ホンのつまみぐい

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ミュージカル「FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇」

原作コミックの時から文化系ファザコンの私には刺さる内容だったのだけど、ミュージカルはそれをさらに加速させる演出だった。

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「ファン・ホーム」は、ホモセクシャルの父親・ブルースとレズビアンの娘・アリソンの物語だ。原作は作者・アリソン・ベクダルによる同名の自伝的コミック。

ブルースは芸術と学問を愛する人間だが、家業の葬儀屋を継ぐために地元に帰り、高校教師と並行して葬儀屋を営む。地元であるペンシルバニアには、彼が心を開ける人間はいない。ゲイであることを隠し、葬儀屋という労苦の多い仕事を生業とする生活の中、何かの埋め合わせか、ブルースは家の中を耽美的に飾り立て、完璧な空間を作ろうとする。

対して、アリソンは地元から離れて都会の大学生になり、そこで出会った人々との関わりを通して自身がレズビアンであるとはっきり自覚をする。レズビアンのコミュニティで議論を交わしたり、活動に参加したり、恋人を得たりする中で、彼女は自分のセクシャリティーをオープンにしていく。

大学生のアリソンは、両親に同性愛者であることをカミングアウトするが、その告白の後、ブルースはトラックにはねられて死んでしまう。しかも、それは自殺をにおわせる死だった。近しい抑圧を抱えながら、二人の行く先は大きく違ってしまう。

ミュージカルは現在のアリソンが少女時代、大学進学時、現在をランダムに回想する形で進行していく。

まだ、自身の性を誰にもオープンにしていない頃のアリソンが、大学での出来事を父に話す場面がミュージカルにある。

「あの教授のこの解釈はおかしいでしょう?」と問う娘に、父は「それはたしかにおかしい。〇〇は〇〇のはずだ。〇〇をいう本があるから送っておくよ」と返す。

この際のアリソンの誇らしげでうれしそうなこと。父を誇る気持ち、自分の解釈を肯定された喜び。対話の相手がいる幸福……。

ここでは父は、頼りになる先輩でも、かつて生活を共有した仲間でもある。

私は、この時のアリソンの気持ちが本当によくわかる。それは、私の父がアカデミズムの世界で生きながら、運悪く大成できずに病気で急逝したという過去があるからだ。

ブルースは自分の生徒に手を出して捕まったり、家族旅行の合間に男遊びに出かけたり、鬱屈をため込んで妻に怒鳴り散らしたりするようなダメ男なのだけど、私はブルースという男にどうしても愛着を感じてしまい、その罪より悲劇の方に目が行ってしまった。

これは役者の力も大きい。原作ではいかにも神経質そうな小男という雰囲気のブルースだけれど、吉原光夫はメガネがよく似合う風貌に、壮健で足の長い体躯で、パリッとしたシャツがよく似合うハンサム中年だった。まるでスパイ映画にでも登場しそうな迫力と落ち着きにうっかり目を奪われてしまう。それでいて、神経質で弱いところも存分に表現できているし、歌は低温の迫力が気持ちいいし……。

ある種甘美な父親への思慕が質の高いミュージカルを通して再現されるという、ファザコンにはかなり蠱惑的な作品だった。

 

作品の本題から大きく逸れているので閑話休題

 

古典文学からの引用やまわりくどい表現が多用される原作が、大変わかりやすく芯を食ったミュージカルとして仕立てあげられており、その構成の巧さに感動しながら、とても気持ちよく舞台を観ることができた。

観客が早い段階でブルースの自殺を知るため、どこで自殺の引き金が引かれてしまったのだろうという関心が生じ、それが舞台全体の緊張感を持続させているのがうまい。(コミックでは自死か事故かは断定されていないけれど、ミュージカルでは自殺であると確信できるような内容になっている)

また、この題材でどんな曲を作るのかが不思議だったのだけど、うまく個々人の感情の高ぶりを歌にスライドさせていたと思う。

個人的に印象に残ったのは、アリソンが大学進学で出会った恋人との、初めてのセックスの後の歌「私のテーマはジョーン/Changing My Major」。「私の論文はジョーンとのセックス!」と歌いだすところが本当にかわいらしかった。大原櫻子の演技は、一人の人間の中につまったさまざまな感情が全身から噴出してくるような、生命力にあふれたもので、観ていてとても気持ちがよかった。

私には中学時代からのゲイの友人がおり、思春期にずっと彼の話を聞いていたため、アリソンが大学で仲間を見つけ、恋をし、自分を受け入れていく過程と彼の昔話をついつい重ねてしまい、その一喜一憂に胸を痛めたり喜んだりしていた。

帰り道に口ずさめるような強い曲がないので、ミュージカル的快感を期待すると少し物足りなくはあるのだけれど、作品全体と音楽はうまく溶け合っていたと思う。

この日は終演後にアフタートークショーがあった。本来なら一部役者の参加予定だったのだけれど、最後のアフタートークということで、演者全員が舞台にあがり、それぞれの作品についての想いを語ってくれた。その雰囲気の真摯さとなごやかさにとてもいいカンパニーだったことをがうかがえた。

吉原光夫が芝居だけでなく、トークの回しもうまくてびっくり。

「わかりにくい作品だけれど、そこがとてもいい」「テーマ的にお客さんに受け入れてもらえるか心配していた」などの真面目な話のほかに、稽古でアリソン役が女の子っぽいそぶりを見せると、「ガーリー注意報!」というツッコミが入ったという話が面白かった。ちなみに、瀬奈じゅんには「ガーリー注意報」はほとんど発動しなかったらしい。

終演後にレビューをいろいろ見て回ったけど、批判も含めてどれも面白かったのでリンク。

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ameblo.jp

原作との差異についての指摘が鋭く、面白い。

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ローカライズの問題点において。ブッチらしくないという批判はTwitterでも見かけ、私はブッチという言葉をそこで初めて知りました。

ozmopolitan.hatenablog.com

作中の曲やコミックとの比較を通してより深く作品を考察する内容。

comicstreet.net

コミックの詳細なレビュー。

blog.livedoor.jp

役者・演出家に事細かに言及した劇評。