川崎のぼる 〜汗と涙と笑いと〜 展
2015年 8月1日(土)〜10月12日(月・祝)
三鷹市美術ギャラリー
すぐれた職人の技に対して芸術という言葉を使いたくなる時が、たまにある。そういう意味で、川崎のぼる展で出会った原画はまさに芸術だった。
川崎のぼるの代表作は、言うまでもなく「巨人の星」。次いで「いなかっぺ大将」だろう。この2作から受ける泥臭さ・古臭さが、ほぼ彼の作家としてのイメージを決定づけている。しかし、今回の展示で原画を見た人は、こうした泥臭さと対極にある洗練された画面構成の美しさに圧倒されるはずだ。
たとえば「巨人の星」の最終回。
疲弊した腕を抱えた主人公の星飛雄馬が最後の一球を投げる場面。
投球のストップモーションと腕の筋肉の画が弓なりに描かれたページの異様な迫力(正確には掲載時期は最終ひとつ前だが)。あるいは飛雄馬の体が透けて、投球を待ち受ける伴宙太が見える場面の緊張感。
実験的な画であるにも関わらず、何が行われているか判断に迷うようなことはない。強い筆圧を感じる太い線と、印刷には出ないであろう細かな描き込みの画面は、いささか偏執的と思えるほどの密度だが、それらはすべて機能的なコマ割りの中に収まっている。
そう、「巨人の星」の最終回はどこを切り取っても絵画的で実験的なのに、すっきりと読みやすい。静止画の連続をコマの運びで動いているように見せる、マンガという表現方法の特性を熟知した人だからこその画面だ。
「巨人の星」は、児童マンガ的なおおらかさを引きずった序盤から、内省的で閉塞感に満ちた終盤までに大きく物語の色が変わる。それに呼応して変化していく作画は、マンガ表現そのものが青年化していく過程を見るようで、変化そのものにドラマと歴史があるのだ。
今回の展示では少年ブックやりぼんで作品を発表していた60年代初頭の原画から、少年誌で人気を確立させる60年代中盤、画風が成熟した70年代、そして現在までの足跡をたっぷり目にすることができる。
「巨人の星」の原画は、私が知るだけで2010年から15年の間に3度展示の機会があったが、それ以外の原画は、初披露のものがほとんどだと思われる。
今回特に目を引くのは、りぼんや少女フレンドなどに掲載された少女マンガと、「巨人の星」以後に描かれた作品だろう。
すっきりした迷いのない描線と、困り眉の少女の表情が可愛らしい60年代の少女マンガは、Twitterで何人かが指摘していたように、「巨人の星」に大きな影響を与えていると思う。
川崎のぼる展、見応えがあってすごくよかった。りぼんや別マに描いた原稿が興味深い(どちらも小長井さんの依頼かな?)。目の形を牧美也子風にして目の中に星を描いた絵まであった!何描いても巧い!怪奇ものに駆使された様々な線の美しさ。
— 笹生那実『昭和のまんが5』通販中 (@sasounami) 2015, 9月 26
>RT そう、川崎のぼるの少女マンガ作品はあまり単行本作品になっていないと思うけど、とてもよかった。言い方が悪くて申し訳ないが、ある種の「女々しさ」が「巨人の星」につながっているような気もする。それは、梶原一騎の持つ「女々しさ」と共鳴して少年マンガとして花開いたのだ。
— 池川佳宏 (@saikifumiyoshi) 2015, 10月 3
バクマンのああいう所は梶原イズム継承を意図した結果なところもあるんだろうな、と思う。梶原って「男の女々しさ」の権化みたいなところあるからな〜。んで、そういう原作の「男の女々しさ」を抒情性として開花させてるちばてつやも川崎のぼるも少女雑誌でも描いていたひとというのがおもしろい。
— H. IWASHITA(輸血袋) (@iwa_jose) 2015, 10月 11
60年代後半から70年代にかけて、太い描線に緻密なカケアミと集中線を多用する、独特の緊張感の漂う画面が完成する。正直に言うと、私はこの時期の作品の、ページの中に抜けがない息苦しい画面は苦手だ。だけど、そういう好みの問題を超えて圧倒される完成された世界が原画の中にはある。当時の印刷技術では再現できなかった一枚画としての強度が原画展では堪能できた。
「おっ母 1974 週刊少年ジャンプ」
「浪人丹兵衛絶命 1972 週刊少年マガジン」
「ナイトジョッキー 1979 ヤングジャンプ」
個人的に印象に残ったのが60年代後半〜70年代前半に発表されたという幼年誌の挿絵。氏の陽性の魅力がぎゅっとつまっている画だと思う。
その後、第一線を退くにつれ線が力を失っていく過程も含め、ひとりの作家の足跡と時代の変換を丁寧に追ったすばらしい展示になっていた。未収録作や、単行本が手に入らない作品を雑誌からコピーして製本し、会場で誰もが読めるように置いておく配慮には来館者と作家に対する強い敬意を感じた。しっかりした自叙伝を収録した図録の密度も含めて、王道かつ意義のある内容だったと思う。
さて、ここまでとても冷静に感想を綴ったけれど、個人的には「巨人の星」にはまってから今までで一番と言っていいほど感激した。本作は基本的にネタ枠で時代遅れな存在として語られすぎていて、もはやそこから評価を覆すのは不可能ではないかと途方に暮れているからだ。「巨人の星」のオタクは田沼意次のオタクくらいしんどい。(2年くらい前にauに全力でいじられた時は「一生au使わねえ!」と誓ったぞ。私ふだんそういうの切り分けるのに!)
しかし、今回の展示は作家としての川崎のぼるを語るのに何が必要で、何をどう見せればいいのか考え抜いて展示してくれたことがありありとわかる。そんな風に敬意を持って扱われることがあまりにも少ないので、図録の出来を目にして「これで成仏できる」と思ったし、同時に、「まだまだ語れること、語らなくてはいけないことはあるな」と思った。
前々から「荒木飛呂彦やアメコミのオタクは川崎のぼるを発見すべき」と考えていたのだけど、その確信も深まった。いや、ほんと。
会場の暗さや展示の原画の距離感覚も含め、ゆっくりと楽しめる環境だったのも本当によかった。座れるし。
三鷹市美術ギャラリーは過去にも杉浦茂や谷岡ヤスジの展覧会をしていたそうで、これからもマンガ好きとして感謝とともに注目していきたい。
※画像は図録から引用の範囲で掲載しています。図録はおそらく会期終了後でも買えるんじゃないかと思うので、ギャラリーにお問い合わせを!
以下は、本文に入りきらなかったあれこれ。
・川崎・ちば両名は梶原一騎の作品を手掛けたことで丸っこくてのどかな絵柄から、画が濃くなったけど、それは作家人生全体からするとプラスだったのか、マイナスだったのか。変化したから時代に追いつけたのか、それとも……?
・川崎先生のマンガ、たいがいストーリーが古くてちょっと今では読めないんだけど、「フットボール鷹」は面白かった。10巻で終わってしまったのはキャラが弱いからなのかなあ。「浪人丹兵衛絶命」もとてもよかった。
・しかし、こんだけ真剣に画を描いてた人がコピーを多用していた「新・巨人の星」ってなんだったんだ。よっぽどやる気なかったんだろうな。
・「おっ母」の一枚画、土産物屋とか温泉とかにありそう。
・母親への思慕を綴った作品がとても多かった。
・五木の子守歌のPRキャラクター「いつきちゃん」に笑った。そういえば人吉の温泉街のスナックの前にでっかく「五木の子守歌」って書いてあった。熊本の歌だったのか。
・図録の解説は夏目房ノ介さんだったのですが、誰もが「ないわー」と思うであろう「う〜まんぼ」というお色気マンガを評価してたのちょっと笑った。夏目さん、一貫してこういうの好きですね!
・ビッグ錠先生が「川崎のぼる伝」を描いてたのがほほえましかった。仲いいな……。
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