ホンのつまみぐい

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複雑な気分になる慣れ親しんだ古い下町の話『横浜野毛 闇市から大道芸のまちへ』

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 野毛で『横浜野毛 闇市から大道芸のまちへ』を読んでいた。タイトル通り、戦後の野毛がどのようにして今のような街になったのかをつづる本だ。

 最近Youtube有隣堂しか知らない世界」をはじめて、にわかにネット人気が出はじめている有隣堂伊勢佐木町本店で購入。なんとYoutubeのおかげで「聖地巡礼」の対象になっているらしい。本店はどんどん本を売るスペースが「その他の物販」に侵略されていて、文具館と書籍館というふたつのビルで店を構えていたころを知っている身としては悲しい限り。

 もともと利益率の低い商材がさらに市場を奪われているから、本以外の商材が必要なのは理解しているが、誠品生活とのコラボやみなとみらいに新しくできたSTORY STORY YOKOHAMAなどを見る限り、戦略上の迷走がうかがえる。

 さておき、『横浜野毛』は野毛の街を知る人間にはとても面白い本で、ちょうど桜木町で降りる用事があったのでジャズ喫茶ちぐさでぐんぐん読んだ。

 外国人居留地だったが故の復興の遅れや、そこからの巻き返し。闇市の賑わいからその消滅、大道芸の変遷、みなとみらい地区や鉄道会社との軋轢など、薄い本の中に歴史や文化そして政治と、人の営みがぎっしりと詰まっている。文体はかつて野毛に存在したタウン誌『ハマ野毛』での平岡正明を思い出す「古き良き野毛のノリ」に沿っている。

 もし私が「野毛の街のどこが好きか」と問われれば、過去と現在がつながっているところと答えるだろう。立派な建築物や歴史上の有名な史跡はないが、そこにはちゃんと歴史が存在して、それを残そうとしている人たちがいる。「こういうのがいいんですよ……」なんて思いながら読んでいくと、最後のほうにずらーっと野毛を支えてくれた人たちというていで菅義偉松本純、小此木彦三郎の名前が出てきて真顔になった。

 そうか、だから横浜市長選に小此木八郎が出ているのかと思わず納得。昔、「野毛は地域振興のためにまとまったお金が出ていて、それに対するやっかみがある」と聞いたことを思い出した。誰から聞いたんだっけ……。

 平和な世ならまだしも、現政権のコロナ対策を見た今では、菅の名前を出されると気分が悪くなる。

 「ウーン、そうかあ」と思いながらそのままちぐさで次の本を読んでいると、「選挙カフェ」というイベントが始まった。

 イベントと言っても大げさなものではなく、有志で横浜市長選について語り、情報をシェアする会くらいの感じで、途中から市長選候補者の坪倉良和が来場していた。坪倉氏はだいぶ前に一度だけお話したことがあり、街を愛する人だという印象は持っていた。しかし、話を聞いた限り「公共」に対する理解が薄いため、政治家としてはないという結論。「商店街のボス」ポジションなら”いい人”でいられるのだろうが……。

 坪倉氏の理念に共感して集まったという若者も何人か駆けつけていて、真剣な目で彼のことを見ていた。私は坪倉氏に共感できなかったが、その姿に惹かれる若者もいるということを興味深く思った。

 会はそのまま続いたようだが、途中で退席。

 家に帰ってこの本について検索していると、こんな記事が。

www.townnews.co.jp

執筆は産経新聞の元記者である広瀬勝弘さんが担当。

  ああ、だから逡巡なく自民党よりなのかと一瞬思った。しかし、制作団体の一つ「野毛地区街づくり会」のHPにはドドーンと「街づくり会顧問 菅義偉先生が第99代総理大臣に就任」とあるし、この扱いは制作側の総意なのだろう。

noge-town.net 読み物としてはとてもいきいきとわかりやすくまとめられていて、すばらしい仕事なのでちょっと複雑な気持ち。このたびの悪政の影響で、野毛を代表する呑み屋街は相当な痛手を被っていると思うけど、どんな気持ちなのだろう。表通りのイタリアンバルが安っぽいからあげ居酒屋になっているのを見た時の寂しさが心をかすめた。

 しかし、もっと驚いたのがこの本の制作の動機だ。

制作のきっかけは、野毛に新しく建設されたマンションだ。

 野毛は大道芸など、音量や人出で住民に理解を求めるイベントが多く開催される。そのため、新住民にも同書を通してその歴史的背景や街の特異性を知ってもらい「これからの野毛の街づくりを共に目指す、共通認識にできたら」と考えた。

 新しくできたマンションの住民が音量をうるさがってイベントが中止になっていることは知っていたが、その対策の一環だったとは……。

www.kanaloco.jp

 企画者の平出氏は別のインタビューで、「新しい住民にも歴史を知ってもらい、野毛の仲間に加わってもらおう」と前向きな言葉を述べているが、毎日続くわけでもない地域のお祭りが住民の苦情によって立ち消えてしまうというのは、あまりに現代的で悲しい出来事だ。それに対する歩み寄りがこれということか。粋だと思う。でも、そういう苦情を入れる人たちはこの本を読むだろうか。

www.yomiuri.co.jp 

 装画は野毛大道芸のポスターでおなじみの森直美。少し古いペンタッチと色合いは、ふた昔ほど前の街の情緒を感じさせる。カバーの紙は安っぽくて、その代わり本の定価は330円と安い。

同組合の専務理事を務める福田豊さんは「気軽に持ち歩ける文庫本サイズと、見開き1頁1話完結の読みやすさにもこだわった。チープなつくりが野毛らしいでしょ」と笑う。

  野毛のアイデンティティと事情が内にも外にも感じられる本で、地元の人間にとっては間違いなく読む価値のある本だろう。

 ハーモニカ横丁近くの街づくり会もしくは、有隣堂伊勢佐木町本店で購入できるほか、通販も行っている。

noge-town.stores.jp

mainichi.j

  上で名前を挙げた『ハマ野毛』は野毛を愛する人々が集まって作った一風変わったタウン誌だ。92~94年の間に6号刊行。平岡正明を旗振り役にさまざまな文筆家が参加したことで有名な同誌だが、高名な作家が中華料理屋の店長なんかと並列に載ってるのが粋だった。なにより猥雑であることを朗らかに楽しむ姿勢に憧れた。

↓で、いくつか『ハマ野毛』に掲載されていた記事が読める。ただの食い逃げ告白の「食い逃げ名人 -サラリーマンA氏の告白」とか、今なら絶対載せられない記事もあり。

noge-town.net

↓は発売時のHP

www.noge.com