいです。

ーMAKIくんはライブがうまいから、ライブを見て買ってくれる人も多いよね。

ありがとうございます。ぼく、今まで人生を注ぎ込んできたものが「お笑い・ダンス・ラップ」でして。ダンスは中学校から大学3年くらいまで、ポップダンスやロックダンスと言われるものをやってました。舞台での魅せ方や構成はそこで磨かれた部分が大きいと思います。

あとは、お笑いや落語に影響を受けてからしゃべりを研究していた時期があったので、常に面白い見せ方というのは考えてますね。

小学生の後半にお笑いにハマって、ケーブルテレビのマニアックな吉本のチャンネルを食い入るように見たり、NHKでやってたオンエアバトルをネタ毎にノートに記録してたりしました。

その前までは口げんかで相手を泣かせるのが唯一の喜びみたいな超絶嫌なガキだったんですけど。これはよくないと思って、漫才やバラエティー番組からトークを勉強しはじめたんです。小5から中2くらいまでは気に入った漫才を暗記して、それを暗唱したり、友達に聴かせながら登下校していました。漫才の暗唱って気持ち悪いですよね。でも、そういうことをしていたおかげで、中学から面白キャラが定着して。

あと、もともと人前に出たいって気持ちはあったんですけど、それと同時にいつからか「わかっててバカやる人」にすごく憧れていたんです。本当はむちゃくちゃ頭いいのに全力でバカやってるビートたけしさんとか。ぼくの「医者をやりながらラッパー」っていうのも、ある意味で人生を賭けたボケというか。「一旦、医者になる」っていう贅沢すぎるフリのあとに面白いことしてたら、フツーにボケるよりずっと面白いかなぁって。一生ツッコまれる側でいたいです。

アルバム内の「NO FUTURE」って曲でも書いたんですけど、今って何かあれば人の揚げ足をとって炎上させるみたいなトゲトゲした空気感があるじゃないですか。マキタスポーツさんの「一億総ツッコミ時代 (星海社新書)」って本にぼくの言いたい事が丸々書いてあるんですけど、やはり精神衛生的にも、こんなご時世はあれこれ目くじら立ててツッコミ続けるより、ボケに徹する方が絶対楽しいなって。

―個人的に気に入ってる曲はありますか?

あっこゴリラ、KZさんに参加してもらった「巡り合わせ」は評判がいいですね。これは最初に、ぼくのリリックと曲名を渡した上で「それぞれが思う人とのつながりについて書いてほしい」という漠然としたお願いをして録ってもらいました。

あっこゴリラからバースをもらった時は、彼女がゴリララップを一切せずに、普通にテクニカルなラップをかましてくれたことに衝撃を受けました「え、フツーに超うめえぇ」ってのと、ナチュラルな普段の自分を出してくれたのがうれしかったですね。

KZさんは梅田サイファーのベテランMCで、梅田の歩道橋周りから見える人間模様と、そこで自分が培ってきたことをなんかを書いて下さって。実はあまりお話したこと無い状態でオファーしたのですが、快く受けてくださって感謝しています。

歌詞から見えてくる場面はそれぞれ違うのに、1曲で聴くと、どこかまとまって聞こえるのがまさに巡り合わせという気がしますし、何よりDJ HAYAMAくんのビートがとてもいい温度感で。彼は同じ青森出身という縁もあって誘わせて頂きました。あとは「クソな世界で踊ろうぜ」ですかね。

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-ライブで盛りあがりそうですね。あとは冒頭のオオイエくんのシャウトがめちゃくちゃ面白い。

クソな世界で踊ろうぜ by MAKI DA SHIT(バイオレンスチワワ) | Free Listening on SoundCloud
この曲は旧風営法でクラブ経営の風当たりが強くなったタイミングで書いた曲です。当時こういうテイストの曲は多かったんですが、ダンサーだった経歴も踏まえて歌詞を書いたので、反風営法的なメッセージに加えてB-BOY賛歌的なニュアンスも盛り込まれてます。

あとは、サラリーマンが酔っ払って週末にちょっと無茶して騒いでるみたいなイメージを入れ込みたくて、オオイエくんのシャウトを入れています。

彼のラップはヘタウマな感じが魅力なんですけど、最初スタジオに連れてったら、緊張のせいかとんでもなく大根役者で。お酒呑むといい感じになるのを知っていたので、仕方なくストロング缶2本飲ませたらすごくいい感じで録れました。

あと、フックの「クソな世界で踊ろうぜ」は最初に浮かんだフレーズなんですが、コール&レスポンスすると楽しいかなと思って。そこはちょっと狙いました。


ー私が個人的に好きなのは北の地下サイドですね。

これは地元や隣県の人に協力を仰いで作った作品ですね。HI-SOさんは隣の中学出身のモロ地元の先輩で、かのKREVAさんの公式REMIXなんかも手掛けたことがあるベテランの先輩ラッパーです。R.O.Gは隣県・秋田を牽引する若手で、バトルで知り合いました。

医大生キャラは正直無理があると思ってる
ーあっこゴリラ、MC松島、呼煙魔、BEAT手裏剣(BATTLE手裏剣)と、参加者の幅がすごく広いけれど、これもバトルで作った人脈なんですか?

割とバトル繋がりも多いですね。バトルで当たったことがきっかけの人もいれば、現場で話しかけて仲良くなった人もいます。

ーけっこうぐいぐい攻めるタイプなんだね。

本当はシャイです。でもやらなきゃと思ったら意外といけるみたいな。えへへ。特にあっこ(ゴリラ)は絶対売れると思ったので、彼女がバトル界隈に出入りしているうちに曲作っておこうと思って(笑)

バトルに関して言えば、昔は仕込んだ韻だけで勝ったりしていたんですけど、それじゃ楽しくないし代わり映えしないじゃないですか。ストリートでの武勇伝もないし。そういう中で、ぼくの武器ってなんだろうって思ったときに、医大生という部分かなって。

 

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ーうーん、でも医大生って正直そんなに特色が出ないような気がするんだけど。そもそも学部でキャラつけってのがちょっと無理があるというか。

……そうなんですよ。これは正直言って、まだまだMCバトルとかちょっとしたイベントで成立する小手先のキャラだと思ってて……。まだ大して経験も無いし、医療に対する専門性もないですし。「頭がいい」「将来が安泰」くらいのイメージなのかなぁ。

 

でも、これから医師としての経験をどんどん積んでいって、それを、ぼくが作ってきたラッパーとしての鋳型に注いで、ちょっとずつ形を変えていければ、いつかは面白いことになるんじゃないかなとは思ってて。

ただ一つ問題なのが、見た目もデカいし、医大生っていうのでちょっとお堅いと思われてるのか、ヒップホップの現場ではあまりキャラが発揮できてないんですよね。大学との兼ね合いもあって、イベント出没率も高くはないので仕方ないんですが、ラッパーですごい仲良いってやつもそこまで多くはないし、ちょっと寂しい思いもしてるんです。本当は中・高・大と学校では身体張ってバカなことやるようなタイプだったので、全然みんなにイジってほしいんですけどね。

ー制作において影響を受けたアーティストはいますか?

制作というよりは、キャラや振る舞いも含めたラッパーとしての立ち位置的なものなら、RHYMESTER宇多丸さんとサイプレス上野さんですね。めっちゃ理想を言えば宇多さんとサ上さんを1:2に内分したくらいのポジションにいけたらいいなと……。

ぼくは一時期ヒップホップを聴いていく中で、ルーツを知れば知るほど、共感できないというか、「自分が聴くような音楽じゃないのかな」とか思うようになった時期があって。自分はド田舎ではあったものの、メチャクチャ恵まれた環境で生活してきたし。それこそ差別の類なんて経験してないし。


そんな中で自分に特に刺さったのがやはり宇多丸さんで。宇多丸さんの膨大な知識量とそれに基づく説得力やユーモアで自身の経験や価値観をラップしていく感じに凄く惹かれました。ラジオ番組なんかも通して、オタクであることの強さや面白さを習ったのも宇多丸さんです。もしかしたら、医師の息子という共通点にもシンパシーを感じていたのかもしれません。

田舎だったからかもしれませんが、ぼくが小中学生の2000年前後って、まだ今ほどオタクが市民権を得ていなかった気がして。ぼくの周りでもアニメ好きやアイドル好きもいましたが、ちょっとコソコソ日陰でそういう面を発揮してたというか。ぼくもモーニング娘。が小学生の頃好きだったんですが、番組録画するときはVHSの見出しには「コナン」って描いてましたから(笑)


でも、ゼロ年代後半になって随分世の中変わったじゃないですか。インターネットの普及とかが直接的なきっかけかと思うんですけど、フツーにそういう人が面白いみたいにとられてきて、テレビで濃いオタクにしゃべらせて面白がる番組が出てきて。今は濃淡こそあれど、もはや1億総オタク時代だなと。


ぼくは、そのオタクが社会で市民権を勝ち取る過程を、勝手に黒人がヒップホップを使って市民権を得た姿に重ねてしまって。「ある意味これってヒップホップ的じゃないか!」と。そんな謎の自論も相まって宇多丸さんは未だ1番の憧れの人です。

あとは、アーティストとしてのふるまい的な面でいうとサ上さんです。ラジオも書籍も面白いし、ヒップホップ全開の時もあればアイドルと仕事もしたりと、全方位的に活動できるのがすごくカッコいいなって。

でも、純粋に一番うらやましいのはあの人気者オーラですね。あのマンガ的なビジュアルとか、「よっしゃっしゃす」とか、自分で作った言葉を定着させちゃう感じとか、すごくうらやましいなって。あれはやはりマンガの主人公になる人のオーラですよね。自分のキャラをうまく外に出していくためのヒントがサ上さんにあるような気がします。

 

天然には絶対なれないけれど
ー2016年に主催した大学生オンリーのMCバトル・第1回大学生ラップ選手権は、どういう経緯ではじまったんですか?

実は、ぼくアルバムのプロモーションにかまけて留年してしまってですね……。5年から6年にあがるタイミングで自分だけ5年間一緒にやってきた友達と別れてしまうという状態になったんです。しかも、友達と別れただけでなく、5年間一緒にやってきた、かなり人間関係が出来あがってる集団の中に落ちるワケですよ。こんなデカいラップやってるわけわかんない元先輩が。

で、学生をおかわりしちゃったんで、せっかくだから学生というテーマで何かやるかと思って。そこでゆうまーるBPというフリースタイル練習会を主催していて、大学生ラッパーとの交流も深いゆうまくん、ジャンルレスなイベントを年に何本も打っている胎動レーベル主催のikomaさんと一緒にやることになりました。

ただ、第1回のイベントの出来としては自己採点で60点くらいかなと。バトルもライブも盛り上がったし、お金を払って観ていただくイベントとしては成立したと思うので、そこで60点。でも、正直22歳以下限定のバトルイベントあまりと差別化できていない部分もあって。もう少し「大学生」の部分を活かした大会に出来なかったのかなとは思います。

ー準備期間はどのくらいでしたか?

3人ですべてを行っていたので、けっこう急ピッチで作りました。5月の後半に主催の3人が揃ったので、9月19日の本選に向けて3ヶ月強で準備をするという状況だったのでしんどかったですね。

各MCに連絡して、30秒くらいのMCごとの紹介動画を撮影して。ぼくは動画を撮りに大阪まで行ったり。終わった後は1週間くらい達成感にひたってたんですが、今思うとわりとメンツが大学生かつ豪華ってだけの普通のバトルイベントだったなと。

ーでも、あのイベントがきっかけで初めてマイクを握った人もいると思うし、貴重な場だったと思いますよ。

 

そうですね。だから次にやるならテコ入れして、逆にもっと気軽に参加できるようなものにしたいと思います。でも、ぼくが大学生じゃなくなったら開催するにあたっての説得力がなくなってしまうので、誰か後継者がいたらとも思うんですがね。医師になったらなったで、ストレス溜まってる研修医を集めてイベントなんてしてやろうかとか考えてます(笑)

※インタビュー時は未定だったが、その後2017年8月29日に第2回大学生ラップ選手権が開催

サイファーで言いたいことを言うという行為自体に、ストレス解消できる部分があるものね。

……。でも、ぼくは生活サイクルの兼ね合いとかもあってあまりサイファーには行ってないんですよ……。さっきも話しましたが、よく遊んだりするラッパーもそんなにいなくて。本来のキャラが浸透して、イジられたりするにはどーすればいいんですかね……。

ーうーん。それはアホな人と組んだ方が早いんじゃないかなあ。

あー。

ーアホというか、天然な人というか。

なるほど……。確かに天然な人って貴重ですよね。ちょっと話変わるんですけど、twitterで読んだ話で、ぼくがすごく感銘を受けたんですけど、「昔のYOU THE ROCK☆とか、今だとゆるふわギャングとか、ある種天然な人が時代を作る」っていう。

ぼく、ゆるふわギャングの渋谷WWWでのワンマンで大号泣したんです。

ぼくの実家は家系図10代くらいさかのぼれる古い家で、長いことずっと医師という。しかもぼくは長男だったから、ある程度の年齢まで医者になる以外のビジョンを思い浮かべたことがなくて。まぁラッパーや芸人への漠然とした憧れはあったのですが。でも、東京に出てきてライブやバトルでお客さんに面白がってもらったりするうちに、その薄れていた気持ちがまた出てきて。

 

とはいえ、親に教育資金をかけてもらってたり、実家が長く続いてる開業医である手前、通さなきゃならない筋もあるとは思って。色んなバランスを保つためにも、医者という立場を上手く使えないかなーと思い始めて。

よくラッパーの方に「医者って保険があっていいよな〜」的なことも言われるんですけど、ぼくの中で医者ラッパーというのは、時間さえ確保できれば「好きな音楽をあきらめなくてもいいシステム」だし、「むしろ医者をやりながらマイク持つ方が社会的にもリスキーだし、医学部の同期たちよりは絶対稼げない分の銭を投げうってる自覚もあるので、これはコレで大変なんだぞ!」とも思っていたのですが、先述のゆるふわギャングを見てしまったら、そういう自分の感覚がすべてぶっ飛ばされてしまって……。なんかシド・アンド・ナンシーじゃないですけど、刹那的な生き様の輝きが作品に刻まれてる感じって、ぼくには天地がひっくり返っても出せないなって。

もちろん、ぼくは宇多丸さんリスペクトですし、そんな方向性とは真逆の生き方を肯定するラッパーでありたいんですけど、ぼくが今まで自分の人生を肯定するために武装した理論達が、彼らのライブを見た瞬間にガラクタに思えてきて……。「すげえな~カッコいいなぁ~」と。超泣きましたね。

実際、そういう天然かつ最強な人の前に立つとぼくの医者キャラなんて本当にハリボテみたいなものだと思うんです。でも、その中でもぼくがこれから医師として経験していくことや、このベラベラしゃべる感じとかは自分自身の中にあるものなので、そういう部分はアーティストとして形にしていきたいとは思ってます。
 

夢や欲が枯れるまでは、東京でがんばりたい
ーインタビューの前にラジオ東京ポッド許可局の上京論を聴いてくれって言ってましたね。あれにマキタスポーツさんによる「山梨時代の自分と東京時代の自分は違う人間」という話がありますが、ああいう「田舎での自分」と「上京した自分」が違う人間という意識はあるんですか?

そうですね……。東京の自分と田舎の自分はまったく違うと思ってます。続き物のシーズン1、シーズン2とかっていうより、二重人格的というか、1人の中で完全にスイッチが切り替わるというか。

このラジオの論の中でも言ってるのですが、上京しない人・田舎で生涯を過ごす人って、元々クラスの中心的な人物だったりすることが多くて、田舎に働き口があって、奥さんと子供もいて。土日は息子とジャスコイオンモールに行ったり、小中高時代の仲間、いわゆるダチと呑んだりみたいな、本人の充実度も含めた生活全般が地方のコミュニティで完結している人たちなんです。

 

一方、上京する人は、田舎では割と変わりもん扱いされてたり、自己が理解・肯定されない境遇に鬱憤を溜めていたりして、「俺の居場所はここじゃねえ」みたいなことを自分自身に言い聞かせてたりするんです。

ただ、ぼくは地元での人間関係は比較的恵まれていたので、嫌な思い出も大してなければ「こんな町二度と帰らねえ」みたいな気持ちもなく、むしろ青森に行くと居心地が良すぎて「ここで一生ダラダラ過ごすのも悪くないかなー」なんて気持ちになってしまうんですよ。 その、ぬるま湯感が嫌で東京に出てきた部分もあるのに。地元にいた頃って何の夢も見られなかったから。

だから、上京してから1週間以上向こうに滞在したことないんですよ。青森に戻ってしばらくいると、地面に養分を吸い取られて花が枯れていくような感覚というか、すごい速度で野心がこうクシャクシャってなってしまうことがあって……。もちろん家族もいて居心地がいいからなんですけど、青森駅から東京駅に降りて東京の空気を吸った瞬間にカチッとスイッチが入るというか、楽屋から舞台に立ったような気がしますね。

 

田舎ってやっぱりどこかあきらめのムードがあるんですよね。何かあるごとに「おめえ、青森なんだからそんな夢みてぇなこと言ってんな」みたいな。だから、色んな夢や欲が枯れるまではこっちで二足のわらじで頑張ろうと思います。それで、いつか地元の家族や友達にいい報告が出来ればなって。

ぼくの目指している科は、バランス次第では好きなことに時間を捻出することもできそうなので、仕事やお金の面では「音楽をやめなくてもいい生き方」を選んだと思っています。でも、それは一方で「やめたらダサい」ということでもあると思うんですよね。それこそ、医師であることが保険だったって事になっちゃいますし。好きなことをあきらめないバカな姿を世にしっかり提示していけたらと思います。

 

MAKI DA SHITくんは現在医学部最後の学年を迎え国家試験勉強中。医大生ラッパーから研修医ラッパー、そして医者ラッパーへの道を現在進行形で歩んでいる彼の今後に今後とも注目したいところ。

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※CD現在品切れステータスですが、近日中に在庫復活予定とのこと。

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追記:医大生ラッパーから、無事に医者ラッパーになったmaki da shitくんの新譜が発売されました。上記のリンクからどうぞ。