ホンのつまみぐい

誤字脱字・事実誤認遠慮なくご指摘ください。

「月の子」(清水玲子)を読んでの備忘録(ネタばれあり)

 

月の子 MOON CHILD 1 (白泉社文庫)

月の子 MOON CHILD 1 (白泉社文庫)

 

 

月の子 MOON CHILD 2 (白泉社文庫)

月の子 MOON CHILD 2 (白泉社文庫)

 

 

月の子 MOON CHILD 3 (白泉社文庫)

月の子 MOON CHILD 3 (白泉社文庫)

 

 

月の子 MOON CHILD 4 (白泉社文庫)

月の子 MOON CHILD 4 (白泉社文庫)

 

 

月の子 MOON CHILD 5 (白泉社文庫)

月の子 MOON CHILD 5 (白泉社文庫)

 

 

月の子 MOON CHILD 6 (白泉社文庫)

月の子 MOON CHILD 6 (白泉社文庫)

 

 

月の子 MOON CHILD 7 (白泉社文庫)

月の子 MOON CHILD 7 (白泉社文庫)

 

 

月の子 MOON CHILD 8 (白泉社文庫)

月の子 MOON CHILD 8 (白泉社文庫)

 

  高校生以来の通読。詳細をだいぶ忘れていたのでとても面白く読んだ。

 チェルノブイリ原発事故は初読の頃から知っていたけど、合間に登場するさまざまな事件もいちいち現実のものだったことは今回初めて知った。ツインタワーは健在だし、2011年3月11日も訪れていない社会。

 最後のキエフでの、交錯した人間の行き来の描写は天才的。この入り組んだ情報を読者に理解させる能力だけで、並の作家ではない。

 ショナがバイトをやめる時、餞別として渡された制服を「こんなカットのベストなんて着ないんで」と言って返そうとするところがツボにはまって何度か読み返してしまった。「ジミーとセツ以外は宇宙人のような見た目に見える」とか、時々ショナには人の心がないことを強調してくる。

 ティルトめっちゃかわいそうだし、生まれ変わったら幸福な生を送ってほしいとも思うが、それはそれとして「やべーなこいつ。とっとと死ね」と思いながら読んだ。

 感想を検索したら、ジミーがめちゃくちゃ嫌われていて驚いてしまった。そんなに無神経か……? もっとも私は人に「無神経」と言われる側の人間なので、一般的な感性とは異なっているのだろうけど、だとしても憎まれるほどのことをしているとは思えないのだった。

 そもそも、ジミーはアレクセイたちが犠牲になる忌まわしい未来に抵抗するため、アートに憎まれ、殺される未来を主体的に選んだのに、そこまで嫌わなくても。人間的なところが逆にいけないのだろうか。

 リタの扱いは残酷だけど、「美しいものがもっとも強い」特殊な弱肉強食の清水玲子世界で、もっとも美しい男であるギル・オウエンことティルトを、少女マンガの人物としては無骨なリタが殺すのは、爽快でもあった。利他という名前の人物が、もっとも利己的な人物に振り回され、最後は利己的な選択によって相手を殺すというのも、偶然だろうけど寓話的だ。

 私はリタを「醜く弱いものたちを踏みつけてきた、美しく力のある男の代表であるティルトを殺すハイスペックな女」と解釈し、英雄として読んでいた。

 ただ、それは私がそれなりに歳を重ね、無骨な外見にコンプレックスを感じる必要はないと理解できるようになったからだし、もともと私自身が「自分をおとしめ、利用した人間なんて殺してやりたいに決まってる」と断じる人間だからだろう。

 そうでない読者の何人が、リタのことを哀れだと感じ、「ああはなりたくない」と思うのだろうか?

 名作と呼ばれる少女マンガの中には、無自覚なミソジニーを感じるものが少なく無い。描き手が新しい価値観や世界を描こうと思った時に、その夢を男性キャラクターに仮託せざるを得ないことが多く、それが往々にして作中での女性の排除につながってしまうからだ。女性が自由に生きることを許さない現状が、マンガの中にミソジニーとして反映されており、それをかぎ取ってしまうたびに窮屈な気持ちになっていた。

 清水玲子の作品は押しなべて「美しいものが強者」という野蛮な価値観に支配されている。それはあからさまなルッキズムの肯定だけれど、「クジャクは羽根が美しい方が生殖に有利」といった動物的な世界に身を投じることで、人間社会の枷から逃亡したいという欲求のようにも思えて、読後感はより複雑だ。身体の価値をねじまげるという意味では、駕籠真太郎に近いものを感じる時もある。

 「月の子」では、表向きには愛の成就によって人間社会も人魚の社会も救われる。しかし、美も愛もすべてを無効化したような世界の崩壊が示唆されることで、人間そのものが害悪と規定され、ひんやりした悪意が読者の前に突き付けられる。

 少女マンガ的なロマンスを大枠で採用しながら、最終的にそれを崩壊させる不思議な物語と言える。

 清水玲子ミソジニールッキズムについては「輝夜姫」を読むべきなのだろうが、あまり評判がよくなくてちょっと気が乗らない……。