ホンのつまみぐい

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遠景・雀・復活 色川武大短篇集

 

 

 Kindleunlimitedで見つけた色川武大短編集に、発達障害の少年の悲しみを描いた「走る少年」という物語を見つけ、思わずはっとした。発達障害のうまくいかなさがとてもうまく書かれている。

 

 君は要領がわるいんだよ、と隣りの机の赤井がいう。物事には要領ってものがあって、どこか一ヵ所を基準にして帳尻を合わせていくんだ、君はそれをしないから、順ぐりにずうっとずれていってしまうんだよ。

(略)

 要領なんだけど、とある日ぼくはいった、それがとてもむずかしい、だって何に対して要領をまとめたらいいのかわからないよ、たくさんいろんなことがあるからね。

 それは要領がわるいからさ、と赤井。

 遅刻をしないということだけをポイントにすると、他のことがめちゃくちゃになってしまうんだ。それでなるべく自分の気持に沿わせるために他のことと一緒にしてあつかうと、遅刻してしまう。

 まずひとつの城を攻めるんだよ。ひとつのことをうまく行かせるだけで我慢するんだ。遅刻しなくなったら、またべつの城をひとつ攻める。皆そうやってるよ。

 でも、そのひとつの城が何かよくわからないんだ。

 とりあえず、遅刻さ。毎日叱られているだろう。

 ああ、そうだね。でも、それは孤立した城じゃなくて、ぼくの中でいろんなものと地続きなんだ。ぼくも遅刻したくないけど、たとえ遅刻しなくたって、やっぱりぼくは劣等生だろうよ。もしぼくが生きていこうとするなら、ぼく全体を直すか、それとも劣等生の生き方を練習していくか、どちらかだと思うね。

 

 全9編の短編にはどれも「世間並み」に生きることができなかった人間の哀しみが書かれていて、読んでいると寂しさとともに不思議な懐かしさが湧いてくる。どれも結論の出ない物語ばかりだが、寂しさやみじめさ、哀しさの輪郭がはっきりすることで、少し安心できる気がする。処方箋のような作品ばかりだった。