ホンのつまみぐい

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心の深いところを掘り下げて書いてほしかった「男の星座」(梶原一騎/原田久仁信)

 今さら読みました。梶原一騎の自伝的コミック『男の星座』。講談社文庫の代表作以外は手に入れづらかった梶原作品ですが、電子化が進んでだいぶ読みやすくなりましたね。

 自伝と銘打たれてはいるものの、格闘技界のスターとの思い出話が多く、梶原一騎の人となりを知りたいこちらとしてはやや物足りなさが。

 でも、メインの読者の方がしびれるのは「力道山の気まぐれな人柄」とか「大山倍達のよき道場主っぷり」なんだろうと思うと、致し方ないことなのか……。

 驚いたのは、本書に登場する格闘家たちのエピソードの多くが、梶原一騎の創作と比肩するくらいのトンデモ感満載だったということ。「大山倍達が牛と戦う様子を映画やテレビで放送していた」ということ自体が今となってはナシですね。牛が殺されるところ見たくないし、失敗して大山の身に何か起きるリスクもあったのでは。

 「虚実入り混じる」を超えたあからさまなフィクションもあり、思わず「自伝のはずでは……」とツッコんでしまう瞬間も。

 梶原一騎にはストリッパーと同棲していた時期があるのですが、名の知れない一個人であったろう彼女が、作中では浅草ロック座の大スターになっていたりします。ステージを見て恋焦がれ、悶々としたあげくストーカーになる一太の描写は読み応えがありましたが、彼女を無理にスターに設定する必要はなかったように思います。あえて古い言葉を使うならば「女々しさ」を執拗に書いていることがこのストリッパーに関する一連のエピソードの面白さでした。

 また、「オカマ」の屋台引きジャニーさんと、極真の門下生・春山章との友情とその悲しい結末など、「これはすべて創作では…?」と思わせる話もあります。このジャニーさん関連のエピソードや、ストーカー化する一太のくだりは人間の感情の生々しさが描かれていて、かなり面白く読みました。一方で、格闘家たちのくだりは人物がカキワリっぽく入りこめず。

 もうひとつ印象的だったのは、インテリ文芸編集者だったお父さんに仕事を応援してもらってはしゃぐ一太。父親への屈託は評伝などでも必ず指摘されているので、勝手にもっと距離のあるつきあいをしてたのかと思っていました。

 梶原が星一徹をどう捉えているかずっと謎だったんですが、『男の星座』から読み取れる家族観を踏まえると、本気で一徹を「よい父」のつもりで書いていたのかもしれない。

 しかし、そうなると『巨人の星』は父からの承認を求め続け、そこから逃れられなかった悲しい青年が、体を壊して戦いの場から降りることでやっと父親から開放されることが出来たという話で間違いないのか……。星くん、父殺せてないもんなー。それなのに、結局若干パラレルな未来世界で、「ほかにやることが見つけられなくて野球をやり直してしまう」って本当にひどい話……。(『巨人の星』では最後の試合の勝敗は不明だけど、『新・巨人の星』では飛雄馬が勝ったことになっているので、同じ世界ではないという解釈をしています)

 最大の衝撃は終幕。講談社の編集者が訪ねてきたところで、著者急逝により終幕。

 読者はみな梶一太がどうやって『巨人の星』や『あしたのジョー』を生み出したのか。そして、どうして漫画原作者の地位を捨てるような蛮行を行ってしまったのか。そこからどうやって人として快復していったのかが読みたかったと思うんですよ……! でも、一貫して梶一太を好漢として書き、格闘家との交流を山場にする全体のトーンを見るに、作品を通して心の深いところまでを掘り下げることはなかったかもしれないですね。

 終わらせることが出来なかった本人が一番無念だったと思いますが、梶原一騎が自分自身の過去とどう向き合うか、見たかったな。

  しかし、芸能界のヤクザとの付き合いをこんなにあからさまに「真実」として書いてるマンガそうそうないのでは。まあ真実なんでしょうが……。

男の星座1

男の星座1

 
男の星座2

男の星座2

 
男の星座3

男の星座3

 
男の星座4

男の星座4

 
男の星座5

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男の星座6

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男の星座7

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男の星座8

男の星座8

 
男の星座9

男の星座9

 

 

梶原一騎伝 夕やけを見ていた男 (文春文庫)

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弔花を編む 歿後三十年、梶原一騎の周辺

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