ホンのつまみぐい

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ブラック業界でそれでも生き延びた作者による伝言「アニメがお仕事!」石田敦子

 マウスを狭い空間の中に詰め込むと、イライラが募ってお互いを傷つけあってしまうという。これは人にも当然当てはまるわけで、労働環境が劣悪だと人は退化してお互いを貶めあってしまう。

 

 「アニメがお仕事!」は第一線のアニメーターとして活躍し、現在はマンガ家として青年マンガ誌をメインに活動する石田敦子が、自身の体験をもとに新人アニメーターの紆余曲折を描いた青春お仕事マンガだ。

 

 アニメーターの生活苦や過重労働、そしてそこから生じるストレスで露呈していく人間の醜さなどが、渦中にいた人だからこその説得力を持って描かれている。これらはまさに、劣悪な環境下で人がどのような心の退化を見せるかを生々しく描写しており、読んでいてつらくなる。

 

 主人公のイチ乃にセクハラする先輩アニメーター、辞めて別のアニメ会社に就職したアニメーターに社員全員で嫌がらせの電話をかけさせる制作会社、作品・社員らすべてをおいて夜逃げする社長……。

 

 こうした状況に対し、主人公であるイチ乃と、もうひとりの主人公である双子の弟・二太はただ時にくじけ、時に逃げ出しながらも仕事をすることでしか対抗できない。英雄のいない世界だ。

 

 理想を言えば、強いものしか生き残れないブラックな業態は構造から改善されるべきだし、フィクションにだってそのための戦いを求めたい。作中の人物は何とか多くの山を越えてアニメ業界で仕事を続けていくが、そこにたどり着けなかった人たちのことを含め、あまりに無用な心の死が多すぎる。

 

 ただ、ブラックな業界でサバイブしていく中で、イチ乃や二太たちが獲得していく「自分を鼓舞する言葉」にはやっぱり芯があって、それは否定しようがない。

 

 最初に入った会社が倒産し、その環境にくじけてアニメの仕事を愛せなくなってしまったイチ乃が、先輩に連れられて別の会社に見学に行って、ブラックな会社の基準に縛られずに理想を追求していいんだと心を開放する場面の「アニメーターってアニメをやるからアニメーターなんだ/めもちが基準じゃない/アニメ界が基準なんだ」「うまくなるってそういうことだ!自分で選ぶんだ」「怖い自由に手が届く」という言葉。

 

 あるいは、かつて劣悪なスケジュールでとにかく手を動かし続けることを要求された経験が、作画のスピードとして生きていると指摘され、心に浮かぶ「ああはなるまいという負の感情ですら仕事の成果だ」という言葉。

 

 狭い箱の中であがきながら、それでも捨てなかった理想が自分を少しずつ支えて押し上げてくれるという喜び。それはアニメ業界やブラック企業という枠を超えて、読み手に響いてしまう。

 

 こうした現場が過去となることを祈り、ある種の根性論には首をひねりつつ、それでも登場人物たちが吐いた言葉は捨てずに抱えておきたい。そんな不思議な立ち位置のマンガである。