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映画「赤ひげ」悲惨は普遍だけど、ヒーローも普遍だ!@鎌倉市川喜多映画記念館

 

赤ひげ [Blu-ray]

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何このハートネットTV8回分。いや、クローズアップ現代5回分でもいいか。

 
 赤ひげすごかった……。普遍と驚愕を秘めた映画で、まさに芸術だった。
 
 江戸時代の養生所を舞台にした映画「赤ひげ」。
 
 赤ひげと呼ばれる変わり者の偉人から頭でっかちの若者・保本が「医師とはなにか」「人間とは何か」を学んでいく話だ。
 
 これ、観る前はちょっと怯みがあった。怒られそうじゃないですか。お前らはだからダメなんだ。どうして社会に目を向けないんだ、とか。
 
 でも、赤ひげは怒らないのだ。
 
 いきなり貧乏人の集まる養生所に放り出されてふてくされている保本が、武士のいつまでも来た時のまま、武士の身なりでいても。幼い頃から性的虐待を受け、発狂してしまった女性に惑わされて死にそうになっても。
 
 自分自身の信念の話はたまにする。かの有名な保本に対する「貧困と無知」に対する雄弁な語りも、保本に対する説教かと思ったらどちらかと言うと自戒に聞こえた。
 
現在我々にできることで、まずやらなければならないことは、貧困と無知に対するたたかいだ。
 
貧困と無知に勝ってゆくことで、医術の不足を補うほかはない。
 
わかるか。
 
それは政治の問題だと言うだろう。誰でもそう言ってすましている。
 
だがこれまで、かって政治が貧困や無知に対してなにかしたことがあるか。
 
貧困だけに限ってもいい。江戸開府このかたでさえ幾千百となく法令が出た。しかしその中に、人間を貧困のままにして置いてはならない、という箇条が一度でも示された例があるか。

 

 わ、わかる〜〜!!
 
 赤ひげは1965年公開の映画だけど、50年経ってもまだその話してるから!
 
  もちろん貧困だって「50年経ってもまだその話」って感じだ。そういう意味でもっとも既視感を感じたのは、おくにという子連れの女性の話。
 
 小さい頃から、母と母の連れの若い男と暮らしていたおくには、ある日、母は父を捨てて若い男と逃げたという事実を知る。
 
 おくにが成長すると、母は男をつなぎ止めるため、おくにと結婚させる。しかし自ら手引きしておきながら母はおくにに嫉妬するのだ。母が死んだ後、ろくに働かない夫は「父に金を貢がせら」と言う。おくには、かつて全てを知りながら、自分と子供を引き取ると言ってくれた父を「父を不幸に陥れた男と子供も設けてしまった自分にそんな資格はない」と思い込んではねのけたことがある。身勝手な夫に怒りを感じたおくには、つい夫を殺してしまう……。
 
 って、雨宮処凛鈴木大介が取材してそうだな! 絶対似たような事件ある、今でもきっと。
 
 おくにが「父を不幸にした男と一緒になった自分」を責めるのが本当につらかった。
 
 3時間のあいだに、こういう生々しい聞き覚えのある悲惨がズバズバ打ち込まれてくる。
 
 映画は保本の成長を縦軸にさまざまな患者たちの生き様をオムニバス形式で描いていくのだけど、中だるみのなさが凄まじい。驚くくらい飽きずに見られる。
 
 その理由は何かといえば、やはりありとあらゆる場面がある種のリズムを刻んで描かれているからではないだろうか。
 
 それは音響によって生まれるリズムとは限らない。
 
 ある場面で、隠し事をしている女・おなかが恋仲の男・佐八の求婚をはぐらかそうとする。女は目をそらして逃げ出すことで男の熱意を交わそうとするが、じれた男が詰め寄ってくる。
 
 それだけの場面なのに、カメラの切り替わりが生み出すテンポの良さでなぜかハラハラしつつ気持ちよく見られる。
 
 佐八とお中はそのまま結婚するが、大地震で別れ別れになってしまう。次にふたりが出会ったのは2年後、風鈴市でのこと。リンリンと涼しげになる風鈴の音が響く中、佐八は誰のとも知らない子供を背負ったおなかを見つけてしまう。
 
 ここからふたりの会話と別れの間に、挟まる風鈴の音がとても美しい。
 
 昼の光の中で出会ったのはふたりは、短い会話を交わしてから夜の闇の中で別れるが、この柔らかい日差しと真っ暗な夜のコントラストも見事なのだ。
 
 端的に言って、気持ちいい。語られる話はクローズアップ現代5回分くらいの重量なのだけど、娯楽作品として楽しめてしまう。
 
 すごい、すごい!!黒澤明天才じゃない?!
 
 で、興奮して感想を検索したら、こんな文章が。

winterdream.seesaa.net

赤ひげ』の最大の欠点は「しゃべりすぎ」。黒澤映画の醍醐味は、映像と音響のみでグイグイと押し切るところ。(略)
そんな黒澤映画の魅力が『赤ひげ』では登場人物たちがしゃべりすぎることで台無しになっている。(略)
例えば、養生所の在り方について。医療機関を整備する以前に貧困や無知を生まない社会システムが重要だというのはわかる。でも、それを初めて会った保本にとうとうと述べ立てるとなると、なんだか薄っぺらくなってしまう。そもそも赤ひげに言われるまでもなく、映画自体がそのことを雄弁に語っているではないか。

 

加えて女性視点の欠如も問題だ。『赤ひげ』に出てくるエピソードはどれも陰影深く印象に残るものの、如何せん不義話が多過ぎる。そもそも保本自身が長崎留学中に婚約した女性に裏切られている。(略)
こんなに多くの不義不貞が出てくる映画も珍しい。そして、不義のすべては女が犯している。女性の観客たちは『赤ひげ』をどのように受けとめたのだろうか。

 

 いや、わかる。ここに書いてあること概ね正しいと思う。
 
 ただ、それをおいても「正しいことをてらいなく言う赤ひげ」には拍手してしまうし、「貧困と無知に晒されたために自分の人権に思い当たれない人々」のことは「よく書いた!」と思えるのだ。
 
 後半のメインエピソードである少女おとよの話。娼館の前で母を亡くし、女主人に育てられたおとよは養生所に連れて来られた当初は心を固く閉ざしている。自分を娼館から連れ出してくれた赤ひげや保本にも最初は口をきかないが、静かに介抱を続けるうちに少しずつ心を開いていく。おとよが落ち着いてしばらくすると、彼女を連れ戻しにきた娼館の女主人が現れる。おとよはここで「自分はここで大切にされているからあなたのもとなんかに帰らない!」という意味合いの言葉をぶつける。
 
 おなかやおくにのエピソードを踏まえた上で見るこの場面は、本当に勇気づけられる。
 
 正しいことを恥ずかしげもなく正しいというの、大事!
 
 そういう正しさについての賞賛を抜きにしても、膵臓癌に蝕まれて口を開けたまま死んでいく藤原釜足の演技や、地震で崩壊する街と、そこを歩く人々の画など、映画的壮絶さに満ちていて、これは観た方がいい。出来れば映画館で。作っている側が映画サイズを想定して製作しているので……。
 
 いや、古典はあるし巨匠もいる。良いものを見せていただきました。
 

 

 

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