SNSでの顔の加工に代表される「盛り」がどうして生まれたを学術的に追究している。「盛り」という言葉自体はインターネット以降のものだが、著者は、1995年頃にはプリクラとプリ帳においてこうした行為が一般化していたと語り、90年代文化から現代にいたるまでの道筋を可視化させていく。
インタビューによって可視化される90年代ギャル文化の詳細がとても面白い。
コギャル・プリクラ・ヤマンバ・SHIBUYA109・カリスマ店員・Popteen・ブログ・つけまつげ・カラコン・セルフィー・Snow・自撮り・他撮り・インスタグラム・オルチャンメイクなどなどについて調べたい人は必読の書。
ただ、守破離や遊郭という言葉を使って現代の文化を説明しようとする姿には権威主義的なものを感じてしまった。
「服装自由な学校に通っているのに、わざわざ制服を着て型を守り、それらを着崩す女子高生のは守破離の美意識と通ずる」「江戸時代の高位の遊女は強い化粧をし、お国言葉を排除して個性を隠していた。それは神の妻としての性格を持つため。現代の女の子にもこの文化の影響がある」など、一理はあるのかもしれない。
しかし、私は「どのコミュニティに属しているのかがわかりやすい服装をした上で、その中に小さな差異を作ることで個性とする」という有り様には、コミュニティへの帰属を半ば無自覚に強制する日本社会の病理を感じてしまう。社会に適合するために生み出された感覚を、権威化された言葉で無批判に表現してしまうことは、やはり肯定できない。
『夏の花』を読んだ後の「こんな凄惨な出来事をこんな透明感のある研ぎ澄まされた言葉で表現できるこの人はいったい何者なのだろう」という興味をもとに読み始めたが、原の生き様に接近できるだけでなく、戦時下に人がどのように表現を行っていくかについて問い直させられるすばらしい本だった。
20年くらい前に読んだ時はもっとオーケンの気持ちがわかっていた記憶があるが、今じゃさっぱりで複雑な気持ち。
野中モモさん協力のZINE特集。読み応えあった。
ちょっと前に買ったのをやっと読み終えた! う~ん、面白いけど、マンガうまいことと、映画たくさん観てそうということ以外はあまり心が動かされるところがなかった。フィクションに対する教養とそれを自分の表現に落とし込む能力はずば抜けているけど、ちょっとうまいことやりすぎているというか。
キャラクターに感情移入できるとまた違うと思うんだけど、すごい勢いで使い潰されていくから「そっか、この子も『死ぬ』って仕事のために出てきたんだな」と思ってしまう。ここは連載で読むとまた違うかも。
自分が読んでいたころの少年ジャンプはドラゴンボールの影響が強かったせいか、あまり仲間が死ななかったし、死んでもなんだかんだで生き返ったりすることが多かったので、すごい勢いで死ぬことに驚く。鬼滅とか呪術もそうだよね。みな殺伐とした世界観を自明のものとしている。これが時代性なのか……。
さすがに60巻台は著者の疲れが見えて、読んでるこっちもつらかった。ラストがカルメラ兄弟に子どもができる話なのが不思議なような納得のような。じゃりン子チエで一番明確に変化・成長していったのはこの2人で、逆に言うとほかのキャラクターはほとんど同じ時空を生きているのだ。
ストーリーだけ説明するとなんてことないんだけど、セリフとコマ割りと表情がいいからよく伝わるというマンガのお手本のような作品。
— ちいかわ🍰森カフェ焼き (@ngnchiikawa) 2021年7月2日
この時期一番ハラハラさせてくれたマンガ。
ddnavi.com 説明しがたいざわつきを胸に残す『消えたママ友』に関するとてもよい対談だった。
news.yahoo.co.jp やまゆり園がいかに人権を無視した運用によって成り立っていたかを告発する内容で、ゾッとするし、生きていくのがつらくなる。
www.gamespark.jp 併せて読みたい。あと、一番文化を盗用されているのはスポーツだと思うんだけど、そういう声でないな。出そうぜ……。
そういえば、オリンピック宮崎駿には声をかけていなかったのかな。結果的にゲームは使われたけどアニメが使われなかったのは、最初のMIKIKO案にアニメ文脈のモチーフがあまりなかったからか。藤子不二雄っぽい吹き出しのプラカードを見て「藤子先生こんなん喜ぶか?」と思っていた。
ゲーム音楽が使われた結果、ワニウエイブさんがゲームライターとして激怒することになったけど、金田バイクでサブカル老中年が喜んでるのを見たら私も同じような怒りを抱いただろう。仮に原案の閉会式になったとして、大友克洋のファンの中に怒りを表明して言語化できる人はいただろうか。見世物としてはもっと洗練されたものになっただろうから、「かっこいい!」で終わりだったろうか。
lovewalker.jp 横浜中華街が町全体での職域接種を申請していることがニュースになっているのを見た。取り組みの具体的な顛末を書いた記事。なんとかワクチン確保できたようだけど、各団体でこの苦労があったのかと思うと……。
資料を読み込んで、接種場所の設計、医療従事者の確保、接種計画を立てるのは、かなり骨の折れる仕事です。元々は大企業向けに作られたものを、大小さまざまな店舗から構成される商店街向けのレギュレーションに書き換えていかないといけないのです。しかも、横浜中華街は日本語がネイティブじゃない方も多いため、説明するためにさまざまな資料の翻訳も必要になります。日本での通名と本名の2つがある場合、在留カードと接種券の表記が違うこともあり、その確認方法など、この街ならではの作業も発生します。