ホンのつまみぐい

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ラップ・ミュージアム RAP MUSEUMにて特別映画上映「サウダーヂ」を観た@市原湖畔美術館

市原湖畔美術館、あまりにも遠い。

東京駅からの高速バスを降りて、バスターミナルから事前に呼んでいたタクシーに乗り込む。山道を行く車の車窓から外を眺めると、「ぞうのくに」という看板が見えたので、思わず運転手に声をかける。

「『ぞうのくに』って何ですか」

「象が10頭以上いるんですよ」

「えっ……」

「このへんの子に描かせると、みんなうまいこと象を描きますよ」

「へえ……」

巨大で賢い象の飼育はとても難しいと聞く。それなのに、その象ばかりが10数頭いるなんて、どんな施設なんだ。

「ぞうのくに」の看板を通り越し、湖にかかった橋を渡ると、左手に白鳥ボートが見え、目的の市原湖畔美術館についた。現代的な建物の右手には巨大な湖が見える。曇天にけぶるその風景は、まるでイギリス絵画のようで、象のいる施設、人気のない白鳥ボート乗り場と合わさって非現実的だった。まるで涅槃だ。

建物の中に駆け込むと、そもそもの目的だった映画・サウダーヂはもう始まっている。

東京駅から高速バスで何時間。バスターミナルを降りてさらにタクシーという立地のこの場所のイベントに行くには、交通機関の乗り遅れが許されない。私も念を入れてかなり早めにバス停留所に来ていた。

しかし、停留所が2ヶ所あり、時間ごと順番にバスが止まることを知らずに待機していたら、あっさりバスに逃げられた。いや、私京成バスの人に何度も確認したんですが……。「おっさん! ここでいいですよねって画面見せながら聞いたやんけ!」と、思わず頭に関西弁の罵倒が浮かぶが、逃したものは仕方がない。映画は途中からとあきらめて、まずは展示に目を通す。

入口はサイプレス上野の部屋の再現。1980年生まれのB-BOYの部屋には少年時代からの蒐集品と、今の彼らの活動の片鱗が混ざり合っている。ひときわ目立つスチャダラパーのポスターに、レコード、CD、テープ、マンガ、雑誌、古い写真などなど。

大量のヒップホップ関連品の中に、町内会の広報が何気なく貼ってある。7月のドリームハイツ夏祭りでのサ上とロ吉のライブの様子が載っていた。

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上熱大陸 @ドリームハイツ夏祭り2017

奥に進むといとうせいこうの東京ブロンクスが聴こえてくる。展示の中で最も独自性の高い内容と思われる、フロウの可視化だ。小節ごとに言葉がどのように配置されているか、韻がどこで踏まれているかがパネルの上に表示されている。パネル横にはヘッドフォンが設置されており、該当のラップが流れる。歌唱に合わせ、矢印が歌詞を指し示してくれる。

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ラップにおける「乗せる」「ハメる」の概念が一発で理解出来る。各MCの言葉の詰め方や韻の置き方を見比べることで、漠然と個性やクセと呼ばれていたものが可視化されている。批評的価値が高く、なおかつラップの面白さを門外漢にも理解させやすい。これこそ学問の仕事。

音楽の構造を理解するための手がかりといえば、KOHHの曲を分解した展示も面白そうだったけれど、触る時間がなかった……。

リリック帳の展示はノートや原稿用紙など、ほぼ紙だったけれど、今はスマートフォンのメモ帳に書いている人も多いと思うので、そこはもう少し世代差のある人を入れて欲しかったかな。

階段を降りて地下に行くと、カセットテープ、レコード、Tシャツ、フライヤー、雑誌、書籍などの展示。じっくり眺めるヒマがなく残念。

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 そして、VRゴーグルをかけてサイファーができるという空間。あらかじめ撮影したサイファーの映像が流されていて、そこに割り込める仕様らしい。私は体験しなかったけれど、サイファーに参加するのはけっこう勇気がいるので、味わってみたい人にはいいかも。

※下記の記事から実際に会場で流れている映像が閲覧可。

www.360ch.tv

B1Fで印象的だったのは、磯部涼ルポルタージュ「川崎」連載時に掲載されていた写真のパネル。おそらくBADHOPの川崎チネチッタでのフリーライブの写真だと思うのだけど、若者たちが柵に捕まりながらステージを見上げる写真が強く印象に残った。全体的に青味の強い細倉真弓の写真は、明け方の空の懐かしさや冷たさを連想させて、ヒップホップを記録するのにふさわしい美しさがある。

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また、「女性ラッパー」というテーマで取り上げられていたRUMIとCOMA-CHIへのインタビュー映像で、COMA-CHIが女性が増えてきた今のシーンを肯定的に語るくだりに胸が熱くなった。

奇妙なインパクトがあったのは壁に貼り出された来場者アンケート。

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「ヒップホップだった瞬間」には、憧れの人のライブを見た時や自分の活動のことを書いてる人もいれば、橋の欄干でノグソしたとか、ケンカ売られたけどひるまなかったとか、給料踏み倒されたとか、自身の野生的な経験を書いてる人も多かった。それはただのひどい目にあった自慢、ボンクラ体験自慢では……。いや、そういうものなのか。

「展示を見て生じた感情を書かせて壁に貼る」というしかけはよくあるけれど、これはどちらかというとファンジンなんかにある「好きになったきっかけは?」「どの曲が一番好き?」への回答が書かれた参加者紹介ページというノリ。あるいは昔のインターネットでよく見かけた「〇〇好きへの100の質問」か。ああ、つまり結果としてファンの可視化になってるのか。

 

ざっと展示を見てから上映会場へ。サウダーヂは建築業が衰退した山梨の町を舞台に、閉塞感漂う人々の日常を納めた映画だ。

生業と平行しながら撮影をしているため、制作には1年半を要している。登場人物の多くはスタッフの友人・知人を頼っており、今も山梨で生活する人が多い。

カメラは劇映画的な美しい風景を捉えず、地方の町の生々しいリアリティを映す。光がさすごと、ふりつもったホコリが浮かび上がってくるような古い街並みや店先の画から感じられるのは、懐かしさではなくわびしさだ。一方で、登場人物が幻覚を見る場面では、レンズを単色のセロファンで覆って撮影したような、チープであざやかな画が映し出される。

山梨出身のラッパー・田我流は、地元の町に進出する移民たちに激しい憎悪を燃やし、急速に右傾化していくラッパー・猛を演じている。

率直に言って、観ると憂鬱な気持ちになる映画だけれど、その生々しさからは目をそらせない。


映画『サウターヂ』予告編

www.youtube.com

上映後のトークには監督の富田克也、脚本の相澤虎之助、主演の田我流が参加。磯部涼が司会を務めた。

トークでは、映画制作の裏話、2011年の公開時から現在までの変化についてなどが語られた。

サウダーヂの公開は2011年11月。東日本大震災直後に公開されている。

6年後の今を語る言葉として下記のような話が出た。

「公開当時鼎談で『ひとつ苦言を呈するなら、類型化されすぎているのではないか』と話したが、レイシズムや排外主義の横行により、社会そのものが類型化している」(磯部涼

地元の20代の若者と話すと、感覚がまるで違う。ぼくらは落ちていく最中を見ていたけど、彼らは、ずっと落ちた状況を見ている。もし続編を作るなら彼らの世代を書かなくては」(冨田克也)

「(映画は移民を排斥する場面があるが)若い子にとっては、移民の子がいるのは当たり前になっている。次に制作するならそういう世界を描くことになるだろう」(相澤虎之助)

また、冨田監督は「バンコクナイツを作り終えて、見方が随分変わってきた。改めてサウダーヂを観て、意地の悪い映画と感じた。当時はそんなつもりはなかったけれど」「(当時の)知事に『これは裏の山梨ってことで』と言われて、当時は反感しか持たなかったけど、今見ると『そうですね』と思う」と話していた。

制作についての裏話としては、作中に登場する日出ずる国、大和魂などという言葉がちりばめられた愛国ラップのリリックは磯部涼が協力して書いたという話や、田我流が台本を覚えようとしたら、前日に「覚えなくてもいい」と言われ、かなりアドリブで撮影した話や、あまりの適当さに現場に来た磯部涼が驚いた話などが紹介された。ちなみに、UFO-Kは甲府アナグラム。アーミービレッジのラッパーたちの名前は、武田二十四将から取っているそうだ。

各人が主に山梨で働きつつ、地元の町を取材しながら制作するという空族の方法論についてもさまざまな話が出たが、下記のインタビューやちょうど先日発売されたAERA掲載の「現代の肖像・冨田克也」と重複する部分もあるので、割愛。

www.mammo.tv

AERA8/28号

AERA8/28号

 

主演の田我流の言葉はいちいち印象的だった。

磯部「映画に出てくる空き地のスケールがデカイよね。田ちゃんがそういう中で暴走族に会うとナウシカ王蟲みたいなパワーを感じてうれしくなるって

田「今でもそういうことあるよ。『今日は暴走族来るってよ!見に行こ!』みたいな」

田「出口のない話だと思うけど、現状を知るにはいい映画だと思う。あれこれ言うけど、いろんな国の人が来ないとやっていけないし。都内のコンビニは中国の人ばかりでしょ。あと、ギャグが面白いよね。現状が行き止まりでも、面白い瞬間はあるというか。生きてる人に罪はないし、いつでも一生懸命生きているから」

田「(ロードサイドの郊外化がもたらす風景の均質化について)オレはけっこう楽しんでるよ。『おっ、この道の感じは、次は松屋が来るぞ!当たった~』みたいな。ドンキの駐車場にいるやつの顔を見ると、街の質がわかる。『ここはヤバいな』と思ったら、そういうところはいいラッパーがいるんだよね

田「ぼくらは山梨の記録する係みたいなもんなんで。あ、これなくなったなとか。いろんな街に行ってライブするけど、元気、どんどんなくなってるよね。今の若い子のリリックを見ているとAKIRAを感じる。ハイになりたいみたいな。そういうのをニヤニヤしながら見ていきたいなと。『あのおっさん、まじイカれてるな』みたいな感じで

記録する係……。叙事詩人なのか。自我から少し離れたところに、表現に対する責務を感じているというのが印象的。

トークが終わり、帰りのタクシーを待つ間に、少し美術館の人と話をする。今回の展示は、ヒップホップ好きのいち学芸員が企画したということだった。あとで過去の企画展を調べていて「開発好明:中2病 展」ではYOUNG HASTLEが音声ガイドに起用されていたことを知り、伏線に笑う。

夏休み中なので、けっこう子供たちや近所の年配の方も訪れているらしい。そういえば、この時期の地方の美術館は子供向けのフレンドリーな展示をしているところも多いのに、ここではなんだかんだ不良であることも強みに出来る文化を本気で展示していて、ちょっと面白い。会期中のワークショップにも幼児から小学生までを対象としたものがいくつもあった。

「彼女は、展示用のTシャツを大切そうに眺めていましたよ」という美術館の人の話にちょっと胸が温かくなる。ただ、その熱意の展示が、一部で「東京でやってくれればいいのに」と言われていたことを思い出して、勝手にちょっとイラッとした。地方がいくらがんばっても、結局東京なのか。

帰りのタクシーとバスの中で、CDTVの収録のために東京に来ているというライムスターファンの方とお話しする。Mummy-Dのリリック帳を観に来たのに、展示されていなくてショックだったとか。9月頭には展示されていたようなので、9月6日発売のアルバム関連のリリック帳だったのだろうか?

行きは電車を乗り継いで来たという彼女は、途中で「歌声列車」というものを観たらしい。先頭1両だけ「歌声列車」として運行しており、外から列車の中でアコーディオンを演奏する人が見えたとか。市原に対する涅槃浄土の印象が再度更新された。

lsm-ichihara.jp