ホンのつまみぐい

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「よるのふくらみ」窪美澄

 タイプの違うイケメン兄弟ふたりと幼なじみの女の子。タッチを彷彿とさせる古典的なシチュエーションの三人。しかし、「よるのふくらみ」の登場人物は夢と希望にあふれた恋愛盛りの高校生ではなく、社会人数年目を迎えてそれぞれがそれぞれの場所でくたびれている男女です。物語は女の子みひろと、お兄ちゃんの圭祐が同棲をはじめてしばらく経ったところからはじまります。

 コンビニのエリアマネージャーという激務についた圭祐と保育士のみひろは長いことをセックスをしておらず、いつのまにかふたりの間には微妙な距離が出来てしまいます。みひろに対する好意を捨てきれないでいる弟の裕太が、ふたりの異変に気づいたのをきっかけに、3人の関係は少しずつ変化していきます。

 連作短編の形を取っている本作は「圭祐に大切にされているのに、身体的に満たされずに裕太と一線を超えてしまうみひろ」が、物語の最初の語り手です。

 みひろの人物像について、窪美澄はこんな話をしています。

――最新作『よるのふくらみ』のお話を伺いたいのですが、1章の主人公のミヒロちゃんの母親が、若い男と逃げちゃったというエピソードとともに、「いんんらんおんな(淫乱女)」という強い言葉がでてきますね。


窪 商店街のおばちゃんたちのような古い世代は、誰かが性のことにまつわるなにかを起こすと激しく攻撃するんですよね。それで、ミヒロはすごく否定的なわけです、自分を置いて出て行ってしまった母親に対して。
 だから、ぜんぶ母親が悪いって思っていたのに、その悪いところが自分にもあるじゃないか、と気づくわけですよね。衝動的なことをしちゃう、自分にもその種はある、だからかすかに母親のことがわかりはじめる。

――はい。

窪 もしかしたら母親がやったことはわたしが衝動的にやったことと近いのかもしれない。それはメンタルじゃなくて、身体のメカニズムとしてなにかわたしを動かすものがそうさせたのかもしれない、と。

――月のものであるとか、ホルモンであるとか身体の状態に気持ちが左右されるという。

窪 その上で恋愛感情があるということですよね。人間はみな、なにか身体のリズムや状態があって、そこにひきずられるようにメンタルが激しく影響を受ける。だから、したくない喧嘩もすれば、投げたくもない紙コップを投げるみたいな感じなんですよ。

 

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 こうした日常で語りにくい苦しみを、小説を通して描き出そうとする姿勢はとてもこの著者らしいと思いました。ただ、本作では衝動を抑えきれないみひろの苦しみも、インポテンツ状態の圭祐のコンプレックスもある種のメロドラマに回収されてしまいます。それは、このジャーナリスティックな問いかけにそぐわない結末のように感じました。

 たしかに、同じ町でずっと暮らしているみひろや圭祐が、急に「旧来の規範意識からの解放」にたどり着いたら、それはそれで作為的かもしれませんが……。

 ただ、卑近な日常の描写は相変わらずとてもうまく、裕太の勤め先の不動産などリアルに店先を想像できます。読んでいるうちは面白いのだけど、読み終わってからが物足りないが結論かな。

 おそらく読み手によって登場人物への気持ちの入れようは変わるでしょうが、私が自分事のように哀れんだのは圭祐でした。長子、損ですよね。愛されタイプの裕太をうらやみながらみひろと結ばれようとがんばる圭祐は、吉田秋生のカリフォルニア物語のヒースと兄のテリーのようでした。圭祐幸せになってくれ……。 

※1年以上夜のふくらみという誤記を放置していました……。すみません……。

よるのふくらみ

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