ホンのつまみぐい

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地下アイドルと高橋留美子とシェイクスピア/ナショナル・シアター・ライブ「夏の夜の夢」

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 ツイッタービヨンセ神輿という言葉を見かけて足を運んだ「ナショナル・シアター・ライブ夏の夜の夢」。イギリスのナショナル・シアターでの上演作品を高品質な映像でとらえ、映画館で上映するという企画だ。

 自分が好きだったさまざまなものを思い起こさせてめちゃくちゃ興奮したし、生まれて初めて見るようなものも映っていて、見ている間ひたすら楽しかった。

 「夏の夜の夢」はシェイクスピアの代表作の一つ。若人は四角関係。大人は略奪婚。妖精夫婦はケンカ中というごちゃごちゃした関係が、いつの間にかうまくまとまって全員カップルになる話。セックスや乱交の暗喩が頻出するハレンチな内容だ。本作ではそのハレンチさがポジティブかつ現代的に変換されていた。

 印象的だったのは「ビヨンセ神輿」こと、ロバと妖精王のセックスの場面だ。

 本作には演出上の大きな変更点がある。原作では夫婦ゲンカ中の妖精王オーベロンが、嫁のティターニアへの仕返しに媚薬を使い、目覚めた時に見た相手を愛するようにしむける。そのため、ティターニアはボトムと言う頭をロバに変身させられた人間に惚れてしまう。それをオーベロンが哂うという内容なのだが、本作ではティターニアがオーベロンに媚薬を使い、オーベロンがロバのボトムとセックスする。

 鳴り響くビヨンセの曲をバックに、オーベロンとボトムがベッドの上で踊る。すると、ふたりの乗ったベッドは会場全体を神輿のように回るのだ。この姿がツイッター上で「ビヨンセ神輿」と呼ばれていたのである。

 かつてStereo TokyoというEDMで踊るアイドルがいて、そのファンの人が「何故なら人類が直立二足歩行を始めた直後から音楽はダンスの供物であり、ダンスとは100倍希釈のセックスだからです。」と書いていた。「そうなのか!?そうかもしれない……」と漠然と思っていたんだけど、ビヨンセ神輿はまさにそれ。くだらなくて乱雑でハッピーでセクシャル。「あー、地下アイドル現場ってこうだったわ」とも思った。

 なじめていたとは言えなかったと思うけど、なんだかんだ私は地下アイドルのいい加減かつ感情的なフロアが大好きだったので、それと通底するようなくだらない場面がこんなところで見られて本当に感動した。

 ロバの耳を付けたキュートで大柄な黒人男性とセクシーで身体の薄い白人男性のエッチなダンス。めちゃくちゃくだらない。しかし、解放感しかない!!このくだらさなこそ人間の本質じゃないか?と思う。

 本作は幕間にあたる時間に演出家のニコラス・ハイトナーのインタビューが放送されるのだが、そこでハイトナーが「人は滑稽になりながら輝くこともできる」と話していて、まさにと言う感じ。

 オーベロンとティターニアの役割変更については、強者男性であるオーベロンが、妻をだましてロバとセックスさせるという原典の暴力性を瓦解し、家父長制を解体する意図があったという。

 たしかに、権力者であるオーベロンが、笑われると同時に精神的に解放される演出は爽快感があった。一方で、最終的に物語は主要登場人物の婚姻で終わるので、家父長制の解体が徹底しきれているわけではない。同性愛が夏の夜の夢……つまり一時の享楽のように見えてしまうという面もある。

 しかし、社会のくびきから解放された状態の人間の在り方にこそ、真実や輝きがあるという思想は作中に通底していて、ひっかかりはあるものの、強く共感してしまう演出だった。

 それにしても最後の方の客が手をつないでぐるぐる回る演出はBELLRING少女ハートのasthmaみたいだったし、カーテンコールでステージが床の高さまで下りてきて、役者と客が同じフロアで踊るのはStereo Tokyoを思い出した。

 自由と解放と滑稽さが備わっているという意味で、地下アイドルのフロアと最先端のシェイクスピア演劇が似通っているというのがとてもよかった。

 

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 高橋留美子も連想した。意に染まない結婚をさせられる少女・ハーミアと、彼女と駆け落ちする青年・ライサンダー。いいなづけの青年・デメトリアス。デメトリアスに懸想する少女・ヘレナ。

 駆け落ちの途中で妖精たちの棲む森で野宿することになるハーミアとライサンダーと、二人を追いかけるデメトリアスとヘレナ。ここで妖精パックがうっかり青年2人がヘレナに惚れるような魔法をかけてしまい、ハーミアとヘレナは地獄の罵倒合戦をはじめて、男二人はそれを見ておろおろうろうろする。

 このあたりにとても高橋留美子を感じた。何かあると遠慮なく全身を使ってキレる女と、お調子者だけどすぐうろたえて何もできなくなる男。

 高橋留美子作品は、女性が暴力を行使出来たり、男性を罵倒したりできるのが少年マンガとして画期的だったという評価がある。本作のこのあたりの演出も、男女の非対称性を薄めている部分があり、ちょっとスカッとした。

 合間に魔法のせいで女二人と男二人がカップルになる場面もあったりして、関係性がシチュエーションでぐるぐるとっかえられてしまうあたりのカオス感もるーみっくっぽいなと思った。

 また、本作ではオーベロンとティターニア以外の妖精たちは、エアリアルティシューとポールを駆使して舞台を動き回る。

 ティシューでは高い天井からつるされた布をつかみ、空中ブランコのように回り、ポールダンスでは水中にいるようにくるくると棒の周りに絡みつく。もちろん私はその姿が強靭な筋肉とトレーニングによって支えられたものだと知っているけど、それでもまるで生まれついてそうした自由な肉体を持った人々が軽々と踊っているように見えて、うる星やつらの世界を連想させて、そのぜいたくな画にうっとりした。

 また、エアリアルは行わないものの、ティターニア/ヒポリタ役のグェンドリン・クリスティー一挙一投足が、しなやかでたくましくて雄弁で、身体を通して感情を伝える術の見本のようだった。身長190cmと聞いて、ほれぼれしてしまった。

 

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