ホンのつまみぐい

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ひたすらいたたまれない気分になった「邪宗まんが道」松永豊和

 

邪宗まんが道(1)

邪宗まんが道(1)

 

 

邪宗まんが道(2)

邪宗まんが道(2)

 

 

邪宗まんが道(3)

邪宗まんが道(3)

 

 

邪宗まんが道(4)

邪宗まんが道(4)

 

 

 読み終わってどっと疲れた。『バクネヤング』『龍宮伝』の松永豊和が自身の体験をもとに、連載時の苦しみを書く自伝的小説。名前は適当に置き換えてあるが、登場人物にはすべてモデルがいるらしい。

 青木雄二のアシスタント時の話を読むためにダウンロードしたが、作者本人の感情の推移が強烈でぐんぐん読んでしまう。

 本書の目的はおそらく告発だ。理不尽な要求や失礼な態度を繰り返し、作家としての松永を搾取した編集者への怒りが延々と書かれる。しかし、松永の意に反し、子細に描写された編集者とのやりとりを読んでいると、いつの間にか編集者側への同情の気持ちが強くなってくる。いや、最初は「松永の怒りはもっともだ」と思い、編集者側の無神経さに怒りを覚えているのだが、作家としてある程度の立場を得てきた松永は、どんどん編集者側を疑い、時に罵倒していくので、だんだん同調できなくなってくるのだ。

 丁寧に準備してきたモーニングでの連載が編集長の一声で振出しに戻ってしまう話や、打ち合わせで自分語りを繰り返し、つまらないミスを重ねる編集者の話など、明らかにダメなエピソードも出てくるが、小学館での担当編集者のヌクチさんなんかはだいぶというか相当いい編集者ではないか。

 原稿料の前借りを続けていたら、連載が破綻した時に編集長に500万請求されたという話は容赦ないというか、イジメではないかと思ったが……。

(追記:というか、どのような契約形態かわからないが、事実ならさすがにヤクザな対応ではないかと思う。結局松永は「250万払った」と書いている)

 松永の猜疑心の強さにはある種の疾患の可能性を感じるが、彼は「父親が薬づけにされたから精神科にはいかない」と決心している。精神科に行ったことで彼の疑り深さが解消されたかはわからないし、もし解消されたとしても、それが作家としていいことなのかはまた別だ。私は彼のマンガ作品を読んでいないが、この執心や独特の宗教観があってこその創作だろうことは想像に難くないからだ。しかし、猜疑心に支配され、突発的に人を怒鳴りつけてしまう彼の日常を見ているといたたまれない気分になる。

 松永は17の頃、事故をきっかけに引きこもりになっていて、「親に苦労をかけた」といううしろめたさを背負っている。父親が掲載誌を買って職場の若者に見せている描写などもあり、今の彼らの生活を想像するとつらい気持ちになる。

 松永はどこまでも精緻に物事を見つめようとし、それを綴ろうとしている。その姿勢と思索の深さにはほんとうに胸を打たれるが、一方でどこまでも自分勝手な考えをする人で、しかもそれを隠しもしない。そして、それゆえに社会に逃げ場がない。

 そんな人間像が小説から伝わってきて、なんともいたたまれない気分になる。異様な読後感の小説だ。

 

 それはおいて→

 それにしても、青木も松永もアシスタントを押し倒しているのが最悪。逃げられて未遂になってるけど。本文中では「セクハラだったかな」とか書いてるが、レイプ未遂だし犯罪です。レビューなどでも話題になっていないけど、軽く考えられているのだろうか。

(どこまで事実かよくわからない主観的な記録の物語なので追及しづらいが、これを書いてしまったということは、少なくとも松永は重くとらえていないと思う)

 

ところで、本作に何人か登場するマンガ家の中で

雨木傘二→青木雄二
権田政志→田中政志
新山ダイゾー→新井英樹
グルメ蒲口→岩見吉朗=久部緑郎
というのはわかるが、土性骨太がわからない。
「ベテランマンガ家でマイナーなオヤジ系週刊漫画雑誌に『温泉与太郎』という傑作漫画を連載していたのだが、メジャーなコミックパルプ(モーニングのこと)に発表の場を移してから、なぜかパッとしなくなった不思議な作家だ。」とあるけど、誰だ?

2023年5月10日:「畑中純では」とコメント欄でご指摘いただきました。来歴確認した感じ、たしかにそうかも!