RealSoundに『あだち勉物語』のレビューを寄稿しました。
本文には書ききれなかったのですが、本作は実際にあったエピソードを大胆に組み替えた様子がはしばしに見られます。
代表的なものは、作者のありま猛と赤塚不二夫の出会いでしょう。
『あだち勉物語』では赤塚から直接面接を受ける様子が初対面として描かれていますが、関係者証言を集めた『天才バカボンの時代なのだ!』では、赤塚が自身が編集する雑誌の写真を撮るために、古谷敏行の仕事場に訪れた際にありまと出会ったと描かれています。
※『あだち勉物語』1巻
マンガを面白く読みやすくするために、必ずしも現実をそのまま描かない選択をしているのでしょう。かの有名な「登場人物のアップを見開きで描く」ギャグも、本作では勉の手柄のように描かれていますが、長谷邦夫のアイデアが元になっているという証言が存在します。本書を歴史資料として扱いたい場合、ほか媒体での証言とのすり合わせは必須となります。
しかし、その思い切りがあるからこそ、本作は「単なる面白エピソードを集めた証言集」を超えた、青春ドラマとしての強固な普遍性を備えています。
今はもう名前を憶えている人もほとんどいない作家や、現役ではあるけれど単行本がほとんど出ていない作家もちらちら登場するところも本作の特徴で、それは広く知られないまま消えていった作家たちも、たしかにともに時代を作った人々であるということを、ありま自身が強く意識しているからではないかと思います。
余談となりますが、赤塚の仕事場については多くの人が書き残しているので、別証言と読み比べるのも楽しいのではないでしょうか。