ホンのつまみぐい

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「猫の帰還」ロバート・ウェストール

第二次大戦下のイギリスを出発地とする、黒い雌猫ロード・ゴートによるロード・ムービー調小説。

ロード・ゴートはあらゆる地域、あらゆる環境をさまよい歩き、その場その場の人々に愛される。

戦争という生物的な極限状態におかれた人間たちを、ただただ主人を追いかけ、簡潔に生きていく猫が勇気づけていくというストレートな物語。

「猫と比べて人間は愚かだね」というまとめ方をどの書評・感想でもされていて、まあ、そういう主旨で間違いはないのだろうけど、それだけだと説教小説かと誤解されてしまうので、読書の際はウェストールの描く人間の生々しさを楽しんでほしいなどと老婆心ながら思った。

体が弱くて出征できなかったことに引け目を感じる教師や、エジプトにいる夫を待つ間に軍曹と関係を持ってしまう将校夫人などは、日本の児童文学であまり書かれない人物像じゃないか。

特に、将校夫人が爆撃の後に、ふっと軍曹と関係してしまう描写は生々しい緊張感があり、詩的な文体と併せて不思議な情感と血なまぐささが漂っている。

将校夫人と軍曹はある日、爆撃で落ちていく飛行機を丘の上で目にする。ショックを受ける夫人と、平然と状況を説明する軍曹。

凄惨な光景の直後、軍曹は兎を見つけ、「兎のパイってのはどうですか?」と夫人に話しかける。夫人はそれを拒否し、兎が逃げ出していく……。

「やめて!」スマイリー夫人は声をあげた。ふだんなら、兎などほしくたって手に入らない。けれど、この午後は死を見すぎた。

 軍曹はすなおにふりかえった。兎は、はっと生きかえって、かけだしていった。

 スマイリー夫人は軍曹に微笑みかけた。死ばかりがひしめく中で、ひとつの小さな命を助けたことがうれしかった。

 次に起こったことがなんだったのか、スマイリー夫人にはよくわからない。多くの飛行機の死、一羽の兎の生がひき起こしたことだったのか? あるいは、ドイツ機の影が消え失せて、イギリスの空が突然ワインのようにかぐわしくなったからか? 夫人の肉体が、理性を押しのけ、独自の命を主張しただけのようにも思えた。夫人の心は、軍曹の肉体と、落ちていく飛行機と、聖歌にあった天罰の二輪馬車が疾走する中を、無限の混沌の中に沈んでいった……

 その後の人生で、スマイリー夫人はよく考えた。あのとき、わたしにとりついたものはなんだったんだろう? だが、後悔したことは一度もなかった。

しばらくして、夫の帰りを待たずに軍曹が転任のあいさつに来る。あれは1度限りの出来事だったのだ。危険な任務に向かおうとする軍曹を、夫人は最後に抱きしめてやりたいと思うが、人前でそんなことが出来るはずもない。

  そのころにはもう、昼に空襲があることもあまりなくなっていた。自分では気がついていなかったが、スマイリー夫人の人生の一番危険な部分は、もう終わったのだった。のちに、彼女はそれをほんとうにさびしく思った。 

この一連の流れからにじみ出る人間の奥行きとたくましさに、個人的にもっとも心惹かれるものがあった。このほかにも心に残る人物描写は多く、読み応えのある作品だと思う。

しかし、翻訳の相性が悪いのか、ウェストールを読むのにいつも他の小説の3倍くらいの時間がかかる。「ウェストールがすごい」のはわかるのだけど、小説としては読むのが苦痛なくらい。訳が変われば解消されるのだろうか……。

文庫で出し直しても売れそうなんだけどな。こじゃれた装丁にしてさ。

猫の帰還

猫の帰還