ホンのつまみぐい

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その地獄は他人事か、地獄に文化は必要か? ラップの似合う街・川崎の今を書くルポルタージュ「ルポ川崎」(磯部涼)

「気付いたら15の時にはヤクザの鞄持ち」


ヒップホップグループ・BADHOPのメンバーの一人・T-PablowがTV番組「フリースタイルダンジョン」内で、この言葉を口にした時に、一部で「あんなのハッタリで、本当はまともな家の子なんだろ」と毒づく人間が現れた。


これはT-Pablowの番組内での折り目正しい態度に加え「そんな人間がテレビバラエティーに出ているはずがない」というバイアスによるものだろう。


しかし、彼の言葉に嘘はない。モニターの向こうからT-Pablowをちゃかした人たちが、「ここは本当に日本なのか」と思うような土地が、彼の生まれ育った場所だ。


音楽ライター・磯部涼によるルポルタージュ「ルポ川崎」は、川崎で活動あるいは生活する人々に取材している。


川崎市は東京に面した細長い市で、街の様相は区によってかなり異なるが、本書のメインとなる川崎区周辺は市の中心地であると同時に、同市の中でもっともハードな環境の土地だ。


まず驚くのは、川崎中一殺害事件(10代の少年グループが中学1年生の少年を凄惨な方法でなぶり殺し、川に捨てた2015年の事件)の取材を進める著者の前に現れる街の様相だろう。


火災で11人もの死者を出した簡易宿泊所の跡地におもむくと、背後の公園からひどく酔っ払った中学生くらいの少年が現れる。地元の若者に話を聞くと、宿泊所火災も中学生によるリンチ殺人もよくあることと返される。


死者すら出した、南北戦争と呼ばれる暴走族の対立や、中学生から上納金を徴収するヤクザの話、アルバイト感覚で違法薬物を売りさばく青年たち。どれも多くの人にとって、「同じ日本とは思えない」話だろう。


こうした地域で、著者はミュージシャン、スケーター、ダンサー、福祉施設職員など、さまざまな立場の人々に話を聞いていく。


本書の軸の一つとなっているのは冒頭で紹介したBADHOPの存在だ。メンバーの多くは幼稚園の頃からの幼なじみ。中学生の頃にはヤクザから上納金の徴収を受け、資金の確保のために窃盗を繰り返していたという彼らは川崎の街の暗部を身をもって体感しており、音楽によってそうした境遇から抜け出そうとしている。


T-PablowとYZERRの高校生RAP選手権出場を一つの契機に、「本当の大人」と出会うことになったBADHOPは、その後ラップスターとしての道を歩み始める。彼らの成功に牽引され、ラップを始めた若者たちの存在が本書には何度も登場する。

 

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本書が悲惨な状況を写し取っていながら、全体としては陰惨な印象だけで終わらないのは、こうした能動的な人々の営みが繰り返し描かれているからだろう。


10年続いた、工場の屋上でのレイブ・パーティー「DK SOUND」。日本社会になじめないまま大人になる在日外国人の多く住む、桜本で開催される社会福祉法人主催の多文化フェス「桜本フェス」。街の自転車屋さんとして親しまれながら、若いスケーターの交流の場所となるスケボーショップ「ゴールドフィッシュ」。お互いの音楽を認め合うことで、不良同士の対立から逃れた「FLY BOY RECORDS」の面々。


著者は後書きでこう記す。


「例えば、BADHOPが発端だったとはいえ、もともと、本書では音楽を主軸にするつもりはなかった。しかし、取材を進める中で痛感したのは(元)不良少年たちが人生を軌道修正するときに、音楽ーー大袈裟な言い方をすればそれを含む“文化”がいかに重要かということだ」


ここで言う「文化が重要」というのは、なにがしかの芸術や娯楽を享受すれば「上等な人間になれる」とか、「幸福になれる」という効能の話ではない。


自分が何を愛する人間なのかを知ること。文化というフィルターを通し、自分自身や身の回りを見直す契機を得ること。出自や立場の異なる他者と愛するものを分け合うこと。


ここで文化によって育まれているのは、自身がどのようなものに囲まれて育ち、何を愛する者なのかという自覚、つまり“アイデンティティ”にほかならない。


桜本フェスを開催している鈴木健は「桜本フェスが終わった後も、理由があってこの街に住めなくなってしまった子が、『ここがオレの地元だ』って泣いていました。もちろん、彼ら彼女らを取り巻く環境は改善していないわけだから、『フェスが、地元意識が、なんになるんだ』という意見もあるでしょう。それでも、生きていく上で何かしらの力になるんじゃないか。いや、なればいいなという、僕の一方的な、祈りに近いような想いですよね」と話している。


また、自らの育った街をとんでもないところだと話しながら、「でもさぁ、東京のヤツらって友情が薄くない? やっぱり、川崎はその点が濃いからいいよなぁ」とBADHOPのメンバーは笑いながら話す。別に、東京だって、あるいはそのほかの街だって、友情が薄いなんてことないだろう。でも、そうやって自分自身の街を前向きに言葉にしていく姿に、読者の方が不思議と勇気づけられるのだ。

本書はもともとサイゾー本誌・WEBの2媒体で連載されたものだが、初期には「川崎の悪い面を強調しすぎ」と批判を受けたという。これを踏まえた上で、著者は自らの中に「次はどんなヤバいことがあるのだろうか」という下世話な好奇心があったことを否定せず、自らの行動をスラム・ツーリズムから一歩進んだものにするためには「やるべきことは、書くことだ」と書いている。


観光客から当事者になり、彼らの生きる場所を自分たちと地続きの場所とするための行動。


そして、面白いのはヒップホップという文化に「ヤバいものを安全なところから楽しみたい」というスラム・ツーリズム的な欲望を満足させる要素があるところだ。

 

現在、日本語ラップ好きの間では、かつてA-THUGと同じSCARSというグループに所属していたSEEDAの運営メディア「ニートTOKYO」が話題になっている。ここで配信されるインタビュー動画は、これまでメディアで取り上げられることの少なかったアンダーグラウンドなアーティストが多く登場し、内容も時折きな臭いものが混じる。これらの動画のヒットは、間違いなくある種の下世話な欲望に牽引されているだろう。

 

2017.11.20 SEEDAインタビュー書き起こし(素起こし) #DOMMUNE #ニートTOKYO - RED NOTE

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また、本書に登場するA-THUGが参加しているDoggiesの曲「Doggies Gang」では、「雹と雪が降る 野菜を食べる」という表現で違法薬物を取り扱っていることが示唆されている。

 

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私がクラブでこの曲を聴いたのは、おおよそイリーガルな生活には無縁の青年たちが主催したイベントでのことだった。


そこではアイドルアニメ「Wake Up, Girls!」の曲の後に「Doggies Gang」が流れていてたし、彼らが制作した曲の中には、「野菜を食べる」というサビのノリをそのまま楽曲に転用した、ふざけたリキュール賛歌もある。

 

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イベント後の呑み会で、現場で体感したDAWG MAFIA FAMILYにおけるA-THUGのスター性について親しげに語る彼らを見ていると、ある種の当事者性を彼らが文化を通して獲得していることを実感させられる。


こうした形での親密さは、別に社会運動につながるようなものではないだろうが、結果的に断絶しがちな階層の人間同士を、「同じ国に住む者だ」と自覚させる役割を果たしているはずだ。


「ルポ川崎」を通して描かれているのは、私たちと同じ日本のとある街の現状であり、文化が人間に果たす役割に他ならない。

 

ルポ 川崎(かわさき)

ルポ 川崎(かわさき)

 
写真集 川崎 KAWASAKI PHOTOGRAPHS

写真集 川崎 KAWASAKI PHOTOGRAPHS

 

 単行本にもかなりの量の写真が掲載されていますが、写真集は紙の違いにより、まったく違った質感を持った、作品として見応えのあるものになっているので、ぜひご一読を。

BADHOP「Life Style」のPV監督、Ghetto Hollywoodさんが「夜明けから朝方までの時間を書かせたら日本一」と評した、磯部さんの文体に近い印象を与えるのも写真集の方だと思います。

tocana.jp

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hontuma4262.hatenablog.com

余談ですが、ヒップホップとスラム・ツーリズムと言えば、以前ロベルト吉野が「東京DEEP案内」に書かれたドリームハイツの紹介文(当然古びた街という揶揄的な表現)を「僕の街イケてるでしょ」という感じにシェアしていて、それを何となく「メタラーの吉野さんがヒップホップの人っぽいこと言ってるな」と思ったことなんかもふと頭に浮かびました。