ホンのつまみぐい

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こうの史代「この世界の片隅に」原画展』@タワーレコード渋谷店

タワーレコードtofubeatsのリリースイベントを見たついでに立ち寄っただけで、正直全く「見ることによる感動」は期待していなかったのだけど、思いの外心を打たれてしまった。

 

そして、こうの史代はマンガがうまいことに今さらしみじみ気がついた。「夕凪の街」を雑誌掲載時に読んだくらいには昔から知っているのに、今さら言いだすのもおかしな話だけど。
 
コマ割りによる時間のコントロール。それによる内面の変化のコントロールがとても巧みだ。
 
たとえば、幼い頃のすずが望遠鏡をのぞく場面では、動作に3コマ使う。これで読者に「それがこの子が今持っている時間や動作の感覚なのだ」と思わせる。
 
すずが大人になってからは、このようなコマを重ねて動作を描く描写は減っていく。その余裕の無さは、慌ただしい戦時下の緊張感に覆われた人々の重圧のようにも感じられる。しかし、リンとすずの桜の樹の上での会話は、丁寧にコマを重ねて描かれる。それは、緊張感を読者に共有させ、すずにとってその時間がどれだけ重要なものだったかを表しているのだろう。こんなことに今さら気がついた。
 
原画を見て感じたのは、その線の頼りないほどの細さだ。これは残念ながら単行本の印刷では再現出来ていない。恥ずかしながらこうの作品の絵には単純な黒ベタがほとんどなく、すべてカケアミやそれに近い斜線の塗り重ねであることに初めて気がついた。
 
そして何より、展示された大量の広島の作画資料写真(2006〜08のものが多かった)や、自作の年表などの取材の痕跡を見て、感極まってしまった。
 
展示されたわずかな資料ノートから、多くの人々が戦争によって哀しみや怒り、どうしようもない喪失を抱えてしまったことが伝わってくる。
そして、それを受け止めて物語を描くことの重さも。
こうの史代はこの作品の制作について、「孤独だった」「人生観が変わった」などと表現しているが、その重さが少しだけ感じ取れるような気がした。
 
 マニアならすでに周知の鳥の羽根や口紅で描かれた原画も展示されていた。口紅で描かれた原画は、もともと口紅で描いた絵をさらにコピーして原稿に貼り付ける形で制作されている。
 
率直に言うと、私はこれまでなぜ作者がそのような方法を取ったのかが理解できていなかったのだけど(もちろん、物語に登場する小物であることは理解しているけれど)、改めて展示を見回すと、作品の中にそういった形で念を込める必要を感じていたのかなとも思う。
 
原画展にはあまり積極的ではない性質だけど、行ってよかった。30日まで。
 
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www.cinra.net

 

この世界の片隅に

この世界の片隅に

 
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

 
この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

 
この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

 
「この世界の片隅に」公式アートブック

「この世界の片隅に」公式アートブック