ホンのつまみぐい

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『一度きりの大泉の話』を読んでのひとりごと

  萩尾望都竹宮惠子に出会ったのは中学の図書室だった。

 社会科の男性教師Wが柔軟な人で、彼の手ほどきで図書室には手塚治虫石ノ森章太郎ちばてつや、白戸三平、横山光輝などのほか、池田理代子山岸凉子、萩尾、竹宮の代表作も入っていた。

 大島弓子木原敏江らはどうだったろうか。自分で買って読んだのか、図書室で出会ったのか記憶があいまいだ。当時の人気ライトノベルもしっかりそろえていて、図書室にはさまざまな学生が集まっていた。

 Wが少女マンガを読むようになったのは、女子生徒に「先生は読むマンガが偏ってる。これを読みなさい」と言われ、渡された『風と木の詩』がきっかけらしい。「なんじゃこれは!」と思って夢中で読んだそうだ。

 その話を聞き、Wに『風と木の詩』を渡した女子生徒の気持ちを想像した。

 「私たちは先生の知らないところでこんなものを愛しているんだよ」という挑発的な気持ちと、「先生ならこのすごさわかるでしょう?」という信頼。

 マンガを通してはぐくまれてきた信頼や感動の糸の後方に、新たに自分たちが位置づけられたように思った。

 もともとマンガばかり読んでいたけど、図書室での体験は読む作家の幅をさらに大きく広げてくれた。

 そんな経験を踏まえて萩尾が大泉時代の竹宮らとの同居解消のきっかけを語る『一度きりの大泉の話』を読んだ。

 

一度きりの大泉の話

一度きりの大泉の話

 

  核心部分に来たところで悲しくて声が出てしまった。

 両者の人間性を分析するつもりはないが、「人の心の弱さ」について描かれた本であることは間違いなく、普遍性がある。

 どなたの弱さもまるで他人事ではなく、自分の人生におけるさまざまな失敗を思い出し、頭を抱えた。その一方で改めて自分自身の弱さに相対する覚悟も生じた。そういう意味では自分にとってはポジティブな本である。

 しかし、読後に竹宮もしくは増山で検索し、あまりの批判の量に精神がボロボロになりもした。我ながら愚かすぎる。すべては他人事なのに……。

 本書では竹宮が妄念に取り憑かれて萩尾を傷つけたことになっているが、竹宮を過ぎた言葉で罵倒する萩尾ファンは同じことを繰り返していないだろうか。

 義憤にかられる気持ちを否定しようもないが、これをもって竹宮惠子の仕事を貶めるようなことは許されないと思っているので、そのうち竹宮作品を読み直し、新たに語りたいと思う。

 また、竹宮が『少年の名はジルベール』に核心部分を書かなかったことについて批判が集まっているが、逆にこれを書いて第3者に読ませてしまうと、「外野による竹宮の謝罪の肯定」を促してしまったのではないか、とも思う。が、ただ気まずくて書かなかっただけなのかもしれない。わからない……。

 そして、私も萩尾と竹宮の人間性には口出ししないように配慮しているのに、増山法恵に対する「”私は原作を提供して、マンガが売れたら名乗り出たい”と話していたのは、売れなかったらマンガ家のせい、売れたら自分のおかげにできるから」という辛辣な意見は違和感なく受け入れてしまった。それは間違いなく「萩尾、竹宮の作品にはお世話になったけれど、増山にそういう実感を持っていないからひいき目で見れない」からである。

 こういう冷静さを欠いた卑怯な目線をなるべく外していきたいのだが、それは果たして可能なのだろうか。とにかくさまざまなことを考えさせられる本である。

 重たい部分だけでなく、萩尾の創作の源泉がわかる部分や、当時のほか作家たちやマンガ業界全体の様子がわかる部分もあってとても読みごたえがある。山岸凉子が「本当は男性同士の恋愛が描きたかったのに編集に却下されたから、女性同士の恋愛に変えて『白い部屋のふたり』を描いた」というのに驚いた。BLや少年愛、JUNE、やおいなどと言い表されてきたものの内実が、どれほどひとりひとりにとって違うものなのかを改めて実感させられた。

 

  こちらは単行本の発売時に読んだ。でも、まだ読み返せていない。

 『一度きりの大泉の話』の前に両名の代表作を読んでいて本当に良かった。

 

 あー……、あえて言葉を崩すけれど、竹宮惠子をよく知らん人に大泉の話の印象だけでテキトー言われるのマジつらいっす……。無責任がゴシップ語りの習いとはいえ、読む努力もしねえ連中に語られたくね~~。超~~~最悪。

 

 私が「本当にそうですね」と思いながら読んだのはこちらのブログ。原稿料が男性と比べて不当に安いことに憤り、のちに教職を選び、勤め上げた竹宮の生き方に敬意を表したい。

 

lisagasu.hatenablog.com

 余談だけれど、私のマイベスト竹宮は『エデン2185』。でも『天馬の血族』はまだ読んでいない。今は『平安情瑠璃物語』『風と木の詩』を読み返したい。20年以上前に読んだ時はその迫力と熱意に押されつつ、どちらもピンとこなかったのだけど、今なら、自分が心の中であたためたエロスを作品として発表することの偉大さを理解できると思う。

エデン2185

エデン2185

 

 

天馬の血族 (1)

天馬の血族 (1)

 

 

風と木の詩 (第1巻) (白泉社文庫)

風と木の詩 (第1巻) (白泉社文庫)

  • 作者:竹宮 惠子
  • 発売日: 1995/03/01
  • メディア: コミック
 

 

平安情瑠璃物語

平安情瑠璃物語

 

 

 萩尾作品で読み返したいと思ったのは、『残酷な神が支配する『メッシュ』。読みたいと思ったのは『銀の三角』。

銀の三角 (白泉社文庫)

銀の三角 (白泉社文庫)

 

 

残酷な神が支配する(1) (小学館文庫)

残酷な神が支配する(1) (小学館文庫)

 

 

メッシュ 1 (白泉社文庫)

メッシュ 1 (白泉社文庫)

 

  個人的に好きなのは『ローマへの道』なのだけど、「これくらい明快でないと自分は萩尾作品を咀嚼できない」という引け目もある。図書室では『トーマの心臓』も読んだが、何もわからなくて熱中している同級生をうらやましく思っていた。『訪問者』を読んで「これなら私でもわかる!」と思ったのをよく覚えている。

ローマへの道 (小学館文庫)

ローマへの道 (小学館文庫)

 

  

扉はひらく いくたびも-時代の証言者 (単行本)
 

  こちらは未読。心の体力が戻った時に購入したい。

密やかな教育: 〈やおい・ボーイズラブ〉前史

密やかな教育: 〈やおい・ボーイズラブ〉前史

  • 作者:石田 美紀
  • 発売日: 2008/11/08
  • メディア: 単行本
 

  増山・竹宮のインタビューが掲載されている。増山のインタビューだけざっと目を通したが、冷静に読めなくて閉じた。そのうち余裕ができたら本全体を読み返したいと思う。