ホンのつまみぐい

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あなたは美しいタテマエを楽しめる?「ズートピア」

草食獣と肉食獣が共存するために高度に設計された世界で、それでも起こるすれ違いを乗り越えようとする動物たちを描いたズートピアは、あらかじめ人々の心の灯台になることを目指したような映画だった。
 
アメリカの正義が、子供向け映画の中に詰め込まれた政治的に正しいおとぎ話。
 
私はこの映画を、同性愛者の知人の解説つきで地元の喫茶店で見た。
 
彼はズートピアを映画館で6回観たそうで、映画のディテールから関係者の裏話まで、丁寧で情熱的な解説をしてくれた。
 
生活習慣も思想も違う他者がいかに共存していくかの努力についての映画。
 
ただ、私は前評判で「いかに政治的に正しいか」を聞きすぎていたので、点数をつけるような気分で観てしまった。没頭は出来なかったけど、よく設計された作品だと思う。
 
数日後、読書会の席でズートピアの話になった。信頼している知人が「あれは、あそこに自分の居場所はないと思ってしまうので好きではない」という話をしていて、詳しく知らないけれど、彼もいろいろ傷ついてきた側の人なので、そういう気持ちになることもあるだろうと思った。
 
ズートピアが目指す世界には、走り疲れてしまった個体や健全になれない個体が何となく生きていける影のある場所は描かれていない。あくまで理想を目指す個体同士が、至上のユートピアを目指す話なのだ。
 
一応断っておくけど、これは前述の知人の生き様を例えたものではなく、作品そのものの話。
 
私は、文学や映画を通して物語を愛し、多数派になれないために傷ついたことがあるだろうふたりの知人を信頼し、尊敬している。
 
だから、ふたりの意見が食い違ったことがとても印象的だった。
 
すべての人間の灯台になれる作品はなく、正しくとも愛せないこともある。
 
もちろん、正しさを追求しようとする意思を美しいと思う権利もある。
 
愛しているとかすばらしいと言う権利はもちろん、愛せないと言う権利も、当たり前に存在するのだ。
 
多くの人の議論の俎上に上がった作品だからこそ、そんなことを強く思わされた。
 
追記:ズートピアはもっとも多くの人種民族が同居する国家アメリカにおいての、タテマエの共有のための物語なのではと思う。タテマエはとても大切なもので、この物語のタテマエには共有されるだけの価値があると思う。だけど、この物語に絶望し、救われない個体も当たり前にいる。そういうことだ。