ホンのつまみぐい

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あだち勉物語が面白い

 ありま猛の『あだち勉物語』がちょっとびっくりするくらい面白い。

 あだち勉は70年代に活躍したギャグマンガ家で、あだち充の実兄。実力のある描き手で、赤塚不二夫のチーフスタッフとしても活躍したが、女好き遊び好きのトラブルメーカーで、マンガに注力しきれず、ヒット作を出すことなく、2004年に亡くなる。

 唯一の単行本は『あだち充物語』という、「不出来な兄の勉が自虐を交えつつ充のことを語る」ギャグともエッセイともつかないマンガ。

 つまり忘れられたマンガ家だ。

 そんな人がなぜマンガの主役になるのか。そして、どうして面白いのか。

 破天荒で寂しがり屋で、才能に恵まれつつもそれを活かせなかった勉がチャーミングに描かれているのはもちろんだけど、同時代を生きた人々の群像劇としてとても厚みがある。

 あだち充赤塚不二夫古谷三敏高井研一郎長谷邦夫北見けんいち小野新二らマンガ家のほか、武居俊樹五十嵐隆夫ら編集者たちの話が絡み合い、当時のマンガ界をしのばせる貴重な物語となっている。

 登場人物たちの別証言とは整合性が取れない部分も多く、マンガ的誇張や構成の都合による変更などが度々なされていることがうかがえるので、事実として扱うのは注意が要りそう。でも、大胆に「物語」として組み替えていることで、逆に「ありま猛が出会った人々」の魅力と、マンガ界の楽しさ・厳しさが濃縮された形で差し出されている。

 

 

 

 読んでいると、自然と登場するマンガ家たち自体に興味が湧いてくるので、いろいろ読みはじめた。以下、その感想。

 

 

 

 

 

 

 手塚治虫杉浦茂横山光輝赤塚不二夫らそうそうたるメンツのアシスタントを務めた氏によるエピソード集。サニーをサリーに変えなくてはいけなくなったと聞いた横山光輝のさっぱりした反応や、弟子という立場で仕事を手伝っている齋藤に十分な給金が出せないことを申し訳なく思う杉浦茂など、おもしろいエピソードがたくさん。

 

伝説 トキワ荘の真実

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 ちょっと説明が難しい作品。赤塚不二夫のブレーンだった長谷邦夫が、自分の心の中に残っているマンガ家たちと、心の中で繰り広げた対話をろ過せずマンガ化していると言えばいいのか。長谷邦夫のことはパロディを描いている人という知識しかなかったが、以下の記事などで赤塚との関係を知り複雑な気持ちに。『あだち勉物語』では10話から登場するが、赤塚が3話と早い段階で登場していたのに、長谷がなかなか出てこないため、ファンの間では「事情があって登場させられないのではないか」と詮索されていた。

 

manba.co.jp

 あだち勉の唯一の単行本。絵もうまいし、ギャグマンガとしてもけっこうおもしろい。当時はもう弟のマネージャーと本屋業に専念していたそうで、マンガの道を歩めなかった兄貴による自虐という形でそれぞれのエピソードが進む。才能はあったし、マンガを愛していたのに、自分らしく生きたがゆえにマンガに専念できなかった人というのがこの作品からもよくわかって切ないようなほほえましいような……。

 

 永島慎二とのエピソードを描いた『逃げた神様』だけサンデーうぇぶりで読んだ。少年時代に勉と充のふたりで永島を直接訪ねたというかわいらしいエピソードもあってほっこり。

 

 編集者やアシスタントによる思い出話のほか、赤塚マンガの再録が少し収録されている。今回調べて初めて詳細を知ったが、赤塚はある時期から生活とともにマンガが荒れ、ギャグマンガ家としては一線を退いていたそうだ。この本では初期・最盛期・後年の赤塚のアシスタントらが登場し、それぞれにとっての赤塚を語っている。第一線を走っていた頃の華々しさから一転、芸能界に顔を出し、酒に溺れる赤塚。マンガの仕事が減り、わずかに雇ったアシスタントとも最盛期のようなお互いのアイデアをぶつけ合うようなコミュニケーションは取れず……という後年の姿も描かれている。

 誰もが情のある人として赤塚を語っていて、赤塚マンガに思い入れのない私でも、読了後はその死を悲しんでしまった。

 

 そのうち以下の本なども読んでいきたい。