原作の「風雲児たち」が好きで一時期よく読んでいたので、三谷幸喜による歌舞伎化が映画館で観られると聞いて足を運びました。
生身の人間が演じることで、北の大地の過酷さや異国の地でのやるせなさが引き立つようになっていたと思います。
特に、年長者の九右衛門(坂東彌十郎)と大黒屋光太夫(松本幸四郎)の対話。
生活の基盤が作れない漂流民たちは、自らの過酷な道行を物語り、ロシア人に聞かせることで、ロシア社会で庇護を受けることができる。しかし、異国の言葉で異国の服を着て仲間の死を物語る大黒屋光太夫に対し、九右衛門は怒りをぶつける。
頑固な九右衛門はロシアの言葉を一向に覚えようとせず、かの地になじむことを拒否します。決して賢い態度ではないし、仲間たちにも迷惑をかける行いなのですが、そうした頑迷さにすら、その人なりの意味があるのだと感じさせるところがよかった。
あとは猛吹雪の中、犬ぞりで大陸を渡る場面を犬の着ぐるみを着た役者たちで演じていたのですが、四つん這いで歩く役者たちのユーモラスな外見に反し、倒れた犬や落ちた人を捨てていかざるを得ない過酷な状況が染み渡る演出も面白かったです。
庄蔵/エカテリーナの市川猿之助がびっくりするくらい上手。コメディリリーフとして要所要所を明るく持ち上げながら、肝心なところでしっかり涙や怒りを共有させる。最後の別れの場面の感情の爆発は「これぞ歌舞伎!」という強度で、悲しさに胸をかきむしられると同時に、役者たちの達者さに胸がすく思いがしました。
芝居の全体の後味を握っていたのは間違いなく猿之助だと思います。ほかに、新蔵の片岡愛之助のニヒルな二枚目っぷりも見事でした。
あとは衣装に舞台道具。最初の場面のボロボロの姿も、ロシアで国賓扱いを受けていたころのゴージャスな衣装もどれも見事です。
ただ、ひっかかるところもありました。光太夫は「日本人だから日本に帰りたい」というようなことを叫ぶのだけど、これだけナショナリズムが蔓延し、社会が閉塞している日本において、たとえ芝居の中とはいえ、そういう言葉をストレートに出すのは不用意ではないか。「伊勢に帰りたい」という懇願はわかるのだけど……。これ原作にあったのかなあ。
とはいえ、「1本マストの船でしか航海を許されない」ことについて強調するなど、国家権力によって彼らが苦境に陥っていることを伝える意志はあったと思うのですが。
あと、女形を嗤うような演出もちょっと笑えなかったですね。もったいないと思いました。