ホンのつまみぐい

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4月に読んだ本・マンガ

  野中モモさんがZINEについてさまざまな角度で語る本。

 ご自身とZINEの話。制作者へのインタビュー。海外のZINEの状況などが掲載。

 野中さんは毎月新宿のカフェ「ZINESTER NIGHT PARTY」という集まりを開催しているのですが、そこで本書に登場するZINEを実際に見せていただきました。きわめて個人的な言葉がつづられたそれらのZINEを見て「自分の言葉を表に出すというのはもっともっと個人的でよいのだ」と実感。「自分の言葉で語る」ということの意味を考えさせられる本です。

ドキュメント ゆきゆきて、神軍[増補版]
 

  自分が読んだのは文庫の方なのですが、単行本しか登録されていなかったのでそちらのリンクを。

 この本を手に取る人の多くは「奥崎謙三とは何者なのか」への答えを求めていると思いますが、本書ではそれは明らかにはなりません。「代役を立てるまでの流れ」や「殴りかかる場面での詳細」など、映画を観て感じるちぐはぐな部分の穴埋めにはなりますが……。監督のエッセイと日記、採録シナリオ、井出孫六原一男の対談が掲載。

 しかし、自己顕示欲の塊・奥崎謙三に「人を刺すのでそのシーンを撮ってください」と言われて、撮るかどうか悩む監督も相当ヤバい。そんなんNG一択では。

 原の伴侶であり製作プロデューサーである小林佐智子が泣いて止めたそうで、撮影のための殺人はチャラになったけれど、映画を観た人はご存じの通り奥崎は結局元中隊長の長男を銃で打ってしまう。笑えない話ですわ。

 個人的に印象的だったのは、原はかなり奥崎にイライラしていたのに対し、小林は奥崎の行動をチャーミングだと思っていたという話。だからこそ、殺人に泣いて反対したそうですが。小林プロはあまり表に出てこない印象だけれど、彼女がいなければ映画は完成しなかったのでは。

 神軍最大の謎の一つ、奥崎謙三の伴侶・シズミが旦那をどう思っていたのかについても少し書いてありますが、「旦那を本気で尊敬していた」ということがわかって複雑な気分。

 井出×原対談「なぜ戦争にこだわり続けるのか」で、原と井出が「自分たちより下の世代は奥崎さんの行動をまず笑う(ネタ消費する)」的な話(こういう表現ではないですが)をしていたのも印象的。

 

銭ゲバ 大合本 全4巻収録

銭ゲバ 大合本 全4巻収録

 
告白

告白

 

 

アシュラ 大合本 全3巻収録

アシュラ 大合本 全3巻収録

 

 

スンズクの帝王 オリは毒薬

スンズクの帝王 オリは毒薬

 

 ジョージ秋山、「人にカッコいい説教したい」欲が強すぎでは。いろいろご苦労されてるんだろうなとは思うけど、全体的にナルシシズム強くて乗れないんだよな。

 とはいえ、貧困や欲望を自分ごととして見つめて表現するその力は疑う余地なし。「資本主義とはなにか」「欲望とはなにか」を扱った作品群は、「ナニワ金融道」や「カイジ」に先行しています。しかも「銭ゲバ」はサンデー連載。「銭ゲバ」「ナニワ金融道」「カイジ」などを振り返ることで、マンガで描かれる「資本主義」がどう変化したのかをたどるのは価値がありそう。

 あと、マンガは間違いなくうまいと思います。70年代の空気を感じる冒険的なコマ割りや演出は今見ても魅力的だし、それを青年誌移行後もちゃんと引き継いでいるのもすごい。セリフも力があるし。

 

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 2019年秋の文学フリマで、偕成社文庫そっくりの装丁を見つけて手にとったら、大昔、岡田淳がテーマの読書会でお会いした方でした。

 以前は教員をやりながら空き時間にバーに立っていたそうですが、今は「夜学バー」というバーの経営をされているとか。本作は教員からバー経営者という不思議な経歴を重ねた著者による、たまり場に関する哲学書

 小学校の中にある不思議なバーを通して、居場所の意味を説く作品。ちょっと説明的なところもあるけど、バーという中間領域の魅力を丁寧に描き、その必然性を「小学校にはバーくらいある」という表現で言い切る意思がまぶしい。「バーくらいある」という言葉は裏返せば「どの場所にもバーのようなあいまいな領域がないとダメだ」ってことなんだろうなと。

 

狼になりたい!

狼になりたい!

 

  この服のシワ! ちょっとずらした薄めのトーンの貼り方!! 歌だったら大サビにあたるところに入る唐突なポエム!!!

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  いやー、90年代インディー(二次創作同人誌のことです)の一部で流行ったこの感じ、好きだったなーー。いま読み返すと架月さん、季節を感じさせるのがうまい。表紙の絵もめちゃくちゃいいですね。

 

 

 

 

 

  アニメきっかけで。「秘密の新選組」で止まっていたので、こんなにロマンチックな表現をされているのを知りませんでした……。すごくよかったけど、ちょっとその魅力をすぐには説明しづらい。情念のこもったエロティックなSFという意味では、竹宮恵子なんかも連想しました。この独特の世界観を、芯を外さずに映像化したアニメもすごい。

 

図解でシッカリ! よくわかる労働法

図解でシッカリ! よくわかる労働法

 

 

 

 kindleunlimitedで労働法の本を読んでいますが、雇用者目線か、労働者としていかに得するか目線のが多いですね……。こういう本は「法の本質は力の弱いものを守ること」はというのを最初に説くべき。「君の働き方に未来はあるか?」とか、紙だったらぶん投げて捨ててたレベルですね。正社員と非正社員の分断をあおる文章、端的に言って害悪です。やっぱり読み放題に頼らず、しっかり選んで読まなくちゃだめか。

 

 3月に引き続きまったく本を読めず。5月はちょっと無理してでも読書量を増やしたい。

 

追記:エントリを新しく作るのはゆううつなので、ここに書いてしまうけど、さちみりほがかなり無理な政権擁護を繰り返していること。名香智子中韓差別を含んだツイートをRTしていたこと。「ベルサイユのばら」で二次創作をしている人や、萩尾望都ファンの中にアジア人差別を隠さない人がそれなりの数いることに気がついてとてもがっくりしてしまった。

 さちみりほ作品は読んだことがないけれど、名香智子は恋愛における精神の自由を描いていたし、ベルばらは「人権」を獲得するまでの物語なのに、どうしてそうなるんだろう。白人に憧れていただけなのか。

 

 以下はツイッターに書いたことの抜粋。

 「ベルばら」は人権を奪取するための物語なのに、そこから「身分違いの恋萌え」と「ヨーロッパへのあこがれ」しか読み取らなかった人がたくさんいるということに失望した日にこれ(星野源×安倍晋三動画)が出てくるの本当に怖いしつらい。
 でも、それは池田理代子の限界かもしれない。池田理代子の作品は、いつも「ブルジョア」視点だったし、「エロイカ」「オルフェウスの窓」では革命の成果に対してペシミスティックな目線を向けていた。おそらく「全共闘世代の失敗がその後日本の社会運動に暗い影響を与えた」という俗説の流れに乗っている。

 「ごめんなさい…」という初期作は「貧乏人に同情してあれこれ世話をやいていた女の子が、自分の同情は思い上がりだと思い知る」話だけど、この物語は貧乏な女の子への救済が一切描かれていない。最後は金持ちが反省して終わりってひでえ話なんですよ。

 でも、私が最もムカついたのは、「絵のコンクールで貧乏な女の子が、荷車を引いた家族の貧しい姿を描いた絵で特選を取る」という流れで、「貧乏人だから貧しい日常を描いた絵で賞を取る」っていう池田理代子の人間に対する想像力のなさだった。

 ↓で読めます。

www.sukima.me

 池田理代子本人はずっと実践と主体の人で、そこにブレはない。彼女はやった人だし、それで勝った人なのだから。でも、だからこその貧しさが彼女の作品にはある。「ベルばら」は人生ベスト10に入るくらい影響を受けてるけど、それでも、作家として肯定できない面がたくさんある。
 そういえば、私は高校生の頃に「ベルばらって貴族のお嬢様のオスカルが革命に目覚める話で、召使のアンドレは市民側に対して何の言葉も持っていないけど、これっていいのかな?本当はアンドレに語らせるべきでは?」とは思ってたはいたんだよな。
 だけど、「ベルばら」においては男女間の格差をひっくり返した手際が見事すぎて、そこは議論されてこなかった。だから、アニメで出崎統アンドレを「自分たちにとって革命とは何か」を理解している男にしたのはやっぱり意味があったのだと思う。

 「ベルばら」ファンの差別的言動や、民主主義の軽視を見ていると、そこまで作品に押し付けるのは間違いと思いつつ「『ヨーロッパの美しい貴族のお嬢様』が『革命』を能動的に扇動する」というプロットの限界を感じてしまう。

 と、言うようなことを考えた、4月でした。

 さらに追記:シャルトル公爵家シリーズでは召使いすらほぼ絵の中に描かなかった名香智子。興味がないというか、自分の世界に必要ないと思っていたのかもしれない。たしかに、自由を愛してはいても、人権には考えが及んでいなさそうではあったと思ったり。