ホンのつまみぐい

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「かんかん橋をわたって」からも感じ取れる草野誼作品の居心地の悪さ

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 バナー広告とツイッターきっかけで大ブレイクの嫁姑大戦争マンガ『かんかん橋をわたって』を読み終えた。

 この作者の作品を読むのは2回目だけど、「たしかに面白い」と「こういうところがキモい」が交錯。そのキモさの内実を理解したく、とりあえずキンドルアンリミテッドで読める草野誼作品はすべて読んだ。

 ネットで騒いでいた読者の多くは、上記のバナー広告から草野誼の名前を知ったのだと思うが、私は『かんかん橋をわたって』というタイトルに聞き覚えがあったし、2009年に発売された『気がつけばうちのごはんのにおいだった』という単行本を買ったことがあった。 

 マンガ研究者のヤマダトモコが『マンガの居場所』のレビューで草野のことを紹介していたからだ。

 レビューには『かんかん橋』のほか、『いのち輝いて』収録の『夏雲のむこうの国』が紹介されている。引用されていた「家の中に/重たい石が/ひとつある」という導入は、どこか山岸凉子のようで面白そうだ。読んでみたいと思ったが、草野に限らず、主婦向けコミックの単行本化は難しく、今でも『いのち輝いて』は電子書籍でしか読めない。ヤマダはレビューの中で、彼の作品がなかなか単行本にならないことを悲しんでいた。

いのち輝いて (2) (ぶんか社コミックス)

いのち輝いて (2) (ぶんか社コミックス)

 

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マンガの居場所

マンガの居場所

 

  ヤマダの嘆きを読んでいた私は、当時発売されたばかりの『気がつけばうちのごはんのにおいだった』を迷わず買った。

 登場人物はネットカフェで寝泊まりする非正規労働者、正社員目指して工場で働く女性たち、2世帯同居で家族から邪険にされる老婆など。逃げ出すこともできない重たい日常を生きる人々だ。厳しい生活を変えるような大きなドラマは起こらないが、みな健気に生きているという内容。

 たしかに他所では顧みられない出来事が描かれていると思ったが、率直に言って憂鬱な気持ちになったことをよく覚えている。単行本はすぐに手放してしまった。

 

  さて、『かんかん橋をわたって』だ。ここからはネタばれありなので、ご注意。

 

 本作は、当初は姑にいびられる健気な嫁の物語として始まる。嫁は姑の執拗ないびりに涙するが、次第に同じような境遇の嫁たちと集うようになり、女たちの目的はいつの間にか「嫁いびり文化」を地域に根付かせた黒幕を倒すことに集約されていく。嫁の変化を観察していた姑も、嫁の人心掌握術とカリスマ性を認めるようになり、最後は共闘して黒幕のもとにたどり着く……という壮大な物語だ。

 

かんかん橋をわたって (1) (ぶんか社コミックス)

かんかん橋をわたって (1) (ぶんか社コミックス)

 

 

・いびりを表現する言葉が「おこんじょう(いじわるを表す群馬の方言)」

・姑にいびられている嫁の間に共有される番付があり、「嫁姑番付」と呼ばれている

・橋をひとつ渡って川南から川東へ行くと、人の気風がまったく違う

 などなど、なんとなく心がざわっとする気持ちの悪い設定がうまい。

 

 ご都合主義的なところは多々あるものの、無力だった嫁が他人の心に入り込みつつ問題を解決していく様子が面白く、すっとんきょうで不気味な物語がどこへ行きつくのかへの興味で読ませていく。

 

 途中までツッコミを入れつつそれなりに楽しく読んでいたけど、キモさが臨界点を越した箇所がある。

 

 それが番付1位嫁のエピソードだ。物語も終盤に差し掛かり、主人公はすでにさまざまな苦難を抱える「番付〇位の嫁」たちと出会っている。番付の順位が高いほど姑にひどい目に合わされているという設定だ。読者も「それでは嫁姑番付1位の不幸とは、どんなものなのだろう」と期待している。

 

 番付1位嫁の姑は、地域に嫁いびり文化を根付かせただけでなく、町の経済を掌握している、ただの姑にとどまらない存在だ。1位嫁は姑に家を追い出されるも、夫恋しさに町から出ていくことが出来ない。しかし、町は姑に支配されているため、放逐された彼女を住まわせてくれるものはいない。そこで、1位嫁はわらと木を組んだ手作りの小屋を建て、乞食のような生活をしながら町にとどまるのだ。

 

 1位嫁が小屋でも生きていけるのは、黒幕の非道を見過ごしたまま生活してきた周囲の人々が、罪滅ぼしの気持ちで食料など生活用品を恵んでくれるからという設定なのだけど、ここでゾッとした。

 

 狭い洞穴に閉じこもりながら何かが起きるのを待っている人間がいる。その人は、実は周りの人間に尊敬されていて、普段は日陰者だが、なにかがあれば、知恵で物事を解決できる…。これは私が小学校4年生くらいの頃に持っていた妄想と非常に近い。いじめられて情緒不安定だったけれど、勉強はできた私は、いつかそういう物語が訪れる夢想を心の奥でしていたと思う。

 

 しかし、これは明らかに子どもの世界認識である。それが大人たちの物語にそのまま採用されているのがかなり気持ち悪かった。

 

 この、「狭い空間に閉じこもった主人公が実は知恵者である」というモチーフは草野の作品にたびたび登場する。金銭トラブルによって家から追い出された母親が、ガレージを寝床にDIYで生活し、家族を見守る『ガレージ・ママ』はもちろん、住み込みの家政婦として同居しながら家族と顔を合わせようとしない加藤アグリと、それに影響される家族を描く『名残りの薔薇』は、まんま「洞穴にこもった知恵者」である。

 

ガレージ・ママ (1) ガレージママ (ぶんか社コミックス)
 
草野誼傑作集 名残りの薔薇 1巻

草野誼傑作集 名残りの薔薇 1巻

 

  社会の理不尽に対して、草野の主人公の多くは家事という知恵を通して抵抗する。掲載誌のメイン読者である女性たちに向けたものだろう。彼のフィールドは今も昔も『ほんとうにあった主婦の体験』などに代表される女性向けコミック誌だ。

 健気な知恵者は、常に善意をもって世界の悪意や不公正を器用にかわし、洞穴の中を磨き上げていく。それに影響され、周りの人間は考えを改めていくが、知恵者自身は揺るがず、変わらない。

 

 また、『気がつけばうちのごはんのにおいだった』にも、家事がキーとなるエピソードがある。ネットカフェで生活する女性の話だ。固い寝床で体を痛めながらも、彼女は手作りのぬか床を手放さない。そして、つらい日々の中、ぬか漬けを頬張ることで笑顔になり、活力を得ようとするのだ。

 

 何一つ変えることにできない日常の中で、ぬか漬けに励まされる生活はたしかにリアルかもしれない。自分たちの生活にフタをする天井を突き破るのは、誰もができることではなく、それならまず目の前の生を充実させなくてはいけないからだ。

 

 草野の物語は、変えることの難しい日常を生きる人々を励ますものではあるだろう。実際、『いのち輝いて』シリーズや短編集に見られる、心の奥に潜むわだかまりや、不安、不満を掘り下げる力はすばらしい。

 

 たとえば『愛よりも深く』という作品では、難病で偏屈になった夫を看病しながら、日々の支えとして年下の男性に恋をする女性の話を描いている。そこには、逃げ出しようのない理不尽な日常を愛し、受け入れたことで獲得した複雑な感情が描かれている。この作品では「看病の日々が幸福だった」「愛情ゆえだった」とは描写されていない。描かれるのは愛情というものの複雑さを知る彼女の孤独な内面だ。言葉で伝えることのできない感情が、丁寧に描写されている。

 

草野誼傑作集 愛よりも深く 1巻

草野誼傑作集 愛よりも深く 1巻

 

 

 それでも、草野作品は私には居心地が悪い。彼の作品には「今の自分は家族や社会との関係がうまくいっていないけれど、見方を変えればこう解釈もできる」というロジックで折り合いをつけるものが多いからだ。しかし、そうした折り合いのつけ方は、社会の理不尽や不平等をそのまま飲み込ませてしまうことがある。

 

 『かんかん橋』は草野作品には珍しく、怒りをあらわにし、仲間と協力することで黒幕を倒し、地域全体を変えようとする流れがあり、だからブレイクしたのだろう。

 

 また、不幸な事故で醜い顔に変わってしまった女性が、自分を捨てた夫を追う『愚者の皮』以降は、それまでのある種の老成を捨て、目の前の物事と対決しようという展開が増えてきている。戦うための武器も必ずしも家事ではなくなってきた。一方で、内容はスカムというか、貸本マンガ的になっており、繊細さを欠いてきてはいるが……。

 

愚者の皮 (上) (ぶんか社コミックス)

愚者の皮 (上) (ぶんか社コミックス)

 

 

 心情は理解できるけれど、展開を全面肯定もできない。そんな居心地の悪さが、草野作品からは常に漂っている。

 

 それはともかく、個人的に一番好きな「かんかん橋」の感想はコレです。

dokukiro.exblog.jp

 

2021年6月2日追記:ふと思い出して草野のブログを読んでみたら「分科会の尾身会長、耳の付け根に境目がある!ひょっとして人造人間?」みたいなことを書いていた。Qアノン系のyoutuberに影響受けてるようだが、意外性がなさ過ぎて笑ってしまった。やはり子どもじみた妄想を真に受ける人だからこそ、ああいうマンガが描けるのか……。(ほめてません)

 2021年6月3日追記:もうひとつ『かんかん橋』で印象的なのは、女性たちの共闘の物語として読まれることで、フェミニスト読者の支持を集めていることだ。それ自体は物語の内容を考えると、むしろ自然な流れだろう。一方、本人のブログからわかる草野は、靖国神社にたびたび参拝に行き、余命三年時事日記を読み、日本神話に傾倒する悪い意味での保守思想の人である。読者の受容と作家の言動のギャップに驚いたが、このズレはこの作家の独特の女性観を考える一助になりそうでもある。