ホンのつまみぐい

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「ノスタル爺」藤子・F・不二雄

※※作品の結末に詳細にふれています※※

 ドラえもんチャンネルが『ノスタル爺』を2月9日~13日まで無料公開している。

  ネットの感想見たらたぶん嫌な気持ちになるだろうと思って、ツイッターの感想を見たら、やっぱりそこはかとなく嫌な気持ちになった。

 

dora-world.com

 

 『ノスタル爺』は太平洋戦争で出征した青年・浦島太吉が、30年以上の時を経て故郷の村の墓を訪ねる場面で始まる。太吉は戦争中に日本に帰る手立てをなくし、出征地のジャングルで30年生活していた。中年になってから訪れた村はダムの底に沈み、幼馴染で婚約者の里子も亡くなった。彼女は太吉を忘れることができず、独身のまま死んだという。墓地まで案内してくれた親族の「せめておまえの子どもでも残っていれば生きる張りもあったろうに…」という言葉を聞きながら、太吉は山道を歩く。

 思い出すのは出征前夜のことだ。太吉は里子に対し、「生きて帰れるとは思えない」と話し、彼女を抱くことを拒む。自分が死んだら別の人に嫁いで幸せになってほしいという思いからだ。葛藤の中で絡まりあう二人。すると、庭の土蔵から声がする。幼いころから家の土蔵に閉じ込めらえている老人が「抱けえっ!!」「抱けえっ!!」と繰り返し叫んでいたのだ。

 取り返しのつかない過去を思いながら山道を歩く太吉。せめてもとダムに沈んだ村の姿を見に足を運ぶと、いつの間にか過去にタイムスリップしてしまう。

 子どもだった里子や自分たちの姿を見て、思わず駆け寄る太吉だが、不審者として捕らえられ、本家の総領である叔父に進退を迫られる。タイムスリップについては信じないものの、太吉を親族であると見なした叔父は、金を渡して太吉を追い出そうとする。しかし、もうこの村を失いたくないと決心した太吉は、家の土蔵に幽閉されながら生きる道を選ぶのだった。つまり、あの日叫んだ老人は太吉自身だったのである。

 里子が孤独な死を迎えることを知っている太吉は、出征前に彼女を抱くことで、子どものいる未来を与えたかったのだろう。

 家父長制に囚われた時代に育ち、戦争で30年の月日を孤独に過ごした彼が、おそらく唯一主体的に選択できた未来が、過去をもう一度やり直すことだった……というのがあまりに強烈である。

 しかし、ネットの感想では太吉の選択を「平和だった過去に戻りたいから」と取る読みが散見された。過去への逃避、まさに「ノスタルジー」という解釈である。どう読むかは自由とはいえ、それは少し意地悪な読みではないか。戦争や制度に何もかもを奪われた人間の哀しみを想像できていないと思う。

 最後のページは、土蔵の中の太吉が幼い頃の自分と里子の会話を聞き、かすかにほほえむ絵で終わる。そのほほえみが、ただ幸せだった過去を反芻しているから浮かんだ笑みではなく、人生を他者に翻弄され続けた彼が、自分で選んだ結果をかみしめているからこそのほほえみだと信じたい。

 

藤子・F・不二雄大全集 SF・異色短編 (1)

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