ホンのつまみぐい

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「フダンシズム」もりしげ

 「げんしけん」のヒットをきっかけに、オタクの自分語り系マンガがどっと増えた時期があった。「フダンシズム」はその一つと言っていいだろう。

 優等生で朴念仁な中学生男子・宮野数(みやのあまね)が、好きになった女の子・小西望の趣味を理解するために女装し、女友達として彼女の趣味である同人誌活動などに関わっていくコメディ。当時弟がヤングガンガンを購読していて、私も連載を楽しく読んでいた。

 設定はかなり飛躍しているし、登場人物もどこか堅苦しいしゃべり方をするところがあり、「げんしけん」が持つ「リアルな雑談」のおもしろさとは違った独特の個性があった。

 数は腐女子である望を理解するため、「×」の概念を腐女子である姉に教えてもらったり、手書きブログをはじめたり、即売会に参加したりしていた。

 その頃はすでにオタクの自分語り系マンガに飽きていたし、「男性作家が描く腐女子」とくればイラっとすることも多そうなのに、あまりそういうこともなく、数の右往左往を楽しく見守っていた。

 不器用な男の子が腐女子のことを丁寧に理解しようと努めながら、秋葉原や神保町に買いものに行ったり、即売会に参加したりして友達を増やしていく。その過程は趣味の世界を通して人と関わりあうことの肯定そのもので、即売会を終え、満足感を胸に友人たちと会場から去っていく数たちの姿は、すがすがしくかわいらしかった。

 過剰なエロ描写をくどく感じたことはあるけれど、数たちが女性を侮辱したり軽視したりするような描写が一切なかったので、作品そのものを否定するような気持にはならなかった。

 今思うと、不思議なバランスの作品だった。登場人物は全員不器用で、裏に臆病ささえ感じさせるけど、そのトンチンカンなところを笑いつつ、優しく見守っている。そんな空気が漂っていた。

 もりしげのことを最初に知ったのは、成年向け時代の暴力的でシニカルなエロマンガが最初だったから、そのギャップに驚きつつも、あの嘘のない息苦しさを作品の中で向日性に転化できるようなことがあったのなら、それはよかったと思った。

 だから、「もりしげ作品」が夫婦で制作されていると聞いた時、とても納得したのだった。

 後から「もりしげ」を知る人の中には、「おしかけメイドの白雪さん」の連載休止から、逝去までの話しか知らずに終わる人も多いだろう。

 でも、「フダンシズム」は面白かったし、優しい作品で、大ヒットはしなかったけれど、作品を愛している人がたくさんいた。そういうことを、簡単にだけど記しておく。